16話 新居祝いをしてくれることになった

 トッシュは背後から険呑な雰囲気を感じている。


 振り返るのが怖くてどうしようかなと迷っているうちに、首筋に固くて冷たい物が当てられた。


「ネイさん、街中で妖刀を振り回すとか、洒落にならないんですけど」


「手元が狂っても貴様のクビが落ちるだけだ。……何故避けなかった。クビになって一日で腕が鈍ったか?」


「買ったばかりの自転車を倒したくないに決まってるでしょ」


「そうか。つまり、今のタイミングでもお前はまだ『回避できる』余裕を残していたんだな。相変わらず、底の知れないやつだ」


「過大評価しすぎですよ。それはそうと、自動追尾って言ってたけど、今の瞬間移動じゃないですか? 俺が騙されるか、試したでしょ」


「ああ。常に未知の能力に備えるべきだからな。敵が能力を教えてくれることなどないからな」


「敵じゃないでしょ」


 トッシュが首だけ振り返って非難の視線を向ければ、声の主はやはり、トッシュがギルドに入ったときの上司、藤堂ネイ・ヴィーだった。


 せっかく美人なのに、尻まで届く黒髪や悩殺系豊乳よりも、腰に巻いた十本もの妖刀の方が悪目立ちしている。


 もちろん、旧知の仲なので、本気で斬りかかろうとしていたわけではないことは、トッシュにも分かっていた。


「いきなり現れたこの人、トッシュの知り合い? 私、びっくりしちゃった」


「あー。元上司。俺を戦闘支援課に引きずり込んだ怖い人。たまに怖いオーラを垂れ流しているけど、優しい人だから甘えていいよ」


「うん」


「その子は?」


「俺のママです」


「トッシュの母、シルです」


 トッシュの冗談に、シルが重ねた。

 冗談を言えるくらいだから、シルは、トッシュとネイが気心の知れた仲だと認識したのだろう。


 ネイはふたりの表情から、冗談だと見抜いている。


「そうか。四類か?」


「はい。四類です。僕がファンタジー世界で暮らしていた頃の恩人の娘です」


「そうか」


 ふたりの言う『四類』は、出自の分類だ。

 転移も転生もしていないナーロッパ人なので四類になる。

 ちなみにトッシュも四類。ネイは日本生まれの日本人だが、転生したナーロッパ人なので三類に該当する。


 つまり、『肉体と精神』が……

 一類:『日本人、日本人』

 二類:『ナーロッパ人、日本人』

 三類:『日本人、ナーロッパ人』

 四類:『ナーロッパ人、ナーロッパ人』

 

 金星親子のような差別主義者は一類に多い。そして、一類、二類、三類、四類の順で優秀だし、人権も厚くあるべきだと主張している。実際、そういう主義者が作った分類でもある。


 融合後の世界は、表向きは差別がなく平等だと言われてはいるが、地球側の役所に行くと四類はちょっと手続きが面倒だ。だから、トッシュは日本の行政で面倒が起こる前に、さっさと異世界に引っ越した。


 ネイは腰を落としてシルに視線の高さを合わせる。

 十本の刀は干渉することなく、音もない。


「シル、よろしく。私は、この生意気な男の元上司だよ。ネイ・ヴィーだ」


「シル・ヴァーです。初めまして」


「礼儀正しくてよい子だ。このバカの悪影響を受けないように。こいつは仕事ができるし有能だが、バカだ」


「うん! トッシュはバカだけど、シルが元気な子に育てます」


「誰がバカですか」


「そうか。送別会を辞退したのは、シルが居るからか。よし、予定を転居祝いに変更だ」


「え? まさかうちに来るんですか?」


「新居の広さは?」


「あーはい。こちらの都合も確認せず決定ですか」


「お前は断らないよ」


「まあ、断りませんけど。掘り出し物の洋館だから、パーティーホールもあります。俺の知り合いくらいなら全員、余裕で入れます。あー。夜中にゾンビ出るけどいいですよね?」


「問題ない。私が面倒を見た者達に、ゾンビに遅れをとる者は居ない」


「じゃあ、案内します」


 こうして、この日の夜は、トッシュの新居で転居祝いが開かれることになった。


 急な日程にも拘わらず、トッシュと関わりのあった者が飲食物持参で7人も集まった。長期遠征でどうやっても参加できない人からはお祝いの電話(日本エリア経由の伝言)があった。


 しめしあわせたわけではないが、誰も課長の日人を呼んでいなかった。

 やはり全員から嫌われていたようだ。

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