8話 新居に引っ越すため荒野を歩く
トッシュはロリコン性癖があるわけではないのだが、彼の生まれ育った世界では、17歳の彼はとっくに結婚適齢期だったし、6歳児くらいのシルでも結婚することはあった。
だから、なんとなく『異世界生まれ異世界育ち同士だし、相性が良ければ数年後に結婚するか』と割とゆるく考えている。『大人になったら美人になることが保証されているエルフ』だし、割りと良い相手だ。
別に、シルちゃん好き好きちゅっちゅ~っとかまったく考えていない。
なんとなく、同郷の年下のお嫁さん候補が現れたから、同居して既成事実でも作っておいて結婚願望が湧いてきたら、本人の意思を確認した上でいいかんじになれないかなー…という感じだ。
それが、普通の異世界人の感覚だ。
なお、シルの方は父親から「トッシュはいいやつだから、家族を養えるだけの財産を持っているようだったら結婚してもいいぞ」と言われているが、まだ結婚という概念をよく理解していない。
ただ、父がトッシュを語るときはいつも心の底から嬉しそうな笑顔をするということは、よく知っている。
そんなふたりは、出会った翌日の夕方に、家を買うために出かけた。
とんでもなく行動が早い。
ボロアパートを出て、先ずは日本エリアとナーロッパエリアの境界まではタクシーで移動する。
ナーロッパエリアに入ると建造物の数は著しく減り、一気に自然豊かになる。
進めば進むほど建造物と人は減り、やがて、周囲は無人の荒野になった。
目的地まで半分も進んでいないが、車両での移動が困難になったため、ふたりはタクシーを降りた。
赤茶けた大地に、ポケットの凹凸でシルエットが歪になった男と、小っちゃいクマの着ぐるみの影が伸びる。
「あと30分くらい歩くから、辛くなったら言ってね。おんぶするか、スキルでビューンて行く」
「歩くの平気。今はクマクマパワーだから、お日様が三回昇るくらいなら、休憩なしでも歩ける」
「いやいや、無理しなくていいよ。シルは小っちゃいし」
「本当に平気だよ? 多分、シルの方がトッシュより、パワーあるよ?」
「さすがにそれはないと思うけど……。もしかして、シルのスキルは着ぐるみを作るだけじゃなくて、パワーも上がるの?」
「うん」
「へえ。クマの着ぐるみだから、クマみたいなパワーになっている感じ?」
「うん!」
「なるほど。よし。試しに力比べをしようか。普通の人間の誘拐犯を軽く撃退できるレベルかどうか知っておきたい。ロリエルフなんて絶対変態に狙われるし……。ちょっと待って」
トッシュはつま先で地面に大きな円を描き始める。
「地面に何を書いているの? 魔方陣?」
「相撲の土俵代わり。押しあって、この丸から出たら負け」
「分かった。シル負けない!」
「できた。さ、ここ立って。『
「はっきょうようのこった?」
「日本式の試合開始の合図だよ。『発狂用の骨太』と言う伝統らしい」
「変なの……」
「じゃあ、行くよ。全力で押してね?」
「うん。シル強いから、てかげんしてあげる」
「そいつは楽しみ。……発狂用の……骨太!」
体格差があるからトッシュはシルを正面から受け止め、脇腹を抱え上げるつもりだった。
トッシュは大人げないので子供相手でも勝つつもりだ。幼くとも強力なスキルを使うものはいるため、油断もない。
だが……。
「あれ?」
想像をはるかに凌駕する勢いでシルが猛加速したので、トッシュは慌てて跳躍。
両脚を左右に開き、シルの頭に手をついて跳び箱を跳ぶようにして突進を回避した。
着地と同時に慌てて振り返る。
「なにそのスピード」
「クマクマパワーだから強いって言ったよ!」
シルが方向転換して突進してきたので、トッシュは腰を落とし、正面から受け止める。法定速度を守った原付にはねられたときくらいの衝撃だった。
「うおっ……! マジで、スゲえ!」
「トッシュも、少し、強い!」
トッシュの足が地面を削り、体全体が後ろに下がっていく。
「えええ……。俺、今、身体能力2倍にしてあるんだけど」
「2倍?」
「言ってなかったっけ。俺のスキルは『ステータス編集』。触れたもののステータスを自由自在に変えられるんだよ」
トッシュはシルの肩から右手を離し、その右手で自分の体に触れて、ステータスを少しずつ上げていく。
「シルと互角になるために、5倍?! うわようじょつよい!」
トッシュがようやくシルの突進力と拮抗できたのは、自身のステータスを5倍に上げたときだった。
つまり、パワーだけなら、シルは成人男性(難関ダンジョンの攻略経験豊富な冒険者)の5倍ということ。
「シルのクマクマパワーと互角の人、初めて……! 凄い!」
「いや、マジでシル、凄いよ。でも、俺の勝ちだから。ステータス6倍っと」
トッシュはシルの体をひょいっと持ち上げると、土俵の外に運ぶ。
「え? え?」
「はい。土俵から出たからシルの負け」
「凄い! トッシュ凄い! シル、大人と綱引きしても負けなかったのに! トッシュ凄い!」
「いえーい。でも、シルも凄いよ。弊社だったら実戦投入させるレベル。まだまだ成長するだろうし、将来が楽しみなスキルだね」
「うん!」
「よし。じゃあ、お遊び終了。行くよ」
「うん!」
(シルのスキル対象は動物のぬいぐるみだけかな? ロボット玩具とかをスキル対象にできたら、クソヤバ性能じゃない? いや、シルサイズの人型ロボットだから、そんなに強くない? でも、ビーム兵器とか再現できたら普通にAランクいくし、Sランクもいけるんじゃね?)
そんなことを考えながら5分ほど歩いた。
「ねえ、どんな家を買ったの?」
「大きい家だよ。シルの個室もあるからね」
「私が居候するからお家を買うの……?」
「んー? もともと貯金して、物価の安いナーロッパで家を買うつもりだったし、ちょうどクビになったし。シルが来たのは良い切っ掛けになったよ」
「でも……」
あまりにもしょんぼりしているから、トッシュはおどけて明るい声を出す。
「出現したばかりの掘り出し物があったからね。この世界は俺たちがいた世界以外にも、定期的に異世界が出現するんだよ。小規模なものから大規模なものまでいろいろ。ちょうど昨日出現した洋館を、昔の伝手を頼って優先的に買わせてもらったから、ほんと、遠慮とかお金の心配とかしなくていいよ」
「うん……」
「それよりも、はい。水分補給して。体力はあっても喉は渇くでしょ?」
トッシュは右脚の第四ポケットから細めのペットボトルを取りだした。
「ねえ、どうしてポケットの中に水筒が入っているの?」
「入れたから入っているんだよ? 別に不思議じゃないでしょ?」
「そうじゃなくて……」
「あと、これは水筒じゃなくてペットボトル」
「むー」
トッシュははぐらかしたが、引っ越しをする理由は、もう一つある。
それは法律の違いだ。
日本エリアでは血の繋がらない未成年者と生活をすれば、たとえ合意の上でも拉致監禁や誘拐の罪に問われてしまう。
しかし、ナーロッパエリアでは合法だ。
するつもりはないが、未成年相手のエッチなことすら合法だ。
トッシュがシルを居候させるには、ナーロッパエリアに引っ越すしかなかったのだ。
こういった法律による違いで困っている人を救うことも、トッシュが先日まで所属していたギルドの業務のひとつだ。
「ででん。問題です」
「ででんってなあに?」
「そこは気にしなくていいから……。ででん。基本的に現代日本エリアの方があらゆる面で生活水準が上なのに、わざわざ、ナーロッパエリアに引っ越す者が居ます。何故でしょう?」
「えっと……」
「お昼に色々お話ししたことを思いだして考えて」
「んー。……分かった! ででん。回答です。法律が緩いから、犯罪歴のある人が逃げる」
「ででん、正解です。正解者にはキュウリをプレゼント」
「これなあに? ペペロムみたい」
「うん。ペペロムみたいな野菜だよ。かじるの」
シルはキュウリにかじりつき、目をキラッとさせると、無言で一気に食べる。
ガジガジガジガジ――。
大人になったら絶対、大勢の男を狂わすと確信できるほどの超美少女なのに、なんかハムスターとかカピバラとかみたいな顔してる。
――なんてことを思っている間に、一本食べ終えた。
「美味しい!」
キラキラキラーッ!
効果音が聞こえてきそうなほど、シルの表情が明るく輝いた。
「でしょー? 俺のスキルで鮮度を上げているからね」
「凄い! 凄く美味しい! こんなに美味しい野菜初めて! もっとほしい!」
「えー。でも、これは正解者へのご褒美だけど、もう問題がないなあ」
「なんでー。……あ。じゃあ、シルが問題だす!」
「いいよ」
「ででん。問題です。デイビットとダルガンはどうして喧嘩したのでしょうか」
「デイビットと、ダルガン、いったい誰なんだ……。なぞなぞだよな? ……ふたりとも男性の名前で、アルファベットだとDから始まるから……。うーん。分からない」
「ででん。時間切れで、不正解です」
「答えはなに?」
「えっとね。シルが森に遊びに行こうとすると、いっつも、デイビットが『一緒に行く』って言って、ダルガンが『シルと一緒に行くのは俺だ』って言って、ふたりは喧嘩になるの。みんなで仲良くすればいいのに。ねえ、どうしてふたりは喧嘩するの?」
「なんという糞問題。さすが幼女……。えっと、たぶん、ふたりはシルのことが好きなんだよ」
「私もデイビットとダルガン好きだよ? 好きなのにどうして喧嘩するの?」
「えー。なんでだろうね。分かんなーい。多分、シルがもうちょっと大きくなったら答えが分かるよ」
トッシュは、めんどくさくなったから適当に話を終わらせた。
あと、『場合によっては俺がデイビットとダルガンをぶちのめしてシルを奪う』とか、クソみたいな対抗心をちょっとだけ抱いた。
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