15話 仲の良かった後輩から電話がかかってきた

 自転車の練習を終えたトッシュとシルは日本に戻り、ショッピング。


 八百屋でキュウリを買って太もものポケットに入れ、書店で図鑑を買って胸元の広いポケットに入れ、雑貨屋でたまたま見かけた懐中電灯を右腕のポケットに入れ、それからシルの服を買いに行く道中でトッシュは悩んでいた。


「あー。シルくらいの年齢だと、すぐに体が大きくなるんだよなあ。服、どうしよう……。って着信」


 スマホの液晶に表示されている名前は、後輩の弓美ゆみ麗音れいん

 転生者支援部戦闘支援課にしては珍しい日本生まれの日本人で、考えるよりも体を動かす方が得意な猪突猛進女だ。


「引き継ぎもなしで辞めたからから、何かトラブったかな? シル、ストップ」


 トッシュはシルの自転車の後輪を両脚で挟んで固定し、通話に応答する。


「もしもし」


「なあに?」


 シルは既にスマホ自体はちらちら見ているが、通話用途を知らない。だから、自分が話しかけられたと思って、上半身を捻って振り返って返事した。


 トッシュは口に人差し指を立てて「しー」のサインを送る。


 しかし、それも通じないので、シルは首を傾げた。


 トッシュはシルへの説明は後回しにし、電話対応を優先することにした。


「レイン。どうした?」


『トッシュさん、仕事辞めたって本当ですか!』


「ん。本当だよ。辞めたっていうか、クビ」


『ええっ? 部長は、トッシュさんが仕事先でミスしたから、その責任をとって、自主的に退職したって言ってましたよ!』


「あー。どうせ、日人が自分のミスを俺のせいにしたんだろ」


『最低ですね!』


「そんなこと言っていいのか。今、何処だよ。電話できるってことは日本エリアなんだろ?」


『オフィスですけど屋上だから大丈夫ですよ。それにしても許せません! 女子社員全員で一致団結して、セクハラで訴えます!』


「セクハラされてたの? なんだよ。言えよ。理由があるなら俺があいつぶちのめしてやったのに」


『いえ。ネイさんが警戒してくれていたので、触られたりとかはしてません。でも、あの人、会社でエッチなページ見てるんですよ! セクハラですよ! 絶対に脳内で私たちにエロいことしてます!』


「あー。そういうあれかあ……」


 トッシュは元上司のネイに妄想でエロいことしたことあるため、ちょっと反省した。だってしょうがない。ネイのおっぱい、デカすぎるんだもん……。エロコンテンツのない異世界育ちのトッシュの目に、かつての上司の豊乳は破壊力ありすぎた。


『それよりも、トッシュさんの送別会をやろうって話になっていて、その日程を調整したくて電話しました』


「あー。送別会か。でもなー」


 トッシュはシルを見下ろす。


 トッシュが送別会に行けば当然、シルは電気の通っていない洋館でひとりぼっちになる。


「ねえ、トッシュ、さっきからどうして独り言を言っているの?」


「ん、あー。都合がちょっとなあ。飲み会だから夜だよな?」


「ねえ、トッシュ、何してるの。飲み会ってなあに?」


「いやいや、送別会は嬉しいんだけど、参加できそうにもない。あ。そうだ。レイン。お前、服、くれよ」


『え?』


「小さい頃の服があったらさ、譲ってくれよ」


『そ、それは、先輩、もしかして私のことが好きで、記念に私が身につけていたものが欲しいとかそういうアレで、もしかして、私のことを思い出しながら、夜中に変なことをするんですか?!』


「早口すぎて何を言っているか聞き取れねえよ。あ、そうだ。パンツもくれ。小さいころのやつ」


『パ、パパ、パンツ?! やっぱり、そういうことですか! わ、わたし、先輩のこと好きですけど、で、でも、パンツはさすがに恥ずかしいというか。で、でも、ネイ先輩のでもなく私のが欲しいんですよね。つまり、そ、そそ、そういうことですよね?! 小さいころのはもうないから無理ですけど、い、今、穿いているのなら、そ、その……! ぬ、脱がして持っていってくれても。なんて、きゃーっ! むしろ脱がせた後の先の行為について、わ、私たち、こ、ここ、交渉してもいい年ごろで、あ、あわわっ! は、初めてだから優しくしてください! い、いえ、乱暴でもトッシュ先輩らしくて、いいです! どちらも捨てがたいから、前から優しく、後ろから乱暴に……ひゃああああああっ!』


「だから、早口で何を言っているか聞き取れねえって。あと叫ぶなうるさい。俺、ファンタジー世界出身だから、日本語の早口を聞き取れないって教えただろ。で、服とパンツくれるの?」


『は、はいっす……。先輩、大事に使ってくださいっす……』


「ねえ、トッシュ、さっきから独り言、どうしたの? 頭大丈夫?」


『あ、あれ。なんか女の子の声がする』


「ん? あー。こいつの服や下着が欲しいんだよ」


『誰か居るんですか?』


「うん。7歳のエルフ」


『あ、あー。そういうことですか! てっきり先輩が私の服とパンツで……! いえいえ、なんでもないです! そういうことだったら、買うしかないですよ。7歳って身長も7歳児くらいなんですよね? さすがに私や妹のはサイズが違いすぎます。一緒に買い物にいきますよ!』


「まじで? 助かる」


『はい。ところで、7歳のエルフってどういうことです? 先輩ってアパートで一人暮らしですよね?!』


「ん。あー。引っ越した。ちょっとした事情で、エルフの女の子と同居することになった」


『ど、どど、同居?! ちょっとした事情って、異世界あるあるの拾ったってやつです?! まさかエッチな奴隷?! ちょっと、ネイ先輩! 聞いてください! トッシュ先輩が戦闘支援課だったのに、生活支援課みたいなこと言ってますよ!』


「あれ。ネイさん居るの? めっちゃ気まずいんだけど」


『いますよー。変わりますね』


『貴様……。私に無断で辞めたな。どうやら約束を忘れたようだな』


 この言葉を聞いた瞬間、トッシュは背筋を伸ばす。


「げ。ネイさん。辞めたんじゃなくてクビになったので、約束は破ってませんよ?!」


『転居先を言え。殺しに行く』


「なに物騒なこと言ってんですか。殺すとか言う人に教えるわけないでしょ。なんかカチカチ聞こえるんですけど? 先輩、能力制御出来てます? 日本刀暴走してません?! 多分、すぐ隣でレインが怯えて泣いているから落ちついてくれませんか?!」


『そういえば貴様は私の妖刀の能力を半分も知らなかったな。教えてやろう。妖刀刈爪かりつめは獲物の心臓を貫くまで自動追尾する。鞘から抜けば貴様の心臓目掛けて飛ぶだろう。転居先を言えないというのなら、こちらから見つけだす。警告したぞ。防御の用意は出来たか?』


「あっ。今からファンタジーエリアに入るんで電波切れます!」


 トッシュは早口でまくし立てると通話終了ボタンを押した。


「冗談だとは思いたいけど、念のために自分の『反応』と『すばやさ』を上げておくか。これで背後から突然、妖刀が飛んできても避けられるはず……」


「ねえ、トッシュが持っているそれから女の人の声がした……」


「……ん? 聞こえた? スマホは遠くの人と会話が出来るんだよ。あ。シルにもスマホ買った方がいいかな。でも、ファンタジーエリアだと繋がらないしなあ。こっちに来たとき用に買うか?」


「???」


「あー。分からないよな。実際に使えば分かるよ。じゃあ、ショップに――」


 微かに。


 虫が羽ばたいたほどの風を首筋に感じ、トッシュはステータスを弄っておいて良かったと実感した。


(一瞬で背後に現れた!)


 彼女がいったいどんなスキルを使ったのかは分からないが、トッシュは背後に藤堂とうどうネイ・ヴィーの気配を感じた。

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