第3話:立派になって戻ってこよう

 冒険者になると覚悟を決めてから十年の月日が流れ、オレは一五歳になっていた。


 この十年間、本当に辛かった……。

 特訓を始めてから三年ぐらいは、冒険者になるとか言ったあの日の自分を殴ってやりたいと思うぐらい後悔した。

 それぐらい地獄のような特訓の日々だったのだ。


 特訓中は母さんが鬼に見えた。


 いや、むしろ鬼の方がマシなんじゃ無いだろうか?

 母さんオーガよりずっと強いみたいだし。絶対言わないけど。


 秘密の遊び場はあれから秘密じゃなくなり、地獄の特訓場になった。


 だけど、その甲斐はあったと思う。

 オレは母さんの槍術を受け継ぎ、今日ようやく免許皆伝を言い渡された。


「本当によく頑張ったわね。ここまで才能があるなんて正直思いもしなかったわ。これでコウガ、あなたは『黒闇穿天こくあんせんてん流槍術りゅうそうじゅつ』の免許皆伝とします!」


 高々と宣言したその顔は誇らし気で喜んでくれているようだったが、どこか寂しげでもあった。


「はい! ありがとうございました!」


 いつも特訓中は師匠と弟子として接していたので、礼儀正しく深々と頭を下げた。


「わかっていると思うけど、あなたはまだ魔物とあまり戦ったことがないからステータスが低いわ。武術としての腕はもうその辺の冒険者なんて目じゃないと思うけど、決して油断しないで」


 この世界『クラフトス』ではステータスという概念が存在する。


 数値などで具体的にその値を知ることは出来ないのだが、このステータスは単純な肉体の強さとは別のベクトルで存在しており、魔物などを倒すと、その身に宿る魔力を吸収することで上がっていくのではないかと考えられている。


 そして研究により、パーティーを組むことで最大五人までなら一律で強くなれることがわかっていた。


 だから、冒険者は五人まででパーティーを組むのが一般的だ。

 ちなみに騎士団や国の兵士も訓練で魔物退治などに向かう時は、その恩恵を受けるために五人ごとに隊を組んで行動しているそうだ。


「わかってるよ。オレはまだ実践は母さんと一緒に数えるほどしか経験していないし、魔物も弱いのしか倒してないからね。長年冒険者やってる人たちみたいにステータス強化されていないのはちゃんと理解してるから」


 たまにゴブリンやフォレストウルフといった魔物が村の近くに現れるので、それらの魔物は母さんと一緒に何度か倒していた。

 うちみたいなちいさな村は冒険者ギルドがないのが普通だし、冒険者ギルドに依頼しても中々来てもらえない。だから大体どこも自前で自警団を組んで倒している。


 そして母さんが元A級冒険者だったということは村のみんなも知っていることなので、オレと母さんの二人で倒しに行くことが多かった。


 昨日も滅多に現れないBランクの魔物のブラッドベアが現れたので二人で倒したところだ。

 まぁオレのステータスでは槍がまともに刺さらなくて、結局サポートに徹することになったけど……。


「そうだったわね。何度も口うるさく言ってしまうのは、母さんももう歳だからかしら?」


「わかってて言ってるだろ……?」


 オレはジト目で母さんを見つめるが、四〇を超えているはずなのに「てへぺろ」ってするのが似合う……。

 高ランクの冒険者はみんないつまでも若々しく長生きするという話だが、それにしてもどう見ても二〇台前半にしか見えないのはおかしいと思うんだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 免許皆伝を言い渡された日から数日。

 オレは母さんと一緒に村長の家に来ていた。


「そうか。今日に決めたか。コウガももうそんな歳になったのじゃな。早いのぅ」


 髪の大半が白く染まっている村長は、感慨深そうに言葉を続ける。


「それで……本当に村を出ていくということで良いのじゃな?」


 この世界では一五歳になると職につくのが一般的だ。

 オレは冒険者になるということを決めているので、この村を出るしか方法がなかった。この村には冒険者ギルドがないからな。


「はい。絶対に冒険者になって母さんたちより有名になってみせます!」


 気持ちはとっくの昔に固まっており、覚悟を決めていた。

 そうでなければ地獄の特訓を乗り切ることなどできようか。


「あらあら。ずいぶん言うようになったわね。でも……無理だけはしないでね。あなたはすこし無茶が過ぎるから、それだけは本当に心配だわ……」


 やばい。母さんの方を見るとちょっと泣きそうだ……。


「ま、まぁ、それぐらいの覚悟が無いとドラゴンなんて絶対無理だからね!」


「ドラゴン? なんの話じゃそれは?」


「ふふふ。村長、気にしないでください。ドラゴンと戦えるぐらいに強くなると言いたいだけですから」


 オレのギフトのことは母さんしか知らない。


 もしドラゴンを使役出来るギフトのことがドラゴンを従える前に知られれば、対抗手段のない弱いうちに貴族などに目をつけられる危険がある。

 だからせめて高ランク冒険者になるか、できればドラゴンを調教テイムするまでは秘密にしておきたい。


「その覚悟は立派じゃが無理はするなよ。それから、村の慣習に従って見送りは肉親だけで行うことになる。寂しくなるがここでお別れじゃ」


 村長はそう言うと、頼んでいた紹介状とは別になにかの包みを手渡してきた。


「これは?」


 紹介状は、これから向かう『地方都市ドアラ』に入るためのもので、これがないと審査などで時間を取られる上にお金が必要になるため、あらかじめ頼んでおいたものだ。


 これらは各ギルドが発行しているギルドカードがあればなくてもよいのだが、それなりの規模の村や街にしかギルドは無いので、地方の村から街に行く人は村長から紹介状を書いてもらって身元を保証してもらうのが一般的だった。


 だから紹介状はわかるのだが、包みが何かわからなかった。


「みんなからの餞別じゃよ。見送りは出来ないから渡してくれと頼まれたのじゃ」


 そして中身を見てみよと言われた。


「クルトの実に……これは水の魔石入りの水筒じゃないですか!?」


 クルトの実は一日中山の中を探し回ってようやく一、二個見つけられるかという非常に貴重なものだ。

 そしてこのクルトの実は天然の回復薬ポーションとも呼ばれ、ちょっとした怪我なら三〇分も待たずに完治させるほど強力な治癒効果がある。


 その貴重なクルトの実が一〇数個も入っていた。


 しかしそれよりも驚いたのは水筒だ。水の魔石入りの水筒は、魔力を込めれば水を満たしてくれる冒険者ならまず最初に誰もが欲しがる一品だ。


 通常、魔物を倒すと黒い霧となって霧散して魔石という魔力の結晶を落とすのだが、ごく稀に属性付きの魔石を落とすことがある。

 と言っても属性付きの魔石自体はそこまで珍しいものではないのだが、この辺りに水の魔石を落とす魔物がいないのだ。


 だから需要に供給が追いついておらず、この水筒をこの辺りで買うとかなり値がはるはず。


「あぁ。村の若い連中がみんなで協力してな、半年ほど前からコソコソやっておったようだ」


「やられた……昨日別れの挨拶をした時は何も言ってなかったのに、あいつら……」


 オレはこの村で一緒に育った幼馴染や悪友の顔を思い浮かべ、思わず涙をこぼしてしまう。

 もう村のしきたりのせいで会ってお礼を言うことも出来ないじゃないか……。


「良い友達に恵まれたわね。明日、母さんが涙流して泣いて・・・・・・・喜んでたって、ちゃんと伝えておいてあげるから安心しなさい」


 あ、それは黙ってて……次あったら絶対にからかわられる。


 こうしてオレは母さんに見送られながら、一五年過ごした名も無き村を出た。

 これからは一人で生きていかなければならない。


 いつか立派になって戻ってこよう。

 そう心に誓ったのだった。

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