汝、美しくあれ(二)
翌朝、オルオーレンはピレアーナ王女と共に、王宮の庭園を歩いていた。
「オルオーレン様のお話、とても面白かったですわ。特に、旅先で尋ねられる質問がとても素敵だと思いましたの。『この地を象徴する花』、『この地から消えつつある花』、それと、ええと――」
「『あなたにとって特別な花』、ですね」
「そうでしたわ。相手がどれを選んでも、素敵なエピソードが聞けそうですね」
庭園の色鮮やかな花々に囲まれて、王女は顔を綻ばせる。
しかしふと足を止めると、オルオーレンとは目を合わせずに静かに口を開いた。
「オルオーレン様、父になにか頼まれたのでしょう?」
「……ええと……」
「わかっております。父がわたくしのことを心配していることも、容姿のことを気にせず自信を持ってほしいと思っていることも」
オルオーレンは困ったように微笑んだ。
「このドルセア王国は、僕が見てきた中で最も平和な国のひとつです。きっと国王陛下の手腕の賜物でしょう。そしてあなたが後継にふさわしい、陛下はそう仰っておられる。僕も陛下に心から同意します」
オルオーレンの言葉に偽りはない。
ドルセア王国は広大な国土を誇り、風土も様々だ。工学的な発展は乏しいものの、各地の気候にあった農作物が豊かに実り、飢える民はいない。いい意味でのどかな農業大国だ。王政への不満も全く聞こえてこない。
国王の人望は政治手腕だけでなく人柄にもよることは、この王宮を見ればわかる。堅牢な城に豪奢さはなく、古いながらも手入れが行き届き、堅実に暮らしていることが伺える。その一方で、一般開放されている王宮の広大な庭園は何人もの庭師を雇って豪華絢爛に整えられ、王都の民の憩いの場ともなっている。
そして、王位継承権第一位であるピレアーナ王女。
所作は淑女そのもの。さらに言動の端々から見て取れる聡明さ。国内外の様々なことに知識があり、好奇心もある。執事や弟たちへの接し方からも、権力者によくある傲慢さは微塵も感じられない。
これで眉目秀麗であったら、欠点のない完璧すぎる女王になっただろう。
「人間、誰にでも欠点はあるものです。それが人を人らしくしているのですから」
「……」
ピレアーナは俯き、品よく揃えられた両手をギュッと握りしめた。
「以前、心無い言葉を掛けられたことがありまして……。まだ幼い男の子でしたけれど」
絞り出すような、苦しそうな声。
子供は無垢
「見目がすべてでないことはわかっております。でもやはり、わたくしはこの国の象徴としてはふさわしくありません」
ピレアーナは顔を上げると、どこか諦めたような微笑みをオルオーレンに向けた。もう少し母に似たらよかったのですけどね、と付け足し、ピンク色の大きな花にそっと触れる。
その様子を見ながら、オルオーレンはしばし考え、そして口を開いた。
「ピレアーナ様がいちばんお好きな花はなんですか?」
突然の問いに、王女は目をぱちくりさせる。
「ええと……それは『わたくしにとって特別な花』ということでしょうか?」
「好きならば、その時点で特別でしょう?」
オルオーレンはただ穏やかに、にっこりと笑っている。
ピレアーナは辺りをキョロキョロと見渡すと、花壇の隅に近づいてしゃがんだ。
「この花です」
王女が指差したのは、大輪の紫色の花――ではなく、その影に佇む小さな薄い黄緑色の花だった。
「ユーディニウムですね」
「ええ、地味でしょう? 小さくて目立たなくて、香りもない。他の花を引き立てる為に植えられているんです。なんだかわたくしみたいで、親近感が湧いてしまって」
そう言って王女は、ふふっと笑う。きっと王女も、この花のように目立つことなく、誰かの引き立て役として――それこそ、国王や弟たちを補佐しながら生きていこうとしているのだろう。
オルオーレンは、ニッと口角を僅かに上げた。
「この花、少々摘んでもよろしいですか?」
「え? ええ、少しなら大丈夫ですけれど……」
王女が答えると、オルオーレンは三本ほどのユーディニウムの花をぷちんと摘み取る。
「あと、真っ暗な状態にできる部屋はありませんか?」
きょとんとする王女に、オルオーレンはにっこりと微笑んだ。
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