17話 元上司、スライムに負けるw ざまあw

 トッシュの新居に仲間たちが集まり始めたころ、元上司の日人は自分がハブられたことも知らず、とある迷宮の三階層に居た。


 クビになる前のトッシュが担当していたダンジョンだ。ダンジョン探索RPGの世界から転移してきたオーソドックスなダンジョンだ。日本人が週末にレジャー感覚で潜っており、その安全を確保するのがトッシュの仕事だった。


 釣り堀の安全を確保して事前に魚を放流してから、お客を迎えるお仕事――というのは、トッシュがかつて後輩のレインに言った言葉だ。


 つまり、下準備をして、お客様をもてなすお仕事だ。トッシュはいい加減な性格をしている割に、意外と几帳面な性格をしているから、ダンジョン攻略に関してもきめ細かな配慮をしていた。


 しかし、その仕事を引き継いだ日人はそんなことない。平日の間、会社のパソコンでアダルトサイトを見ていただけだ。


 ネイが『平日のうちに視察すべきです』と強く言い続けたため、仕方なく日人は金曜日の夜に、軽い調査に来たのだ。さすがに、ギルドNo1冒険者の言葉を無視するわけにはいかなかった。


 日人は、トッシュがダンジョンの攻略途中で何度も出たり入ったりして毎日定時帰りしていたので、簡単に階層を移動できると思いこんでいた。

 モンスターは少なくて弱いだろうと、決めつけていた。


 しかし、実際は極めて攻略難易度の高いダンジョンだったのだ。


 日人は骸骨モンスターから走って逃げて、壁に手を当てて、ぜえぜえと漏らしながら、必死に息を整える。


「ど、どうなっているんだ。報告書が確かなら、トッシュは毎週二十階層まで下りて、地上に戻ってきている。なのに、なんで、俺様が三階層で苦戦するんだ! トッシュめ、報告書にウソを書いていたな! やはりやつは無能だ! どうせ二十階層まで行ったというのもでたらめだろう! 二階層を二十階層と間違えて書いたに違いない!」


 日人が悪態をついて壁を蹴った時、その脹ら脛を目掛けて、暗がりから何かが飛びだした。


「キシャアアッ!」


 小型犬くらいの四足獣型モンスターだ。

 日人が蹴飛ばすと四足獣型モンスターは吹っ飛んでいくが、その先に、同じ種族のモンスターが何匹も居た。


「キシャアアッ!」

「キシャアアッ!」

「キシャアアッ!」


「おわっ! また、モンスターの群が! ええい! こうなれば我が無双のスキルを使うしかあるまい! 強力すぎるが故に使用回数に制限がある、最強のスキルだ! モンスターめ、俺様の二級スキルの力を思い知れ! 発動! 『無双』ッ!」


 日人の周りに十人のモブ兵士が出現した。横二列に並ぶ兵士は全員が槍で武装している。まるでアクションゲームの、なんとか無双シリーズに出てくるNPCみたいな兵士だ。


「よし、お前達! ここは任せたぞ!」


 日人は兵士に任せ、上階層への階段を目指して逃げた。


 直後、四足獣型モンスターの一斉攻撃により、全身に噛みつかれた兵士が一体死亡。半透明になって消えていく。

 モンスターの群はさらに次の兵士を倒した。


 兵士達は人格がないため、仲間が死んでも無反応だ。


 三体目がやられた頃、ようやく残った七体の兵士が前方に槍を突いた。既に、そこにモンスターはいない。


 明らかに反応が遅い。


 小型犬くらいのモンスターを相手にして、人間の胴を狙うようにして槍を突いていたから、当然、当たるはずもない。


 日人のスキルは一見すると、十人もの兵士を生みだす強力な能力だが、スキル使用者本人が近くに居なければ、大雑把な動きしか出来ないのだ。

 本来、そばで命令を出すべき日人はとっくに逃走している。


 まともに使えば労働力が10人も増えるのだからビジネス価値は高く、日本式のスキル評価では二級になる。

 たとえば、本人が料理を覚えればシェフとなって指示を出すことにより、たった一人で大きな料理店を切り盛りできる。一人で旅館を経営したり、電車や飛行機を運行したり、コンビニやハンバーガーショップを営業したりだってできる。

 兵士へのダメージが本体に返らないので、災害現場や事故現場での活躍も期待できる。


 二級スキルを使えるのは1000人にひとりと言われているので、日人が調子に乗るのも仕方ないくらい、高い評価だ。実際に強力なスキルだ。

 だが、本人の能力が低いせいで、完全に宝の持ち腐れだ。


 おそらく、『本人の能力もこみで戦闘力を重視して評価する』ファンタジー式の評価では、現状は最低のE級か、ひとつ手前のD級だろう。本人の戦闘力や指揮能力が高ければB級にだってなれただろうに……。


「くそーっ! 俺様がこんな極悪難易度のダンジョンに放り込まれたのは、ぜんぶ、トッシュのせいだ! 絶対に許さん!」


 日人は背後の兵士が倒されていく気配を感じつつ、必死に上階を目指して走った。


 ギルドメンバーは全員がダンジョン潜入時における死亡時の救命保険に入っているが、その際の救助隊派遣費用は1億円を超える。

 日人は会社の金で蘇生できるが、死んだことを社員に知られたら恥ずかしいので、必死だ。


 しかし、スキルの兵士を遠方に置き去りにして、さらに再使用まで時間がかかる状況だったので、一階でスライムに捕まった。

 足が完全にスライムの中に沈んでいるため、もう動けない。

 このままだと、数時間かけてゆっくり溶かされていくだろう。


「うわああああっ! 離せ! 離せ! くそっ!」


 絶対絶命。

 しかし、そうはいっても、ダンジョン一階の雑魚モンスターだし、さいわい日人は脂肪が多めだから、足の骨が完全に解けるまで一日くらいもつかもしれない。


 ギルドに電話すれば、誰か助けに来てくれるはずだ。


 プルルル! プルルル!


「くそっ! なんで誰も出ないんだ! まだ19時前だぞ! 今日は金曜日だぞ!」


 派遣中のギルメンも、金曜日は事務手続きやミーティングのため、オフィスに出社することが多い。

 しかしこの日、戦闘支援課は無人だった。みんな、トッシュの新居お祝いに出かけているからだ。


「ちくしょう! ちくしょうっ! どいつもこいつも無能が!」


 ズボンが解けて脚がチリチリしてきた。日人は恥を忍んで、職員のスマホに直接連絡をしようとした。

 しかし、仲のいい職員がいないから、連絡をする相手がいなかった。


 仕方なく、日人は父親に電話するのであった。

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