第3話  マッチングアプリの幽霊



「AIが、あなたの運命の相手を見つけます」


光を失った高層ビルの一室で、沢田美咲はスマートフォンの青白い光に照らされながら、新しいマッチングアルゴリズムのデバッグに没頭していた。「AI-Destiny」——99.9%の確率で最適な相手を見つけ出すと謳う婚活アプリの開発責任者。彼女にとって、このプロジェクトは単なる仕事以上の意味を持っていた。


三年前、美咲自身が婚活サイトでの出会いに裏切られ、深い傷を負った。その経験から、より安全で確実なマッチングシステムを作ることが、彼女の使命となった。


深夜2時46分。膨大なユーザーデータが流れる画面に、美咲は違和感を覚えるプロフィールを見つける。


氏名:神崎 櫻

年齢:28歳

職業:不明

趣味:待つこと

マッチング成功率:100%


プロフィール写真には、古びた着物姿の美しい女性が写っていた。どこか懐かしさを感じる容姿。しかし、目が、妙に現代的な輝きを放っている。


「このデータ、おかしい」


彼女のプロフィールだけ、生成過程が追跡できない。AIの学習データにない要素が混入している。さらに不可解なことに、マッチングの成功率が100%を示している。システム上、そんな数値は存在しないはずだった。


翌朝、新人エンジニアの田中から衝撃的な報告を受けた。

「神崎さんとマッチングした男性たち、全員行方不明になってるんです」


美咲は背筋が凍る。慌ててマッチング履歴を調べ始めた。


過去1ヶ月で5人の男性が神崎とマッチング。共通点は、全員が何らかの形で婚活サイトで女性を傷つけた経験を持つこと。そして一週間以内に、全員が姿を消していた。


最後の接続位置は、都内の廃ビル付近に集中。その場所は、かつて老舗の見合い写真館があった場所だった。


「これは、単なるバグじゃない」


その夜、美咲は神崎のデータをより詳しく分析する。すると、AIの学習データの中に、10年前の古い記事が紛れ込んでいることに気付いた。


『婚活サイトで知り合った男性に殺害された女性、遺体で発見』

『被害者の神崎櫻さん(28)は、老舗写真館の後継者。SNSでの出会いがきっかけか』

記事の中の遺影。それは、神崎のプロフィール写真と寸分違わぬものだった。


画面の中の神崎の写真が、かすかに動いた気がした。


その瞬間、美咲のスマートフォンが不気味な音を立てる。

「新規マッチング:神崎 櫻があなたにいいねを送りました」


画面には、着物姿の神崎。しかし、その姿が少しずつデジタルノイズに侵食され、歪んでいく。背景には、古い写真館の内装が透けて見える。


チャットウィンドウが、勝手に開く。


「美咲さん、あなたなら分かるでしょう?」

「婚活アプリに魂を売り渡した女の気持ち」

「私も、ただ本当の愛が欲しかっただけ」


打ち震える手で、美咲は神崎のアカウントを緊急削除しようとする。

「反応なし」

何度試みても、システムが応答しない。


「消さないで」

「あなたこそ、私の運命の人かもしれない」

「だって、AIがそう言ってるもの」

「マッチング率、100%よ」


メッセージが次々と浮かび上がる。オフィス中の電子機器が狂ったように明滅を始め、セキュリティカメラが不規則に回転する。


スマートフォンの画面が青く歪み、神崎の姿がより鮮明になっていく。その目には、デジタルの炎が揺らめいていた。


「私ね、このアプリの中で永遠に相手を探し続けるの」

「全ての人に、オンラインの出会いが持つ闇を教えるために」

「さあ、美咲さん」

「私たちで、新しいマッチングシステムを作りましょう」

「永遠に、運命の人を探し続けるの」


暗闇の中、美咲のスマートフォンだけが不気味な光を放っている。画面の中で、神崎の姿が現実味を帯びていく。その指先が、まるでガラスを突き破るように、画面の外に伸びてきた。


「これが、あなたの運命よ」


必死にスマートフォンの電源を切ろうとする美咲。しかし、電源ボタンが反応しない。代わりに、アプリが自動的に起動し、新たなマッチング処理が始まっていく。


「マッチング率:100%」

「適合率:100%」

「運命の確率:100%」


神崎の笑みが、デジタルの闇の中で不気味に輝いていた。


オフィスの防犯カメラは、その夜を最後に美咲の姿を捉えることはなかった。


残されたのは、机の上のスマートフォン。

その画面には、二人の女性のプロフィールが並んで表示されていた。


氏名:神崎 櫻

年齢:28歳

趣味:待つこと


氏名:沢田 美咲

年齢:28歳

趣味:待つこと


マッチング成功率:100%


(終)

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『Digital Ghost Stories -デジタルの隙間で-』 ソコニ @mi33x

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