3話 事務所を出て居酒屋による

「そんなことより、俺、言いましたからね? 早めにネイさんでもアサインしておいてください」


「アホか? 四級のお前程度に任せていた案件の後任に、ギルド唯一の一級をあてるわけないだろ」


「俺のスキルは日本式の評価だから四級ですけど、ナーロッパ式の評価なら多分一級ですよ?」


「はっ! いるいる。そうやって、自分の無能さを、評価方式の違いだって言い張るやつ」


「あー。分かりました。もう、いいです。一応、前任者として、ナーロッパ式評価の二級以上があたるべきだと伝えておきたかったので」


「黙れよカスが。そうやって、実は僕は優秀でした~アピールしても無駄なんだよ。本当に優秀なやつは口じゃなくて結果で語るからな」


「あー、はい。だから残業ゼロって結果が出ているんだけど、まあ、いいや」


 そのうち父親みたいに唾を飛ばしてくるかもしれないから、トッシュは去ることにした。


 それはそうと、日人も机を殴りたくなるだろうだから、机の防御力を下げてあげた。


 そして、回れ右した。

 

 自席に戻り、筆記用具を鞄にしまう。


「はあ……。親切にしてくれた人には挨拶したかったな……」


 トッシュはナーロッパ人だから、地球側の常識が色々と分からずに困った。

 そんな彼の入社時に面倒を見てくれた先輩や、一緒に任務に就いた同期や、初めての部下になった後輩には挨拶したい。

 しかし、全員、出張で不在だった。


 基本的にギルド『ブラックシティ』戦闘支援課の業務は、戦闘が必要とされるエリアでの、様々な支援活動だ。

 ダンジョン護衛が人気のため遠方への出張が多いし、依頼主や取引先の業務に24時間態勢で行動をともにすることもある。


 そのため、同じ課員でも、タイミングが合わなければ、とことん会わない。


 常に課の事務所に居るのは、移動系のスキルを持つ者か、勤務地が近い者か、たまたま手が空いていて本部待機になっている者くらいだ。


 これも昔との違いだ。以前は、ギルドにはギルメンがたむろして騒いでいたものだが……。

 昔は同じ都市に住む人が依頼に来たが、今はオンラインで遠方からの依頼も入る。そのため、仕事先が遠くなった。

 いつのまにか社内飲食禁止ルールもできていたし、業務管理アプリとか労働法とか深夜バスとか新幹線とか地球のシステムやインフラによって、ギルドは変わってしまった。


「……まあ、そのうち連絡するか」


 トッシュは鞄を取ると、名残惜しむことなく、部屋を出る。

 ナーロッパの頃は一度パーティーを解散したら二度と会わない人も多かったが、融合後の世界には電話という便利なものがあるから、意外と再会できる。

 だから、トッシュが挨拶もせずに退職するのは別に彼が薄情なわけではなく、ただ単に「大した別れではない」と思っているからだ。


 両サイドの壁に標語のポスターがたくさん貼られた廊下を通り抜け、玄関へ向かう。


「あ。メンバー証……。返していない……」


 すでにトッシュは玄関ドアを出たところだ。


「まあ、いっか。郵送して返すか。でも、面倒くさいな。これのおかげで、17歳でも法律的には成人として扱ってもらえるんだよなあ。適当なギルドに再就職するか、日本の一般企業に入社するか。どっちも面倒くせえ……。いっそのこと、個人で事業を立ち上げるか……? とりあえず貯金が尽きるまではだらだらするか」


「トッシュさん!」


「ん?」


 名を呼ばれたので振り返ると、事務員の日本人女性が玄関から出てくるところだった。まだ若いが、先代社長がギルドを設立した頃からの古株だ。


「今、課長が、トッシュさんはクビだって……。本当ですか?!」


「あ。うん。どうも。お世話になりました」


「そんな……。この会社の成長もここまでかあ……」


「いやいや、ネイさんやドルゴがいるから大丈夫でしょ」


「残された人の負荷が大きくなるし、良くても現状維持ですよ……。成長は止まります」


「あー。そういうこと」


「業務と社員のスキルの相性ってあるじゃないですか」


「うん」


「トッシュさんみたいにどんな業務でも対応できる人、貴重なのに……。弊社って尖った能力者が多いから、逆に対応できない業務も多くて」


「分かる。特定の状況に特化したタイプが多いよね。ネイさんとかドルゴとか戦闘系の案件ならなんでもこなせるけど、要人護衛とか無理そうだし」


「そういうのを穴埋めしてくれていたのがトッシュさんだったのに……。ボス攻略よりも、素材回収とかフロア探索とかの案件を回されることが多かったから、社長や課長から雑用係と思われていたのかな……」


「……」


「……」


 不意に会話が途切れた。気まずい時間ではないが、会話を打ち切るには良いタイミングだ。


「まあ、行くよ」


「はい。それでは、あの、お世話になりました」


「あ、いや、お世話になったのはこっち。お世話になりました」


「あのっ……」


「ん?」


「あの。トッシュさんのスキルで私の恋心……止めていってくれませんか?」


「ん-? 事務員さん誰か好きな人がいるんですか? そういう感情は消さない方がいいですよ」


「わ、私が好きなのは……!」


「大丈夫。ちょいと失礼」


 トッシュは事務員さんの額に触れる。


 ステータス編集

 幸運C → S


「はい。時間経過で元に戻るけど、幸運をあげておいたから。きっと、恋に進展がありますよ」


「あ、ありがとうございます。きゃっ……」


「っと。大丈夫?」


 事務員が急によろめいたから、トッシュは胸で受け止めて支えてあげる。


「あ、あはは……。ハイヒールのかかとが折れちゃったかな」


「あっれえ。おかしいな。幸運のステータスを上げたのに。直しますよ」


「あ。少しだけ、このまま待ってください。……今、幸運Sです」


「??」


 朴念仁のトッシュは事務員さんの態度を、よく理解できなかった。


 しばらくしてからトッシュは事務員さんのハイヒールの耐久値を回復させ、その他のパラメーターも上げておいた。

 その際、事務員さんのふくらはぎを触って「えへへ。役得……」と思うくらいには異性に性的関心を抱く癖に、自分が好かれているとは気づかないのだ。もったいない。


 それからぺこりと頭を下げて、事務員と別れた。


 トッシュは駅に向かって歩きだす。


 しばらく進んで、はたと気づく。


「あ。しまった。ギルド証、どうすればいいか聞いておけばよかった。……戻るの面倒だし、いったん、まあ、いっか」


 少し進むと居酒屋が並んでいる通りに差しかかかった。

 普段アルコールは飲まないし、節約しているトッシュは、それまでまったく興味がなかったが、この時だけは妙に店の灯りが明るく見えた。


 ナーロッパでは「ワインを絞ったときに余る葡萄の搾り汁を水で薄めた物」を飲んでいたので、あまり地球の美味しい飲み物を摂取したくないのだ。ドはまりしたら、お金が一気に消し飛ぶ……。


「あー。そういや、こっちの酒って飲んだことないな。ギルメン証があるうちに飲んでいくか」


 トッシュは居酒屋の違いが分からないので、とりあえず一番手前にあった店に入った。


 まだ18時なので、客は他に居ないからカウンター席に着いた。


 目の前に大きな鍋がいくつも並び、食欲をそそる匂いが漂ってくる。

 大鍋から小分けして料理を提供してくれるようだ。


 トッシュはお酒を注文するために、ギルドメンバー証を提示した。異世界人であれば未成年でもアルコールを飲める。ギルドメンバー証は、手っ取り早く身分や出生地を示すのに便利だ。


「支払いはギルド『ブラックシティ』戦闘支援課長の金星日人につけておいてください!」


「へい!」


 ギルドの近くで、そのギルドのメンバー証を見せたから、ツケで支払うことが出来た。ブラックシティは一級ギルドなので、知名度もそこそこあるから、信頼度は高い。


「おや。お客さん。お帰りになる前に、首筋」


「ん?」


 なぜか店主がおしぼりを差し出して、首筋を指さしてきた。

 よくわからないけど首筋を拭いてみた。

 なぜか、明るいピンク色の何かがおしぼりについた。


「いい恋してますね。お客さん」


 よく分かんないけどトッシュは適当に注文して飲み食いして、生まれて初めて酔い潰れた。

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