果実酒の村(二)

 オルオーレンは再び酒場のテーブルについていた。

 ただ、今回目の前にあるのはご馳走ではなく、髭を生やした老人だった。この村の村長である。

 そして周りには、農家と思しき日に焼けた男たちが数名。


(なんだか大事おおごとになってきたなぁ……)


「して、旅人殿。あなたはオレージュについて詳しいと?」

「ええと、僕は草木全般を採集していますが、果樹の専門家というわけではありません」

「そうですか……」


 村長は残念そうに眉を下げた。周囲の男たちも渋い顔でため息をつき、酒場に不穏な空気が流れ始める。


「でもまあ、色々な植物を見てきていますので、お役に立てることがあるかもしれません。不作について詳しく聞かせてもらえませんか?」


 村長は、ゆっくりと話し始めた。その口調は誰かを責めることがないよう、客観的な事実だけを述べるよう、まるで自らを落ち着かせているように見えるのだった。




 花の付きが悪いことに気がついたのは、ちょうど三年前、今と同じオレージュの花の季節だった。

 オレージュは毎年花の季節になると、茂る青葉に負けないほどたくさんの白い花を咲かせる。花が発する芳しい香りに、村だけでなく山の麓一帯が包まれる。花を目当てに観光客が来るほどだ。

 しかしその賑わいも、今となっては見る影もない。クーリの父親が営む宿屋もその影響を強く受けている。

 花が実になっても、例年より一回り小さく酸っぱい。当然酒の味にも影響が出て、村は大打撃を受けていた。

 同じような現象が、両隣の村でも起きていた。テルデン山は大きな山で、広い麓ではこのサンシェール村をはじめとしていくつかの村がオレージュを栽培している。西隣の村も、東隣の村も、花が減る現象に同時期から悩まされていた。

 唯一、不作にならずこれまで通りの出荷を続けているのがサンシェール村の斜面上に位置する村・ルルヴェだという。


「だから上の村が怪しいって、みんな言ってたじゃんか!」


 村長の説明が終わるが早いか、噛み付くように言ったクーリに父親のゲンコツが落ちた。村長は髭を撫でながらクーリを悲しげに見つめ、そして諭す。


「クーリ、そんなことを言ってはならん。彼らは畑を見させてくれたが、ワシらの畑との違いは見つからなかった。花の不作の原因がわからん限り、ルルヴェの連中を悪者扱いしてはならん」

「でも俺、見たんだ! 俺らが不作で困ってるところをあいつらがニヤニヤ笑ってたんだよ!」


 周りの男たちも悔しそうに歯を食いしばり、拳を握りしめている。どうやら皆、ルルヴェ村が怪しいと思っているらしい。


「うーん……」


 黙って話を聞いていたオルオーレンは、顎に手を当てて小さく唸った。


「とりあえず、僕もそのルルヴェ村に行ってみていいですか?」





 サンシェールよりさらに上にあるルルヴェも村の雰囲気はほとんど同じで、斜面一面にオレージュの果樹畑が広がっていた。決定的に違うのは、木を白く染めるほどの花の量。そして村中に漂う甘酸っぱい香りだった。

 オルオーレンはくんくんと鼻を動かす。


(ふうん……)


 ルルヴェへと案内してくれたのはサンシェールの髭村長と宿屋の店主、農家の男が三名ほど。クーリは当然ながら留守番である。


「やあ、サンシェールの村長殿! 今年の花の成りはどうですかな?」


 オルオーレンたちを恰幅の良い大男が機嫌良く出迎えた。どうやら、ルルヴェの村長らしい。

 サンシェールの男たちは奥歯を噛むが、村長は髭を撫でながらほっほっと笑って誤魔化した。


「ところで、今日はどういったご用件で? 今、花目当ての観光客が多くて忙しいんでねぇ、手短にお願いしますよ」

「この旅人殿がルルヴェの村を見たいと仰っていましてね、案内したのです」


 どうも、とオルオーレンは中折れ帽を取ってにこやかに会釈した。


「旅人……? ということは、国外からの……?」


 ルルヴェの村人たちは、まじまじとオルオーレンを見た。

 旅人らしからぬかっちりとしたコート、背中には特大の本という奇妙な青年に、眉を顰めるのはルルヴェの村長含む男性たち。

 緑かかった白髪に萌ゆる若草色の瞳を持つ美しい青年に、顔を赤らめる取り巻きの女性たち。

 肩に乗った小振りの白猫らしき生き物に興味津々の子供たち。


 オルオーレンには見慣れた光景である。


 不信感を露わにしていたルルヴェの村長だったが、一転ぱあっと笑顔でオルオーレンに近づいた。


「そうですか、旅人さんもろくに花のならない畑よりウチのような立派な畑が見たいでしょう!」

「なんだと……!」


 髭村長についてきたサンシェールの男たちが今にも掴みかかりそうな剣幕を浮かべたが――。


「そうなんですよー。折角ならたくさん花がついてるところが見たいですからねぇ」

「……は?」


 にっこりと笑うオルオーレンが放った一言に、サンシェールの男たちは毒気を抜かれてしまった。


「あ、案内ありがとうございました。ここで結構です」


 そう言ってひらひらと手を振るオルオーレンがルルヴェの村長たちに連れられていくのを、髭村長たちはぽかんと見つめるほかなかった。



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