汝、美しくあれ(一)

 謁見の間に案内された旅人は、跪き頭を下げた。


「旅人よ、歓迎する」

「オルオーレンと申します、ドルセア国王陛下」

「そんなにかしこまらんでよい。儂は是非とも、花を集めて旅をしているという貴殿の話を聞きたいのだ」


 顔を上げた青年は、茶色い髭を蓄えた恰幅の良い国王に向かってにっこりと微笑んだ。



 事の発端は、なんということもない。王都を歩いていたら、憲兵に声を掛けられた。


 緑かかった癖のある白髪に若草色の瞳という、この国ではまず見られない容姿。加えて茶色い中折れ帽に襟付きコート、背中に担いだ特大の本(らしきもの)。そして肩に乗っているのは猫より二回り小さいが、じゃあ猫じゃなければ何かと問われれば答えられない、そんな白い生き物。

 国外から来る人間といえば行商人か冒険者と相場は決まっているのだが、そのどちらにも見えない青年に、憲兵が不審な目を向けるのも無理はない。少なくともオルオーレンにはよくあることだった。


 憲兵に入国証明書を見せ納得してもらったところまでは良かったのだが、そこに偶然訪れたのが王家の執事を務める老紳士だった。

 そしてあれよあれよと言う間に城へと連れて行かれ、現在に至る。



 玉座に座る国王の隣には王妃が座り、その反対側には国王の子供である王女と王子が二人ずつ立っていた。


「ここではなんじゃ、トルセアンや、テラスに茶の用意をしてくれ」

「かしこまりました」


 頭を下げたのはオルオーレンを王宮に連れてきた張本人、執事長のトルセアンだった。グレイの髪に髭を生やした老紳士は、細身ながら背筋はピンと伸びており、無駄のない洗練された所作は王家に長年仕えてきたことを如実に物語っていた。


 オルオーレンは王宮の庭を望む広いテラスに案内された。長方形の大きなテーブルの上座に国王が、その脇に王妃と王女たちが着く。そして国王の向かいにオルオーレンが座ると、メイドたちが豪華なアフタヌーンティーのセットを目にも止まらぬ速さで並べていった。


 オルオーレンはまず、この国で出会った植物たちの話をした。山の上の池のほとりでひっそりと生き続ける灯火草ともしびそうの話、オレージュ酒が素晴らしく美味であったこと、等。


「ルルジェ村の不正を暴いた旅人とは貴殿のことだったか。その件についてはなにか礼をせねばならんな」

「いえ、僕は正直に白状することを勧めただけです。それに、僕はこの国を自由に旅させていただけるだけで十分です」


 お茶とケーキを遠慮なく食べながら、オルオーレンは微笑み返す。

 そして世界を巡る旅で訪れた国や、珍しい花の話をいくつかした。国王も王妃も興味深そうに頷いていたが、オルオーレンの話をいちばん真剣に聞いていたのは、子供たちの中でいちばん年長と思しき王女だった。他の子供たちは、やはりというべきか、オルオーレンの肩の上でうんともすんとも鳴かない白猫ばかり気にしていた。





 お茶会の後、なぜか夕食にも招待され、さらになぜか城に一泊することになったオルオーレンは、これまたなぜか国王直々に客室へと案内されていた。執事・トルセアンも同行し、三人は西に傾いた日差しを浴びながら長い廊下を歩く。

 温厚な笑みを浮かべていた国王が徐に口を開いた。


「オルオーレン殿、娘を……ピレアーナをどう思う?」

「どう、といいますと?」


 先程の茶会で、目をキラキラさせ、時にオルオーレンに質問をしながら食い入るように話を聞いていた女性こそ、この国の第一王女・ピレアーナである。


「異国人の目から見て、その……美人だと思うかね?」


 返答に困ったオルオーレンは目を泳がせた。片眼鏡モノクルが西陽を反射して煌めく。


 王女の容姿といえば、背が低くふっくらとした体型で、丸い顔に小さな目、低い鼻の周りにはそばかす、そして縮れた茶色い髪。誰が見ても親子だとわかるほど、そしてちょっと可哀想なくらい、国王にそっくりだった。他の子供たちは国王に似ているところもあれど、見目麗しい王妃の遺伝子も確実に受け継いでいる。


「はっはっ、正直者だな。世辞は言わんでよい……。儂によく似たことは、儂としては嬉しいことだがな、娘にとってはコンプレックスなのだ」

「しかし王女はとても聡明な方だと感じました。鋭い質問をいくつもされていた」

「そう、あの子はとても賢い子だ。それでいて驕らず、為政者としての才は弟たちとは一線を画する。儂の後にこの国を導くに相応しい人間なのだ。それなのに娘は見てくれを気にして民の前に出ることすら嫌がる」


 国王は悲しそうに溜め息をつく。


「それに娘ももう十八歳、そろそろ結婚も考えなければならん。儂は娘が選ぶ男なら誰でもいいと思っている。しかし娘はこんな容姿の自分に飛びつくのは権力や財を狙う輩に決まっていると、恋愛にも消極的なのだ」

「人間、見た目が全てではないと思いますが」

「その通りだ。もしそうだったら儂こそ国王になどなっておらん」


 そう言って国王は高笑いするが、すぐにまた消沈した面持ちになる。


「しかし娘の容姿を揶揄する輩がいることも事実なのだ。なぜか女性には美しさを求める傾向が強い。なぜ女性ばかりが化粧をせねばならん? 不公平極まりないが、文句を言っても仕方がない」


 客室の前まで辿り着き、王と執事は足を止めた。そして神妙な面持ちでオルオーレンに向き直った。


 オルオーレンはいつも通り人の良さそうな笑みを貼り付けてはいたが、内心は嫌な予感しかしなかった。


「オルオーレン殿、ピレアーナが自信を持てるよう、励ましてやってくれないか」

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