3
「『調理』の加護、ですか?」
「そういうことだ」
屋敷に戻って夫人に告げると。その口から呆れたと言わんばかりの高声が発せられた。
何処か嘲るように見える薄笑いは、それほど頻繁に顔を合わせるわけでもないオリアーヌにも、男子出産後にときどき目にする表情だ。
隣に座る子爵も、苦笑と嘲笑の混じったような顔つきになっている。
夫婦の向かいに座らされて、オリアーヌは肩をすぼめていた。
「聞いた限り、およそ貴族の子女に相応しいとは思えん加護だな」
「まったくですね」
ともかく加護の内容を知らなければ話が始まらない、と厨房へ連れていかれた。
夫人はそんな使用人の場所へ行きたくないと言い、子爵だけが同道する。料理長のヴァランタンが、検証のために呼ばれた。
加護でできることについては、本人の頭に何となくながら浮かんでくる。
試してみると。
野菜の皮剥き、千切り他○○切り、などという
少し離れたものでも、刃物なしで切断ができる。ただしこれの対象は、食材に限られるようだ。念じただけでいきなり調理台の肉や野菜が切り刻まれていく様に、居合わせた者たちは目を丸くしていた。
部屋の隅と隅に離れた距離で、手元にある調味料などを一瞬の移動で鍋類に投入できる。これも対象は水や細かく刻んだ食用のもので、一度の量は多くてコップ一杯程度に限られる。
他にはっきりしないまでも、何かしら調理に関した能力が向上しているようだ。動物や植物の食用可不可が何となく分かる。目にした食材に適した調理の方法も、何となく頭に浮かぶ。
おそらく、実際の調理の技術、味つけなどに関しても、人より優れていそうだ。
「へええ……便利、す、ね」
「料理人として、ならばな」
料理長は、何処となく微妙な感心の声を上げ。
子爵は最終的に力の抜けた、感慨を漏らした。
検証の途中、離れたものを切断できる、という事実にやや強い関心を寄せたものの。すぐにその目は失望の色に変わっていた。
獣や魔獣の狩りに使えるということなら、貴族の一員としてある程度有能と見なせそうなのだが。
オリアーヌの試行では、調理台の生肉を自在に切り分けられたが、裏庭の檻に入れている生きた野鼠を斬ることはできなかったのだ。
「本当に、処理できるのは食材だけなわけか」
「はい……」
情けなく、オリアーヌは肩を落とした。
すっかり見放した表情で、子爵はこれ見よがしの溜息をついていた。
「はっきり言うがな、オリアーヌ。お前はこのままでは、子爵家の役に立つことはできない。女子なら何処かいい嫁入り先を見つけられればというところだが、その脚ではそれも難しかろう」
「は……い」
「この加護の結果を見て、他に家や領地の役に立つ見込みもなさそうだと結論するしかない。せいぜい仕事ができそうなのは厨房の中に限られる、ということだな」
「…………」
「お前はこれから、厨房の手伝い仕事をしなさい。ヴァランタン、お前に預けるから、遠慮なく使いなさい」
「へ、へえ」
次の日からオリアーヌは、厨房で下働きの仕事をすることになった。
使用人用の生成りのシャツと長いスカートの姿、背中まである銀灰色の髪は後ろで一つに結わえる。
今までは料理長に下働きの女二人がついて作業をしていたわけだが、それに加わる。というより間もなく、食材を洗ったり切ったりというような作業は、すべてオリアーヌ一人でするようになった。
とにかく、作業速度が違うのだ。今まで三人でしていた作業を、一人でそれより短時間で済ませてしまう。他の面々が手を出すのが馬鹿馬鹿しく思えるほどの差だ。
冷たい水で、野菜を洗う。皮を剥く。切り分ける。
さらに。この地方で最も消費されている肉は野鼠だが、領主邸では肉屋から生きたまま数匹ずつ仕入れて檻に入れておき、数日ごとにまとめて締め、解体する。これもすべて、オリアーヌの担当になった。
何しろ、締めて血抜きをするまではそれほど違いがないが、その後の解体については速度の差が明らかだ。一度要領を覚えた後は加護の『切断』能力で、ほとんど手も触れず瞬く間に終了してしまう。
また屋敷で三日ごとに行うパン焼き作業でも、生地をこねる工程はオリアーヌの専業となった。これもまた他の者より数倍の速度で終了して、出来上がりも上等なのだ。
使用人たちは主人夫婦に指示されているらしく、こうした環境になった当初からほぼオリアーヌを見習い下働き同様に扱うようになった。ただ呼び名だけは「お嬢様」と、変わらない。オリアーヌにますます惨めな思いをさせる狙いか、もし外の者に声を聞かれたときのことを案じてか。
何にしてもそういう訳で、厨房下働きの女たちでさえ「お嬢様」一人に下拵え仕事を任せて悪びれる様子も見せないのだった。
さすがに実際の調理の肝心な部分は、料理長が行う。
ただその間にも、オリアーヌの能力を便利に使うようになっていた。
「お嬢様、ここに水を入れてくれ。カップ四杯分な」
「はい」
鍋をかき混ぜる料理長の指示を受け、水瓶の近くから水一杯分ずつ瞬間移動させる。本人は『調味料転移』と呼ぶことにした、加護による能力だ。
かき混ぜて、料理長は味見をし、
「次は塩だ。大匙一杯分」
「はい」
という要領で、調理が進む。
料理長にとってまちがいなく、便利な助手、というより道具のようなものだ。水や塩など自分で運んでも大差はないだろうが、とにかく楽ができる。その上お嬢様の能力だと、それぞれ計量する手間もいらないのだった。
「よし、出来上がり。ご苦労さん。運んでくれ」
「よーし」
「はいよ」
さすがに主人たちの食堂に運んでいくのは、お嬢様の役目にしない。別にオリアーヌの立場を
二人の女が慣れた手つきでいくつもの皿を盆に載せ、運んでいった。実際に配膳給仕するのは侍女の役目で、そちらに引き渡すことになる。
その後、厨房の使用人たちに混じって食事をとる。それから弟の部屋を見に行き、自分の寝室で休む。それが、オリアーヌの日課になっていた。
何かがおかしい。
というのは、さすがに八歳の子どもでも思うことだった。
アデラールが現子爵でこの屋敷の主人なのだから、その命に従わなければならないのは分かる。
この国の貴族にまつわるあれこれをよく知っているわけではない。家庭教師が課題として置いていった書物を読んで、その書かれていた内容程度を覚えているだけだ。
それで知っているだけでも。
爵位継承は、原則直系に限る。男子優先だが、女子にも婿を取ることなどを条件に認められる。
直系子女が未成年の場合、成人まで親戚などから暫定継承者を立てる場合がある。
ということになっていた。
あの夫婦がやってきた当座は、詳しく知らなかったけれど。まちがいなくアデラールは暫定爵位のはずだ。
ランベールが成人した暁には、爵位を譲らなければならない。
また詳しい条件や手続きは分からないが、オリアーヌが成人時に弟の後継人として暫定継承する方法もあるはずだ。
現状は現子爵の保護を受け、命を聞かなければならない立場ということになるのだろうが。少なくともこんな、下働き以下の扱いを受ける謂れはないはずだ。
さすがの幼児でも、疑いを持たざるを得ない。
「あの夫婦、この家を乗っ取るつもりなんじゃないのか?」
合法的にそんなことが可能なのか、調べるすべはない。
ただそれでも、彼らに今すぐこちらの姉弟の命を狙うつもりはない、ということは想像がついた。
オリアーヌもランベールも、生誕時に王室に向けて届けが出されている。子爵位の正当な継承第一候補者はランベール、ということで動かせない。
二人のどちらでももし不審な死亡をすることになれば、王室から厳しい取り調べが入るはずだ。現子爵は、そういう事態を招くまでのつもりはないだろう。
しかしそうすると、今のオリアーヌの扱いはどういうことだろう。
次の更新予定
転生調理令嬢は諦めることを知らない eggy @shkei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。転生調理令嬢は諦めることを知らないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます