手違いで人嫌いの極悪皇帝に仕えることになりましたが、カロリーを『0』にするスキルで甘いお菓子を作ったら専属パティシエにされました
青空あかな
第1話:手違い
「……君が侍女希望のアンシーか?」
「は、はい、さようでございます」
真っ白の大理石の床に膝まづき、首を垂れたままお答えする。
私がいるのは宮殿の最上階……皇帝の間。
十段ほどの階段の上にある玉座に座っているのは……ニコラス・アウストリア様。
ここ、アウストリア皇国の皇帝陛下だった。
月明かりが具現化したような銀髪に、真っ赤なルビーを思わせる紅くて切れ長な瞳。
まだ二十四歳と若く国中の令嬢が夢中になるほどの美男子であらせられるのだが、同時に"極度の人嫌い”で有名であり、専属の侍女や執事がことごとく辞めていた。
いつもイライラされており、ちょっとしたミスでも厳しく詰められ、即日解雇される。
外交交渉でもその態度は変わらず、諸外国にさえ恐れられている。
ついた呼び名が"極悪皇帝"。
そんな恐ろしい皇帝陛下は、厳しい視線を私に向けた。
「少しでもミスをすれば即日解雇だからな。死刑にしてもいい」
「すみません……」
――なぜこんなことになってしまったのか……。
皇帝陛下の恐ろしい顔と声に、私はそう繰り返すばかりだった。
私こと、アンシー(今年で十六歳)は地方平民の出身。
出稼ぎのため、宮殿の下級メイドになった。
裏庭の掃除や使用人たちの衣服の洗濯など、裏方の仕事をする毎日だ。
ずっと静かで平和な生活を送れると思っていたのに、ある日思ってもない転機が訪れた。
宮殿では、年に一度転属願いを出す機会がある。
今まで通り裏方の下級メイドで希望を出したはずなのに、"なぜか”皇帝陛下の侍女希望とされたらしく、あれよあれよと書類が上に進んでしまい、今この瞬間が訪れた。
皇帝陛下に務め、即日解雇された人々の噂が脳裏に思い浮かぶ。
歩くスピードがとても速いのに歩調を合わせられなかったら二秒後に解雇、大嵐の中お体を濡らしてしまったら二秒後に解雇、大変な猛暑の中汗をかかせてしまったら二秒後に解雇……。
どれも二秒しか猶予がない。
生き残った侍女や執事はみな精鋭揃いで、"選ばれし古強者"と呼ばれ、宮殿中から尊敬の眼差しを集めていた。
鈍くさい私に皇帝陛下の侍女なんて、100パーセント無理。
きっと、数分後には断頭台行きになっているだろう。
田舎に残してきた父母に、心の中で謝罪する。
――お父さん、お母さん、ごめんなさい……。今月の仕送りは送れないかもしれません。なぜなら死んでしまうから……。
優しい父母の顔が、ぼんやりと瞳の裏に浮かぶ。
いつか帝都の郊外で一緒に住もうね、って約束していたのに……。
しばし走馬灯が頭の中を駆け巡っていたら、皇帝陛下の怖い声で現実に舞い戻った。
「さて、君は"太らない菓子"が作れると聞いたが本当か?」
「え……は、はい、作れます。それほど豪華なお菓子ではございませんが……」
実は、私には【0kcal】という謎のスキルがあり、作った料理に魔力を込めればカロリーを『0』にできる。
満腹感は得られるけど、身体のエネルギーにはならない。
料理なのにカロリーが0じゃ作った意味がないので、実用性も何もないスキルだと思っていた。
そんなある日、お菓子を作ってみることを思いついた。
甘いものはおいしいけど、食べるときは身体の脂肪と相談しないといけない。
使用人用のキッチンを借りて試しにクッキーやマカロンを作ったところ、たくさん食べても体重に変動は見られなかった。
下級メイドの中でも「太らないお菓子だ」と好評で、最近は中級メイドなど少し階級が上の人たちに振る舞うこともある。
その旨を皇帝陛下にお伝えすると、不思議そうに話した。
「……ふむ、【0kcal】とは私も初めて聞いたスキルだ。面白い」
「ありがたき幸せでございます」
なんと、皇帝陛下に褒められてしまった。
大変に恐れ多い。
だがしかし。
これで終わりのはずがなかった。
「私にもそのスキルで菓子を作れ」
「えっ!?」
「今すぐにだ」
菓子を作れ……?
誰にですか……?
あまりの衝撃で、お菓子を作る対象が皇帝陛下だということを理解するのに、ちょっと時間がかかってしまった。
"極悪皇帝"にお菓子を作るなんて、どんな拷問だろうか。
まずいと言われたら、即日解雇どころじゃない。
死刑だ。
どうにかしてお断りしなければ……。
「いや、しかし、下級メイドたる私が作ったお菓子を皇帝陛下に召し上がっていただくわけには……」
「構わん。気にするな。ただ、もし断れば……」
「こ、断れば……?」
意味深に会話を途切られ、緊張で喉がカラカラに渇く。
ゴクリと唾を飲んで皇帝陛下のお言葉を待つ……。
体感で一時間ほども待ったとき。
「死刑だ」
「全力で作らさせていただきます」
力強くお答えした。
心の中で涙を流しながら……。
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