2話 帰る前に課長を煽っておく
トッシュは心の底から、ギルマスの攻撃力の低さを心配した。顎や腹がスライムみたいなのに、スライムすら倒せないだろうなあと、ぼんやり思う。
「えっと、もう10分は経ったと思うんですけど、この時間って、残業代でるんですか?」
「ふざけるな! 出るわけないだろ! クビだ! 二度と来るな!」
金星は会話の終了とばかりに、椅子を回転させた。多分、机を殴った手が痛くて涙目だから、顔を見せたくないのだろう。
ふとっちょ短足の姿は背もたれに隠れて、トッシュからは見えなくなる。
「あー。俺はもともと先代社長に誘われたからこの会社に入ったんだし、まあ、クビになるのは構わないですよ。だけど、俺がいま担当している客が困るのでは?」
「ふん。なんの問題もない。貴様の代わりに
「あいつじゃ無理ですよ。ギルマスの息子だからっていう理由で課長になっただけで、能力は低いし」
「黙れ! 貴様に途中まで出来ていたような温い仕事が、ワシの息子に出来ないわけがないだろう! さっさと出ていけ! 警察か騎士団を呼ぶぞ!」
「ジュニアの代わりにネイさんかドルゴをアサインしてくださいよ。あいつらなら俺の代わりになるだろうし」
「黙れと言っている! 早く出ていけ!」
壁に汚いつばが飛び散るのを見たトッシュは、あれが再び自分に向かって飛んでくるのが嫌だから、さっさと部屋を出た。
歩きながら左太もも第二ポケットから乾燥トマトを取りだし、ステータス編集により、鮮度をFからSに変更してかじる。
瑞々しい味が口の中に広がる。
「異なる世界の人々と相互理解を深め世に貢献する仕事って聞いたから、先代の誘いを受けたのに……。新しい社長になってから、駄目になったよなあ、ここ。しゃあない。切り替えてこ。もともと組織に属するのは性に合わなかったし」
地球と異世界ナーロッパが融合して、もう、数年が経った。
商売が得意な地球人が、ナーロッパの冒険者ギルドのオーナーになって、その性質を大きく変えてしまう事例は多い。
トッシュが解雇を告げられたギルド『ブラックシティ』も、そんな典型的な、変わってしまったギルドの一つだ。
以前は竜殺しの英雄がギルドマスターだったのだが、気づいたら、金設けスキルを持つ金星がその地位を奪い取ってしまった。
「小奇麗な建物だよな……」
昔のギルドは木製の壁にクエスト情報や賞金首の紙が貼ってあったものだが、今はコンクリートの壁に――。
顧客第一!
時間優先!
ないない時間がないは、努力が足り『ない』!
いかにも現場を知らない人が書きましたといった感じの標語ポスターが貼ってある。もっといっぱい書いてあるけど、読む気すら起きない。
パソコンとやらで書かれた味気ない文字の、てかてかした紙を見て、トッシュは小さくため息をついた。
「時代は変わったなんて言わせるなよ。俺はまだギルドに入って2年くらいの、17歳だぞ」
懐古直後とは言えそんなに落ちこんでいないトッシュは、私物を回収するために、普段どおりの足取りで自分の所属する戦闘支援課フロアに向かった。
戦闘支援課というのは何をするのかというと、ダンジョンに潜りたがる日本人を手伝う、秘境探索ツアーのガイドみたいなもんだ。
ナーロッパが地球と融合したあと、無謀な日本人がダンジョンに挑戦して大勢死んだため、ナーロッパ人達が戦闘や探索を支援するための組織を作った。
世界中にダンジョンが出来た時の対応で、こんなジョークがある。
ある日、世界にダンジョンが出来た。
アメリカ人は軍隊を派遣してモンスターを討伐した。
中国人はダンジョンを埋めて、なかったことにした。
イタリア人はサキュバスを探し求めてダンジョンに入った。
日本は民間人が勝手にダンジョンに入って「ステータス」と叫びながら死んだ。
ポルトガル人はダンジョンが出来たことにまだ気づいていない。
だから、まあ、日本人相手にはダンジョンガイドが商売になる。
「んー。クビになったら何するんだ? なんか手続き的なことするのか? まあ、帰れって言われたし、とりあえず帰っていいよな?」
トッシュは自席に着く前に、クビを通告されたことを、一応、仕方なく、課長へ報告に行った。
課長は先程トッシュにクビを宣告した金星の息子、
歳はトッシュより少し上で22。デスク上には、何かの資格教本か自己啓発本が大量に置いてある。いずれも、角がピッチリ綺麗で読んだ形跡はなく、勉強してますアピール感が半端ない。
不覚にもトッシュは他の異世界人達と同じように、地球製の上質な本を目の当たりにしたとき「あんな物を所有している者なら、偉大な魔法使いに違いない」と勝手に思いこんでしまったものだ。
日人はコネ入社なので、ギルドに入ったと同時に課長の役職についている。
元々トッシュが世話になった人の席を奪っての課長就任なので、トッシュは日人に良い印象は抱いていない。
トッシュは、ビジネスマナーの敬語とやらを思いだしながら話しかける。
「日人さん。少しお時間、よろしいでしょうか」
「あー? 今は忙しい。お前のことはギルドマスターから聞いている」
「あー。そうですか……」
日人はスマホを弄ってゲームをしていた。
隠す様子もない。
昔は魔道具だと思って『凄え!』と思っていたがトッシュだが、既にアレの用途が、遊ぶためのものだと知っている。
トッシュは左脹ら脛第一ポケットからゴボウを取りだし、ステータス編集スキルで、状態『土つき』を消す。土がパラパラと零れ落ち、ゴボウが綺麗になった。
「俺が担当していた『ダンジョン探索RPG』の攻略支援を日人さんが引き継ぐって聞いたけど、マジです?」
「あー? うるせえな。だったら、なんだよ」
「まあ、ぶっちゃけ日人さんには無理ですね。能力不足です」
「ぷっ。スキル評価四級のお前がオンスケで進められる案件なんて、俺なら1日で終わらせられるぞ。っておい、テメエ、人に話しかけておきながら、なに細い物かじってんだよ」
「ゴボウですよ。日人さんの世界の野菜なのに知らないんですか?」
「聞いてねえよ! 人と話をするときに物を食べるんじゃねえよ」
「うわ、父親と同じこと言ってる……」
「当たり前だろ!」
「当たり前のことなら、言うなよ。それが当たり前だろ?」
「くそが!」
ダンッ!
親子らしく、日人も机を叩いた。
トッシュは、こいつも攻撃力が低そうだなあと、ぼんやりと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます