9話 念願の豪邸ゲット!
トッシュとシルは目的地の洋館前まで、残り数百メートルまで来た。既に立派な館が見えていて、ふたりはテンションあげあげでちょっと早歩きになっている。
スススッ!
シルが早歩きになった。
負けじとトッシュは早歩きで抜き返す。
するとやはりシルが加速。さらにトッシュを妨害するように、横方から体をぶつけて押してくる。
ふたりはお互いに押し合いながら加速していく。
「家に入る前に手続きがあるから、そこで俺とシルは家族で大人という設定でいくからね? 年齢を聞かれたら『エルフだから、外見はロリでも数百歳です』って言ってね? 赤の他人で未成年がふたりだとちょっとまずいから」
「分かった!」
シルは両手を握りこぶしにして、目をキラッとさせた。
かわいらしい仕草だが、全力でトッシュを押しのけて、一秒でも先に自分が館にたどり着こうとしている。
「え。なになに、なんか凄い気合い入った返事」
「任せて! シル、大人、得意!」
「ところで、トッシュってお金持ちなの? だったら結婚したい」
「うーわ。幼女に財産目当ての結婚を仄めかされてしまった。無邪気で正直で可愛い~」
ガッ! ガッ! ガッ!
一見するとほほえましい会話をしているようにも思えるが、やはりお互いに妨害しながら早歩きだ。
「えへへ。で、お金持ちなの?」
「ごまかされずにしっかり確認してくるんだ。いや、まあ、違うよ。俺が借りてた部屋、見たでしょ。貧乏だよ」
「でも、あのお家はお城みたいに大きいよ?」
「そうだね。三階建てで一階層あたり八部屋。立派な豪邸だ。でも、周りが荒野で何もない田舎。ナーロッパは物価が安いし、曰く付き物件だからねー。じゃ、ここから大人。いい?」
「ええ。分かったわ。トッシュ」
ふたりは押し合いをやめて、ゆっくりと歩く。
屋敷の手前にはテントが有り、トッシュ達が近づくと、中から兵士がふたり槍を携えて出てきた。
なお兵士たちはテントの中から『おい、なんか不審なふたり組が近づいてくるぞ』『なんであいつら押し合っているんだ』『男のほう、大人げないな』などと話していた。
トッシュは相手の警戒を解くために、殊更明るく振る舞う。
「こんばんわー。兵士さん、お勤めお疲れ様です。俺がこの屋敷を購入したトッシュ・アレイです。こちら購入契約書。連絡、来てますよね?」
トッシュは兵士に書類を渡した。電子書類を持っているが、異世界人相手には印刷物を使用するように心がけている。しかも、地球製の紙のステータスを下げて、ちょっとボロッちくしている。異世界人にはそっちの方が信頼してもらいやすい。
「書類に不備がないか確認する。少し待て」
「はい。お願いします」
書類は正式な物だから何も問題は起こらない……はずだった。
シルが一歩前に出て、トッシュの前に立つ。
「こらトッシュ! 失礼な口の利き方は駄目でしょ! そんな子に育てた覚えはありませんよ!」
「……?!」
シルが奇行に出たとしか思えないため、トッシュは混乱した。
(なんで、そんな言葉が出てくるんだ? まさか、シルは俺の母親のつもり?! 姉でも妹でも嫁でもなく?!)
もう言われてしまったことなので、トッシュはシルの話に合わせるしかない。
「ごめんなさい母さん……」
頭を下げつつ内心、焦っていた。
(ちょっとちょっと、兵士にめっちゃ不審がられない?!)
しかし、トッシュの不安は杞憂に終わる。
兵士は相好を崩す。
「ああ。すみません。見慣れない格好をしているので分かりませんでしたが、貴方はエルフですか」
「ええ」
「大丈夫ですよ。私も異世界出身なので、エルフが人間よりも若く見えるのは知っています」
「これ、日本で流行っている服なの」
「へえ。独特な文化ですね。すぐそこにあるって知っていても、私は地球世界に行ったことはないんですよねえ」
「そうよね。行きづらいわよね。私も夫が日本の出身でね」
「……え?」
兵士の顔に疑惑の色が浮かんだ。
それはそう。だって、異世界と地球が融合してから速攻で子づくりしても、まだトッシュくらいの年齢にはならない。
トッシュは『異世界の人間とエルフの子供で、父の血が濃い』という設定でなければならない。
トッシュは咄嗟に機転をきかす。
「僕はあいつを父さんとは認めていない。本当の父さんは一人だけだ……」
ちょっと陰がある感じで言ってみた。
するともくろみ通り、兵士は『あー。再婚か。新しい日本人夫とは、あまりうまくいっていないのかな?』とでも勘違いしてくれたらしく、表情から不審の色が消えた。
「君、お母さんを大切にするんだぞ?」
「はい。シル母さんは僕の尊敬する母です。本当の父の分まで大切にします」
上手く乗り切った……。
だが、シルは、トッシュが機転をきかせて窮地を脱したことなど知らないから、普通におままごと感覚で演技を続ける。
「ふふ……。トッシュ、普段は恥ずかしがって母さんと呼んでくれない貴方が、母さんと呼んでくれて嬉しいわ。昔みたいにママと呼んでくれてもいいのよ」
「ありがとう母さん。あとで家族水入らずになったら、たっぷりお話ししようね」
「ええ。うふふ。甘えん坊さんなんだから。あとで耳かきしてあげるわね」
トッシュは、シルのおままごとが兵士にバレやしないかと、内心ではヒヤヒヤしていたが、もう一人の兵士がちゃんと書類確認は進めてくれていた。
「……書類に不備はないようです。ですが、お母様、いいんですか。この館、攻略難易度B級に認定されたホラーハウスですよ? 誰も入らないように教会がわざわざ私達のような見張りを置くくらいです」
「ええ。もちろん、ホラーハウス? 住んでみたかったの」
「な、なるほど。ですが、本当に大丈夫ですか? 攻略難易度は、CでもDでもなく、Bですよ? 息子さんが何か勘違いをされて、購入する物件を間違えたのでは?」
兵士が視線を向けてきたから、トッシュは会話を引き継ぐ。
「ご心配、どうもありがとうございます。でも、大丈夫です。僕はスキル持ちなので」
「なるほど。そういうことか。分かりました。では、書類も確認しましたし、我々は教会に戻ります。もし手に負えないようでしたら教会にご連絡ください。有料ですし日程の調整も必要ですが、アンデッド専門家の派遣も可能です」
「ええ。ありがとうございます。任務お疲れ様です」
「では、失礼します」
兵士達はテントを片付け始めた。
「あれ。兵士さん、甲冑の左脚、曲がってる?」
「ん? ああ。以前、ワイルドボアの突進を喰らってな。直す時間も金がなくて困っているよ」
「あー。大変ですよね。せっかくですし、見せてください。俺、そういうの直せるスキルなんです」
「え?」
トッシュはしゃがみ、兵士の甲冑の耐久値を元に戻した。
「おおっ! 本当だ。直ってる! ありがとう。歩きづらかったんだよ!」
「いえいえ」と謙虚にほほ笑み、トッシュはここで嘘をつく。
「俺のスキルは、『自分に親切にしてくれた人に対して、感謝したとき』に使用可能なスキルです。ですので、これは兵士さんのやさしさがそのまま貴方に変えるだけですよ」
「お、おおっ。そう言われると照れるな。いや、とにかくありがとう」
ふたりは握手を交わした。これで兵士からの好感度はアップだ。再開することはないだろうが、もし何かあった時にこの行為が意味を持ってくるかもしれない。
「そちらの方の、盾も留め金が少し緩んでますよね? 見せてください。貴方の新設オーラによって私のスキルが発動しそうです」
「あ。おお。それは助かる」
こうしてトッシュは兵士たちの装備を整えてあげた。
兵士たちは気分よく去っていった。
ふう。これで、『希少なロリエルフがここに住んでいる』という情報が拡散される可能性が少しは下がったかな、と、トッシュは軽く安堵した。
別に兵士たちを悪人かもしれないと疑ったわけではないが、ロリエルフは闇市場の人気商品だから、面倒事の可能性は減らしておきたいのだ。
「よし。母さん、家に入りましょう。早く家族水入らずになりたいな」
「そうね!」
トッシュはシルの手を引き洋館へと入った。
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