第4話:旅は道連れ
村を出てからひたすら山道を歩き三日が経った。
母さんの狩りの手伝いで山の中を何日も彷徨うこともあったから、歩くのはまったく苦ではない。だが、こう何日も一人きりというのは正直すこし寂しかった。
村のそばにもあるような代わり映えのない森の景色というのも影響しているのだろう。
まぁ、だからといってどうしようもないので歩き続け、日が一番高くなった頃になってようやく街道が見えてきた。
「お。やっと街道か! あとはこれを日の昇る方角に道なりに歩けば、三日ぐらいで『地方都市ドアラ』だったかな」
オレは思わず走り出したい気持ちを抑え、ペースを崩さず街道に向かって歩いていく。
鍛えたといっても所詮大人になりきれていない身体なので、今から走っていたら街までもたない。それに、いざという時に動けないと命に関わるからな。
だけど、村がある『静かなる森』から出るのはこれが初めてなのだ。ちょっとぐらいテンションがあがっても仕方ないだろう。
前世の記憶があってもオレのベースはこの世界で生まれたコウガの方のようで、どうしても子供っぽくなってしまうからだ。
そもそも実際今は一五歳なので、多少子供っぽくても問題ないのだけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇
街道に入ってから一時間ぐらい歩いたころだろうか。
後ろから一台の馬車が街道を走ってきた。
村にはボロイ荷馬車が一台あるだけで、幌がかかっているような綺麗な荷馬車は初めて見る。
その馬車を珍しそうに見ていると、人の良さそうなおじさんが馬車を止めて話しかけてきた。
「きみ! もしかして『静かなる森』の名も無き村から出てきたのかい?」
「え? はい。そうですけど?」
オレは何事かと軽く身構えたのだが……。
「おぉ! やはりそうか! 実は私も名も無き村の出身なのだよ!」
そう言って馬車を止めて降りてくると、肩をバンバンと叩いてきた。
いい人そうなのだが……痛い……。
「そ、そうなんですね……あ、そう言えばコルン婆さんから、昔、息子が行商人になると言って出てったって聞いたことがあるような……」
「おぉ!? まだ存命なのですか! それは嬉しい知らせです! その息子ってのが私です。名はテリオス。よろしくね!」
このおじさんとしばらく話してみると、隣の国『聖エリス神国』で商売を成功させて、つい先日この『トリアデン王国』に戻ってきた所のようだ。
ただ、今はまだこの国での商売は始めておらず、先日ドアラの街にようやく店舗用の家を購入したばかりで、まだ村に顔も出せていないのだそうだ。
「そう言えば、きみはドアラに向かっているのかな?」
「はい。一五歳になったので冒険者になるためにドアラの街に向かっています」
「そうか……冒険者か。それはまた過酷な道を選んだものだね……」
この世界で冒険者と言えば危険な職業第一位だ。
純粋に心配してくれたのだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
オレはテリオスさんと一緒に御者台に座っていた。
目的地が同じなんだから乗っていけというので、お言葉に甘えたのだ。
三日も誰とも話してなかったこともあり、乗せてもらってからしばらくの間は、今の村の様子をオレが話してあげたり、テリオスさんが外の世界に出てからいかに苦労して成功を掴んだのかなど、とりとめもない話に花を咲かせていた。
まぁ途中からテオリスさんの自慢話が多くなってきたのはご愛嬌。
だけど、テオリスさんの話はどれも貴重な村の外の話なので聞いていて飽きはしなかった。
「そうなのか。コウガ君の親は他所から村に来たのか。どうりで美人だというお母さんの名前を知らないわけだ」
母さんは父さんが亡くなった後、そのまま冒険者を引退して今の村に流れ着き、オレを生んだと言っていた。テリオスさんが村に来た時期的に、ちょうど入れ違いだったようだ。
「しかし、コウガ君のお母さんはよくあんな村の存在知っていたねぇ」
それはオレもちょっと不思議に思っていた。
普通に旅していて流れ着くような場所じゃないからな。
今まであんまり突っ込んだことを聞いたことがなかったので、もし次に村に帰ったら聞いてみようか。
その後もなんだかんだと夕暮れまで話を続け、その日は街道沿いの開けた場所で野営をすることになった。
母さんに貰った地図で現在位置を確認してみると、予定より早く進んでいるようだ。
歩くより馬車のほうが速いし、このペースなら明後日の朝にはドアラの街に着くだろう。
野営の準備を終えて晩御飯をご馳走になっていると、テリオスさんが急に立ち上がって変なことを言い出した。
「そうだ! コウガ君、うちで奉公しないかい?」
それが良いと言いながら、一人で納得して背中をバンバン叩いてくる。痛い……。
まぁ誘ってくれたことは嬉しいが、しかし今のところ商人になる気はない。
「ありがとうございます。でも、オレは母さんに槍術も習いましたし大丈夫です。ちゃんと立派な冒険者になってみせますから」
きっと心配して誘ってくれたのだろうが、オレにはAランク冒険者になって、いつかドラゴンを
だから気を持たせても悪いので商人になるつもりはないとはっきりと伝え、礼を言って断った。
「そうか。考えなしにって訳じゃないようだね。しかし、勿体ないなぁ。その歳にしてはすごくしっかりしてるし、絶対良い商人になれると思うんだけどねぇ」
残念だと何度も言いながらも、もし困ったら訪ねてきなさいと、ドアラで購入した店の住所を紙に書いて渡してくれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夜明け前。
オレたちは、警報音のような音で目を覚ますことになった。
野営の時に用いる簡易結界石に魔物がひっかかったのだ。
手元に置いてあった槍を掴んで飛び起きると、狩りの時のように辺りの気配を探っていく。
「たぶんゴブリンです! この辺りの街道沿いはほとんど魔物が出ないと聞いていたのに……」
テリオスさんもかなり慌てており、荷台からショートソードを取りだして慣れぬ手つきで装備していた。
ちなみにゴブリンとは身長一三〇センチメートルほどの緑色の皮膚を持った人型の魔物だ。粗末ながらも武器を持ち、集団となると低ランクの冒険者では返り討ちにあうこともある。
それなりに厄介な魔物だ。
「この街道は冒険者の護衛を付けなくても安全な地域のはずなのですが……ついてないですね」
「南から来ます! ゴブリン数匹なら僕一人でも大丈夫なので、そこで待っていてください!」
テリオスさんにそう言い残すと、気配を感じた森の奥に向かって駆け出した。
後ろで「ちょっとコウガ君!? 待ってください!」と焦っているが、ゴブリン数匹程度ならまったく問題ないのでさっさと片づけてしまおう。
「出てきたな。一、二、三……全部で七匹か」
ゴブリン七匹か、やはり問題ないだろう。
「ギャギャギャ!!」
しかし油断していると、ゴブリンの中にゴブリンアーチャーが混じっていたようで弓を射かけてきた。
「あぶねっ!?」
慌てつつも槍で巻き取るように矢をはじく。
どんな弱い魔物でも油断しちゃ駄目だとあれだけ叩き込まれたのにと反省……は後でじっくりすることにして、一気に間合いを詰める。
「
そして……まずは先頭の一匹を滅多突きにした。
「あ、完全にオーバーキルだな……」
オレはまだステータスが低いので五段突き止まりなのだが……ゴブリンにいきなり奥義の一つを使うのはやりすぎだったようだ。
隣とその後ろにいたゴブリンまで霧となって消えていた。
「ギャギャ!?」
一瞬で三匹のゴブリンが霧散したのを見せられ、残ったゴブリンは驚き思わず固まっている。
それは悪手だ。
さすがにそんな大きな隙は見逃してやれない。普通に突きと薙ぎ払いを放ち、さらに三匹のゴブリンを仕留めた。
そして最後の一匹は……。
「
届かないはずの距離を超え、後ろでこちらを狙っていたゴブリンアーチャーの体に穴を穿った。
この【
「よし! これでしまいだな」
オレは念のためにもう一度周りの気配を探ってから、戦闘の終わりを告げたのだった。
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