第一章:無職初日編
4話 ロリエルフとの出会い
飲酒と飲食を終えたトッシュはふらふらしながら電車に乗った。
帰宅時間だから電車は結構混んでた。
隣で立っている人のイヤホンから音がシャカシャカ漏れてる。
耳が悪いに違いないから、彼の聴力を24から2400に上げてあげた。すぐ静かになった。耳を抑えてよだれを垂らしている。どんなヤベエ曲を聴いているのだろう。
怖いから、そいつのことはもう意識から追いだした。
反対側の人のリュックサックが何度も当たってきた。他人にぶつかっていることが分からないようだ。感度が鈍いようだし、ステータスをいじって、感度1.2から、12000に上げてあげた。本当は12くらいにしようと思ったけど、スキルが滑った(手が滑った的なノリ)。
「あひいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
いきなり叫びだしてうるさかったから、声の大きさも0にした。
混んでる電車なのに、床に倒れてビクビクして迷惑なやつだなあ。
そうこうしているうちにちらほらと空席ができたので座った。
あとからとなりに来た人が膝を全開にして邪魔だったので、股関節の可動範囲を0にしてあげたら、足を閉じてくれた。
親切をした満足感とともに電車を降り、少し歩いて家に帰った。
スキルで酔いを消すことは可能だが、酔った気分を味わいたかったので、そのままだ。
飲み過ぎたのか顔が熱い。
「んあああ。フラフラして真っ直ぐ歩けなーい」
夜の10時。千鳥足で狭い路地裏を歩いた。
到着したのは、安いからという理由で借りた築40年の木造2階建てボロアパートだ。
「やべえ。アパートが、ぐねんぐねん、動いているぞお。記念に撮っておこう」
トッシュは左胸第一ポケットからスマホを出し、パシャリ。
それから外階段をのぼる。
「これが、酔うという感覚……たーのしーい。うわっと」
トッシュは階段を踏み外しかけ手すりを掴む。
「危ない危ない。ん?」
かろうじて二階部分の通路に出ると、自室の前に大きなぬいぐるみが落ちていた。
「ん、んー? クマのぬいぐるみ? 退職祝い~? 誰か持ってきたの~? おお。意外と重い」
トッシュは酔っていたので、それがクマのぬいぐるみだと思いこんだ。
実際は、小学校に入っているか入っていないか微妙なくらいの少女が座り込んで眠っていたのだが、彼は気付かない。
ぬいぐるみを抱きかかえて部屋に入ると、それを抱き枕代わりにして寝た。隙間風ビュービューのボロ部屋だから、久しぶりに温かく眠れた。
翌朝。7時。
トッシュはクビになっているが、いつものくせで、仕事に行くつもりの時間帯に目が覚めた。
「んー。ベッドの布団が膨らんでいる。野良猫でも入りこんだか? ん、んん~?」
布団をめくると、そこに丸まっているのは、クマのぬいぐるみ。
「あー。そういや部屋の前にあったから拾ったんだっけ……。ん、んー? あれ? これ、人間?」
ぬいぐるみだと思いこんでいたのは着ぐるみで、顔の部分が開いていて、幼い顔が見えている。
「小学校の1年くらいか?」
トッシュがしげしげと見つめていると、少女は瞼を開け、僅かに肩を強ばらせた。
少女は「……寒い」と半分眠ったような声を出し、直後「わあっ!」と叫んだ。
トッシュは敵意がないことを示すために、笑ってみた。
「ごめん。いきなり覗きこんで。怖がらせたか。おはよう」
「お、おはようございます」
少女は上半身を起こすと、ぺこっと頭を下げてから、着ぐるみのフード部分を外した。
すると中から現れたのは、銀髪と長い耳。髪はさらさらのキラキラで、耳はツンツンだ。
「あ。エルフ」
「はい。エルフの、シル・ヴァーです」
「あ、どうも。俺は人間のトッシュ・アレイ」
「あの。これ……」
シルと名乗ったエルフ少女は、着ぐるみの胸元から紙を取りだした。地球製の綺麗な紙ではなく、分厚くて黄ばんだ羊皮紙だ。
「父ルード・ヴァーからの手紙です」
「あ。君、ルードの娘か。あいつ、文字なんて書けるんだ」
トッシュが手紙に目を落とし始めると……。
くー。
シルのお腹から可愛い音が聞こえた。
「あ、あの……」
シルはお腹を押さえると、頬を赤くして顔を背けた。
トッシュは手紙をポケットに突っこんだ。
「先に飯を作るから、少し待っていてくれ。何か駄目なものある?」
「わ、わかんないです……。日本の食べ物、あまり知らなくて……」
「そっか。じゃ、シェフトッシュにお任せあれ」
トッシュはキッチンに行き、冷蔵庫を開ける。
しかし、中はいつのか分からない開封済みのお茶と、練りワサビやケチャップなどの調味料くらいしかなかった。
「ん、ん~」
「あ、あの、どうかしましたか」
「いや、飯を作ろうかと思ったけど、冷蔵の中、空だった……。そういや昨日、木曜特売日なのに買い物に行かなかったからな……。ふりかけパスタでいい?」
「は、はい」
トッシュは鍋に水を汲み火にかけたところで、テーブルに座った。本当は水に指を突っこんで温度を編集できるが、来客に食べさせるものに指を突っ込むわけにもいかないから、やめておいた。
すぐにエルフ少女がやってきて、テーブルの横でトッシュに視線を送ってくる。
「ああ。ごめん。君みたいな小さい体だと椅子をひくのも一苦労だよな」
「あ……。そういうわけでは……」
トッシュは立ち上がると、向かいの席に移動して椅子を引き、シルを手招きする。
「おいで」
「はい」
トッシュはシルの体を抱えて椅子に座らせてあげた。
トッシュは自分の席に戻り、手紙を読む。
「……。……。……なるほど。……お。湯が沸いた」
トッシュは立ち上がり、鍋にパスタを投入した。
パスタをかき混ぜながら、背中越しにシルに尋ねる。
「シルは、手紙の内容を知っているの?」
「はい……」
「地球のことを学ばせたいからシルを預かってくれって書いてあるけど、認識、あってる?」
「はい」
「そっか。いいよ。じゃあ、これからよろしくね」
パスタがお湯に没したので、トッシュは火の前を離れ、棚へ向かった。
「あ、あの、そんな簡単に……。いいんですか?」
「ルードの頼みなら断れない。俺達はお互いに、自分や大事な人の命以外なら差し出せるくらいの恩がある。あいつの頼みならなんでも聞く。ただ……」
「ただ……?」
「シルを預かって養うのは問題ないんだけど、俺は昨日、仕事を解雇された……。無職なんだよ」
シルはきょとんとした。トッシュは収入がないという意味で無職といったが、シル的には「俺は戦士でも魔法使いでも武闘家でもない」という意味で無職と解釈したから「別に無職でも、ダンジョンに潜ればいいのでは?」くらいにしか思っていない。
「あー。変な遠慮とか要らないからな?」
トッシュは棚の奥まで漁ってみたが、乾麺やカップ麺ばかりで、パスタソースはなかった。
「いやー、ほんとごめん。冗談じゃなく、ふりかけパスタしかない」
トッシュは棚にあったふりかけをテーブルの上に並べ、シルに見せる。
さらにズボンのポケットからふりかけの小袋を出して並べる。
「じゃじゃーん! 好きなの選んでいいよ!」
「は、はい……」
「正直に言おう。ふりかけパスタは貧乏な奴か、手抜きしたい奴が食べるものだ。恩人の娘に出すものではない。だから、本当に遠慮は要らない」
トッシュは五種のふりかけを少しずつ小皿に出した。
「味見して。全部味が違うから。気に入ったやつをパスタにかけるよ」
「は、はい」
シルは一つ一つ匂いを嗅いで、のり玉を選んだ。
「じゃ、じゃあ、これ」
「分かった。じゃ、ちょっと待ってね」
トッシュは鍋の中身をざるに空け、ラーメン屋のように手早く湯切り。
パスタを二枚の皿に盛りつけると、テーブルに並べた。
「ほら。この茹でた細長いのがパスタ。俺達の世界にはなかったものだけど、材料はパンと同じ小麦」
「え? これ、パンと同じものなの?」
「なー。不思議だよなー。こうやってサラダ油をスプーンいっぱいかけるのがポイント。固まりにくいしふりかけが絡みやすい。はい。これがフォーク。右手で持って。こっちのがスプーン。左手で持つ。見てて。スプーンを、こうして、フォークを刺して、ぐるぐる巻いて食べる」
「わあ。面白そう! こう?」
「うん。そう。センスあるよ。その調子」
「あ、あれ。なんか大きくなってきた」
フォークの先にパスタがこんもりと集まった。
「食べれない……」
「あー。最初に刺しすぎかな。いったん、ひっこぬいて。フォークに少しだけパスタを絡めて、くるくる巻いて」
「が、頑張る!」
シルは初めて目にしたパスタに興味津々らしく、目が爛々と輝いている。
初対面の緊張が解けてきているらしく、口調も子供らしく柔らかくなっていた。
そんな様子が微笑ましくて、トッシュは手を動かさず、シルの様子を見守る。
「む、むむ……。できそう!」
「お。上手いぞ。そう。そのままフォークを回転させて!」
「で、できた!」
「初めてにしては凄いぞ! それをパクッといくんだ!」
「うん! ……美味しい!」
「ふっふっふっ。見ろ。パスタ上級者の俺は、スプーンを使わなくても、フォークだけで、こう……!」
「凄い! トッシュ凄い! フォークだけでパスタを巻きとった!」
「さらに、こう!」
「お、大きい! そんなに大きいの入らないよ?!」
「いいや、俺なら、こんなに大きくても、ひとくちでいける!」
「凄い! トッシュ凄い! 凄い!」
「んー。ボーノ!」
「ボーノ?」
「パスタを食べたときに美味しかったら言う言葉」
「ボーノ!」
「そう。そう言うの」
「えへへ……」
ふりかけパスタという、一人暮らしの手抜き朝食だが、ふたりは美味しく楽しい時間を過ごした。
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