雪妖夜話

「――お、おねえさま……この服……」

 双子は、どちらから、ともなく顔を見合わす。

「ステキでしょう? 熱い男の友情をひと息でぶち壊す『新しい世界』の門出に、ふさわしい一品よ!」


(思っていたのと、ちょっと違う……)


 自室から衣装を抱え研究室へ戻った次女もえ子が、備え付けのウォークイン・クローゼットでロボにあてがったのは、目が覚めるような純白の、ウェディング・ドレスだった。


 恐々と怯えながらも作業を続けた結果、景色を映し出す鏡面に仕上げられたロボ村長の身体を、清楚、かつ、華やかに包み込む乙女の憧れ。

 透けたレースの肩と胸に、そっと抱かれるリボンの花束ブーケ

 花冠のしとやかなベールに隠れたロボットの無表情は、かすかな恥じらいと幸福感を錯覚させ、微笑んで、さえ見える。


(――これなら、予備の白衣を着せた方が、まだのでは?)


 しかし、せっかく持ち寄ってくれた姉の好意だ。無下に拒否してしまうのも、ためらわれる。


「こ、こんな高級そうなドレス……本当に頂いてしまっても?」

「かまいませんことよ! 大好きな妹たちが作戦のためですもの!」


 清らかで、くもる所ひとつ無い姉の性癖が眩しかった。

 たとえ、どんなに腐って、いたとしても。


「あ、ありがとう、おねえさま」

「と、とても、うれしいわっ!」



「――でも、あいにくと外は『雪』が舞い始めたようね。このまま明日まで大雪になるみたい。はじめ君は今、どの辺りに居るのかしら?」

「最新情報では『南海州の大磯』だとか。山脈の、さらに向こう側ですわ」


 日が傾くにしたがって気温がグッと下がって行き、ついに降り始めた牡丹雪が、暗くなる頃には屋敷の庭を、まっ白く覆い隠していた。

 聖王都を含む中南部からは、連なる山脈で隔絶された辺境の地。

 比較的平地が続く屋敷のまわりで、この積雪だ。

 山へ入れば、もう既に、かなりな深さで積もっているだろう。

 街道が延びているとはいえ、この時間から豪雪の山岳地帯へ旅立たせるには、不安が大きい。


「そう……大荒れの峠越えになるわね。ロボは雪道、平気なの?」


 眉を寄せる次女の不安に、双子の妹たちは笑顔で応えた。


「その辺りはご心配なく、おねえさま! わたくしたちのロボは全天候・環境対応型。濁流の溶岩火口だろうが、絶対零度の宇宙空間だろうが、快適に活動可能ですのよ! あの有名な『クマムシ』をも凌ぐ最強兵器です」


 スリムな白衣の胸を張る姉、秋月めぐみ。


 それに対して妹、秋月なおは、すこし不安気なトーンに声音を落とした。


「雪山対応の『スノーモービル』ポジションに変形すれば、雪中行軍も可能です……でも、おねえさま? 大雪になるんじゃ、せっかく用意して頂いた素敵なドレスが……」


「い……いいえ……いいえ」


 姉、秋月もえ子は「それはちがう」と、首を振る。


「いいえ! それこそ問題ないの! いや、むしろ大歓迎よっ! 夜の雪山を越えて愛する男の元へ駆けつける、純白衣装の若き乙女(男)! 情熱的な演劇のクライマックス! これこそ、萌え要素満載の『神演出』だわっっ!」



 〇 〇 〇



 ――秋月家裏庭、勝手口正面。


 深々と無情に降りつづく夜空の向こうで黒々横たわる巨大な山脈を背景に、純白のウエディング・ドレスを見送る秋月美人三姉妹。


「――気を付けてね……ロボ村長」

【まっ!】

「無事に、お使いを果たすのよ」

【まっ!】


 繊細なレースの手袋に包まれたロボの両手を、みぎひだり、きゅっと握り不安そうに見上げる、めぐみとなお。


 はからずもその立ち位置は、ロボ村長のを皺の奥まで磨き上げた並びと、同じになった。


 ふたりの後ろにはロボから託された『花嫁のブーケ』を胸に、そっとほほ笑む双子の姉、もえ子のやさしい瞳。



 ――思い出す。


 あの愛おしかった、日々(二時間前)。


 ロボのAIに押し寄せる、数多の感情。



「――いってらっしゃい!」


 ついに送り出す決心をした。


「ロボ! スノーモービル・ポジションへ、モード・チェンジ!!」


【まっ!】


 ぎゅっ、ぎゅ!


 積もる裏庭を踏み鳴らしながらドレスの膝を立て、両手を地面へ付く四つん這いの姿勢になったロボ村長。


 がきんっ! じゃきっ!


 派手な動作音と共に両すねが開き、無限軌道で雪面を蹴るクローラー・ベルトと、美しい手袋を切り裂いて手首から、ダブルウィッシュボーン・サスペンションを備える幅広のスキー板が飛び出し、身体を支えた。


 ばつん!


 両目の前照灯が吹雪く夜空を、底からめ上げるように、遠く照らす。


「ロボ村長! 発進っ!!」


 双子の科学者が白衣の腕を、そびえ迎え撃つ、山脈の彼方へ突きさした。


【まっ!】


 ばをぉんっ!!


 爆音を夜空へ響かせロボ村長の、過酷な雪中結婚行軍が開始された。


(がんばって、ロボ村長……)


 祈る、三姉妹。



 〇 〇 〇



「――ぅうう……さむい寒い……」


 人っ子ひとり見当たらない、と思えた大雪のノルディック辺境伯領街中に、藁ミノ笠を『雪ん子』のように被って、凍えながら酒屋へ早足の小坊主があった。


「――まったく和尚様ったら『般若湯が無ければ、除夜の鐘など打ちとうない!』なんて、ワガママばっかり……」


 文句を言いながらも吹雪の買い出しに出向くあたり、小坊主なかなかエライ。


「――おや?」


 早くも赤く始めた小坊主の耳が、とおい唸りを雪道に聞き取る。


「なんの、おと?」


 がぼぼぼ……!


 振り返ると真っ暗に伸びる街の大通りを、まばゆいふたつの瞳が爛々と、コチラを睨んで接近中だ!


「ひ!! ひっひっひっ……」


 あわれ、その場に腰を抜かす小坊主。


 ぎゅわぉをんっ!!


 静寂をつんざく排気をとどろかせ、目の前を猛烈なスピードで駆け抜けひるがえる、長くまっ白な衣。


 小僧を襲った爆音は、はるか魑魅魍魎ちみもうりょうが住まうとされる、暗黒の山脈へ向かって夜空を消えた。


「――や、や…………」


 あとには和尚から預かった貧乏徳利を取り落とし路肩に震える小坊主の、愕然がくぜんと怯える姿だけが、街に戻る大雪の静けさの中、残された。




 ――十年に一度だろうと怖れられる、記録的豪雪が荒れ狂う領境を、時速80キロの猛烈なスピードで、雪煙を巻き上げ驀進ばくしんする『女豹めひょうのポーズ』の花嫁姿。


 ゆけ、ロボ村長!


 白波砕ける南海で待つ、はじめの、もとへ!


【まっ!】




 ――次回作へ、つづく。

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ロボ村長・2 ひぐらし ちまよったか @ZOOJON

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