教授のとある一日

 副業で使っているガラケーが鳴った。大学で教鞭を執ったあとの話である。テレビ出演か……。本当は大勢の前で歌うのは苦手だ。苦手だが、僕の理論を証明するのに電波塔や広い場所からの音波と電波の放出は必要なことなのだ。結構これが面倒くさい、面倒くさいと言いつつも、誰かがやらなくてはならないことだろうなと思いながらやっている。なぜならこの副業で研究費を賄っているところもあるからなのである。いやはや、研究機関というのは本当に大変だ。研究費を稼ぐためにテレビやライブ出演をする教授……。しかも科学番組ではなくミュージシャンとしてだから、一般的にはあり得ないだろう。

 ファンの人が大学内に来たりはしないか? という問題はあるが、意外と大丈夫だったりする。思ったより治安はいいのか、それともメディアで着飾っていない僕は魅力的ではない……ということなのだろうか。まぁ、確かに「チー牛野郎」と言われたこともあるからな。試しに使ってみたマッチングアプリでは、僕を値踏みするような異性としか出会わなかった。いや、普段あんなに目立ってメディアに出ていたのに気づかれなかったというのも不思議ではある。やっぱり普段の僕は覇気がないのだろうか。……どうでもいいか。そんなことで悩むほど今は暇ではないのが難点だ。

 所属事務所からの連絡。これはとりあえずの音波と電波放出の依頼だった。主題はそれだけではない。また地球に落下する可能性のあるものが出てきたらしい。今度は彗星とのこと。まったく、宇宙は今どうなってるんだ? 彗星? 世紀末もいいところだ。衛星の対処は前回できたが、今度は彗星と来たか。

 ーーともかく電波ジャックして、表面的に薄いバリアを張ることはできるだろうが、これもどのくらい持つかはまだ自身の研究結果が出ていない。音波と電波の操作には限りがある……。これらに何らかの技術を加えるとか、何か妙案はないだろうか。


『先生、ご存知ですか? 政府お抱えの陰陽師のことは』

「はーー? 陰陽師、ですか?」


 魂の成分ですら科学的に解明されているこの時代に、陰陽師だと? そんな非科学的な。そもそも呪術だか超能力だか知らんが、不可解なものでどうこうするなんて、単なるオカルトでしかないだろう。しかし、政府のお抱えだと? そんな輩が存在しているとはーー。


「陰陽師は実在しているんですか?」

『らしいですよ。先生、もしご興味があるようでしたら、連絡先をお教えしましょうか?』

「いや……」


 僕は言い淀んだ。興味がないわけではない。だが、オカルト的だと思ってしまうのも事実だ。そうは言っても、科学でその能力を解明できたらすごいことだろう。どんな能力があるのかは知らんが。だからといって、興味があるからとそんないとも容易く連絡先を聞いてもいいものなのだろうか? 政府お抱えの陰陽師だったら警護もついているだろうし、ましてや一般的に知らない他人の電話番号を人づてに聞くのはマナー違反でもある。


「興味がないわけではないですけども、勝手に連絡先を聞かされても困ります」

『ははっ、それもそうですね。ですが今度の彗星について、何か連携できるかもしれないですよ』

「うーん……」


 連携か。胡散臭そうな陰陽師と? できるものだろうか? 「考えておく」と保留にすることはできるが、彗星対策は早急に行わなくてはならないだろう。


「じゃあ、一応聞いておきます」


 そう電話口で伝えると、マネージャーは陰陽師の名前と連絡先を伝える。


「うちの……大学ですか?」

『そうみたいなんですよ、すごく偶然だと思いませんか?』

「しかも、教授?」

『同じ研究分野だったら話が合うかもしれませんね』


 ずいぶん楽しそうに伝えるな。今度は彗星が落ちてくるって話なのに。

 でもまぁいい。同じ学内にいるのなら、連絡を取ることは容易い。しかし、その前にやることがある。まずは彗星の分析と、音波と電波のバリア張り。

 副業があると何かと大変だが、多分この陰陽師学者ももしかしたら研究費獲得のために二足のわらじを履いているのかもしれないな。

 僕と同じような人間がいると思うと、幾分気持ちが楽になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る