ロボ村長・2

ひぐらし ちまよったか

ウガンダトラは、こう語った。『カレーライスは、飲み物』

 板の間と畳敷きの部屋が続く歴史ある秋月家だが、双子の引きこもる研究室は、地味な色彩のエポキシ樹脂を、ぶ厚く丁寧に塗り重ねた帯電防止床。

 いわゆる『クリーンルーム』である。

 直進性に優れた青く無機質な照明と、機械の稼働環境を冷徹に維持する、渇き切った空調。


 うら若き乙女が終日を過ごす、とは、とても思えないはなの無さ。


「――思いのほか、はやい完成ですわ」

「人造足軽用の『ひな型』が既に有ったとは言え、わたくし達の天才が、またまた証明された訳ね」


 お揃いの白衣に袖を通した双子の視線は、まばゆい白さで艶消しに輝く、大きなタマゴ型の精密機器を囲んでいた。


 これこそ、この研究室が世界に誇る『複合素材立体プリンター』だ。

 内燃機関や制御基板、可動機構から外骨格まで全てをまとめた完成体を、ボタンひとつで一気に作り上げてしまう最新テクノロジー!


 期待の瞳を輝かせ見守る中、純白のプリンターの表面に一筋、まるで、雪原の地平から夜空を剥ぎ取る朝日のような光線の亀裂が、すうと横へ延びた。


 加工終了直後のためか、内部は高温状態らしい。

 眩しい輝きに満たされていて、開口部が広くなる度、目を細めるほど光が零れる。

 うっすら朝もやのような、水蒸気さえも流れ落ちてきた。


「ロボ村長の誕生よっ!」


 まさに、動く物の気配すらなかった氷の惑星に、とつぜん訪れた生命の息吹。


 固唾を呑む緊張の研究室に、あの有名なR.シュトラウス:交響詩『ツァラトゥストラは(KACかく)語りき』の空耳が、たしかに聞こえた。




 ――ぷしゅ~。


 過剰演出気味の透過光スモークに浮かび上がる、マルエージング鋼で成形されたにび色の外骨格。


 タマゴ型プリンターの中央に、片膝でしゃがむ全裸の男。


 そう、彼が、ロボ村長。


 秋月めぐみ、と秋月なお。

 双子の天才が生み出した、技術と英知と科学の子。


「――ロボ村長、立ち上がりなさい!」

 動作確認の、はじめての命令。


【まっ!】


 気合の一声を込めて双子の目の前に、すっくと立ち上がる、全裸ロボ。


「ちょっ……ちょっとロボ!? まえ……前を、隠しなさい!」

【まっ!】

 さっと股間を、両手で隠すロボ。


「――ふぅ、び、ビックリしましたわ……何か着る物を用意して、さしあげませんと」

「そ、そうね……それに彼、改めて見ると、ちょっと……可愛らしいし……」

「え、ええ……ただの村長にしておくのは、もったいない、くらい……」


 長い引きこもり生活のために同年代の男性と、あまり接点を持たなかった天才姉妹が、頬を染め狼狽うろたえていると背後から突然、語り掛けられた。


「――ふたりでコソコソと『何をしているのかしら?』と、思ったら……」


 美しい声に振り返ると、すぐ上の姉『秋月もえ子』が、にやにやと腕を組んで立っている。


「随分、楽しそうな事を、してらっしゃるのね……わたくしも、まぜて下さらない?」


 効き過ぎる空調のクリーンルームで、たがいに見つめ合う秋月の美人姉妹。


 ――そして。


 直立不動で逆光線の中、股間を隠し命令を待つ、ロボ村長。



 〇 〇 〇



「――そういう事、ね……この『ロボ村長』を、はじめ君に接近させて、秋月家に戻ってもらおうと……」


 秋月家次女もえ子は、全裸で立つロボ村長の体を舐めまわすよう、360度、隅々まで観察する。


「まさえ姉さまに勝てるように、はじめちゃんに伝授したい『剣聖ジン様』の剣術データーも、すべて入力済みなの」

「はじめちゃんに疑われない様に、村長得意の『謎かけ』AIも、プログラミングしておいたわ」


 最初は、隠していた企みが姉に露見し、どうしようかと顔を見合わせた双子も、みずからの研究成果の発表という『科学者冥利』に抗えず、ぺらぺらと作戦内容を吐露してしまう。


「おもしろいわ! わたくしも是非、協力させて、いただきますわよ」

「え! お姉さま、協力って?」

「まさか全裸のままで、はじめ君の元へ送り出せは、しないでしょう?」

「そ、それは……そう、ですケド……」


 戸惑う視線は、金属の裸体に注がれる。


「かといってアナタたち、男性用の衣装なんか、持ち合わせていないでしょう?」

「え、ええ……たしかに」


 研究三昧に暮らしてきた二人には、紳士服など縁がない。


「わたくしの『萌えコス』コレクションの中から、を差し上げましょう。有無を言わせぬ破壊力の一着を」

「本当ですか? お姉さま」


 ぱちりとウインクを見せる姉の言葉に、双子の期待は否応なく高まる。


「でも、わたくしのコレクションは『レスラー体形』に合わせた衣装がほとんどだから、すこし丈を詰める必要が有るわね、しばらく待っていただける?」

「ええ、それはもちろん」


 少しずつ腐った本性が垣間見え始めた姉の言葉にも、いっさい疑問を挿まない素直な笑顔。


「そうだわ! その間に彼のカラダを、ぴかぴかに磨くと好いかも。せっかくの金属製ですもの。鏡のように輝かせたら、素敵だと思わない?」


「え? ええ。そ、そうですわね……それも、ステキ? でしょう、ね……」


 わずかな不安が、ただよってきた。


「日が暮れる頃には持ってこれると思うから、それまでに全身くまなく、磨き上げてちょうだいね?」


 そう言い残し、ごきげんな鼻唄で自室へ戻る姉を見送る、双子の姉妹。


「ど、どうします? お姉さま」

「と、とりあえず……バフ研磨でも、してみる?」


 いそいそと、研削工具とフェルト・バフを取り出したが、全裸のロボ村長を前にして、ぴしりと動きが固まった。


「こ……も……磨かないと、ダメ、かしら?」

「……全身……って、おっしゃってた、わね……」


 まばたきひとつ見せず股間を押さえ、仁王立ちするロボの足元に、こわごわと二人がひざまずく。


「――ロボ……手を、ど、どけなさい」

【まっ!】


 しゃきんと両手を、左右に開くロボ村長。


「う……うわぁ……」

「て、手分けを、しましょう。あなたはを……担当して……」

「は、はい。お姉さま……」

「こ、これも、科学のためよ……恥ずかしがってなんか、いられない……」

「は、はい……うぅ、おかあさま……グスン」


 ――ぎゅわ~ん!


 ロボの股間を左右から囲む、双子の手にした研削工具が、むせび泣きを無情に消す。


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