第2話
アキオとは、一年前に出会ったばかりの仲だ。
友達でも、恋人でも、家族でもない。
初対面まで顔も知らなかった赤の他人。
なのにアキオは僕を自分のアパートに住まわせてくれている。
貧乏な生まれの僕は、幼い頃から家でも学校でも嫌われ者だった。
親は小学生の時に蒸発。
親戚中たらい回しにされて、施設も合わなくて、お金と寝床欲しさに汚い事もたくさんやって——。
気がついたら、僕には何も残ってなかった。
自分の家なんて何処にもない。
中卒の居場所もない。
食べ物を買うお金も当然ない。
だから、もういいかなって、思った。
一年前の大雪の日。
僕はわざと人のいない公園で、薄手のカーディガンのままベンチに寝転がっていた。
ああ、寒いなぁ。
寒い、寒い、寒い。
あとこの寒さにどれだけ耐えれば平気になるんだろう。
ああ、ちがうか。
あとどれぐらい待てば、僕は、雪と一緒に消えてしまえるんだろう。
凍えて体の感覚がなくなってきて、走馬灯みたいなのが頭に流れていく。
僕の人生でたった一つだけ、明るく灯る思い出。
僕にまだ親がいた小学生の頃、貧乏な僕の家を毎回からかいに来る五人ぐらいの男子グループがいた。
その日も小石を投げに来たんだろう。夏休みに自転車でワラワラとやって来たソイツらを適当にあしらおうとして、そのグループの中に見慣れない顔が混じっていた事に気が付いた。
小太りでぽっちゃりした、丸坊主の男の子。
別の学校の子なのか。訳もわからずノコノコついてきたらしいその子は、鼻水を垂らしながらあんぐりと口を開けて僕を見つめていた。マヌケな顔だなぁと僕も見つめ返したら、急に回れ右をしてどっかにいってしまった。
もう会わないんだろうな。
そう思ったのに、その子は次の日、一人で僕の家にやってきた。
ぶっきらぼうに差し出されたのは、石じゃなくて半分こした肉まん。
「食べる?」
その日から、僕たちは週に一、二回遊ぶようになった。
一年中短パンで、膝小僧にいつも絆創膏を貼ってるようなヤンチャな子。
引きこもりがちな僕とはまるで正反対だったけど、いつもその子と日が暮れるまで遊んでいた。
そのうちいじわるグループが飽きて来なくなっても、その子だけはいつも肉まん片手に突然家にやって来た。
いきなり木登りさせられて落っこちたし、クラスで一番でっかいカブトムシが欲しいからって朝から晩まで森に付き合った。
興味がある事にまっしぐら。猪みたいにその子が飛び込むから散々な目にもあった。
だけど僕はずっと、楽しかったんだ。
肉まんがこんなに美味しいんだって事も。
またね、って言葉が少しさびしい事も。
人の優しさが本当にある事も。
僕はその時はじめて知った。
知ったばかり、だったのに。
あの日のことは、嫌と言うほど覚えてる。
その年のクリスマスイブの朝。
起きると家がもぬけの殻になっていた。僕と、僕が寝ていた布団。そして重たい家具以外はほとんど何もかもなくなっていた。
僕を置いて、親はどこかへ行ってしまったんだ。
捨てられた僕は、この家と住んでいた町を去らなくちゃいけなくなった。
良い思い出なんて一つもないから、別にどうでも良かった。
捨てられても悲しくはなかった。
でも、あの子にさよならが言えなかった。
言えないまま、二度と会えなくなってしまった。
あーあ。どうしてこんな時に思い出しちゃうかなぁ。
最後に一度だけで良いから。
あの子に会えたら、よかったなぁ。
「なあ、生きてる?」
やっと眠気がやってきたと思ったのに、誰かの声に邪魔された。
ぽっちゃり顔の、でもキリッとした顔立ちをした大男。山男みたいな格好の男の人は、僕の上に傘を差して、自分のコートをかけながら言った。
「アンタ、イシカワ ユキだろ」
「僕の名前、どうして……」
寒さで震える僕の声に、大男は口の端をほんの少しだけ上げて、答えた。
「ユキのサンタだから」
大男は、自分を『アキオ』と名乗った。
アキオは、地元の高校を卒業してすぐに全国を回りながらバックパッカーをしていたらしい。僕と同じ二十歳。その頃のアキオはこの街にアパートを借りて日雇いのバイトをしながらサンタを目指していた。
どうせ体目当てなんだろう。
最初はそう思ってたから、こっちから誘ってみた事もあった。けどその度に「ウチ、ハレンチ禁止条例あるんで」とか意味不明に誤魔化されて、それでも迫ったら逆ギレして説教し始めるから、やめた。
他に行く当てもないし、別に追い出されもしないから、今もとりあえずここで居候を続けている。
短気で口悪いし、おつむはそんなに良くない熱血バカ。
行き当たりばったりの無計画人間。
すぐ顔に出る素直なワンコタイプ。
アキオの事を一年で知った気になってるけど、僕は今も分からない。
アキオが僕の名前を知っていた理由も。
僕をこの家に置いておくワケも。
<ユキのサンタ>の意味も。
聞いてもアキオは絶対に教えてくれない。
だから、不安になる。
何か裏があるんじゃないか。
いい人のフリして、最後には裏切るんだ。
そう疑いながらも、僕はアキオに無意識で媚びてる。
僕がふとした時に笑ってしまうのも、きっとそう。
捨てられないように良い子ぶって、食い扶持が繋げるようにすり寄ってる。
アキオに気があるような素振りをするのも、愛想を振り撒いて調子に乗らせようとしてるだけ。
そんな僕が、僕は一番大嫌いだ。
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