第3話 チート地味子・ミーツ・帝国将軍
喉が渇かない。息が切れない。おかしい。
変だ。みんなもう汗だくで、私だって走ってるのに。あ、ちょっと大きな岩。飛んじゃお。強めに地面を蹴る。
「わっ……!!」
放物線を描いて、私は15m以上を跳んだ。
着地も脚をもつれさせず、突き出た岩山に飛びつける。
周囲の人々は、がまるで撃ち出された砲弾のように飛ぶ姿に、ぎょっとして驚いていた。
ちょっ、スカートの中、覗かないで下さいッ!?
や、ヒザ下のロングだから、たぶん見えないだろうけど。
「なっ……えぇ……?」
「乙女ちゃん!! 何か居たのか!!?」
「い、居ないよ!! 戻る、戻ります!!」
「そこから何か見えるかぁ、乙女殿!!」
くすんだ
私はぐるりと周囲を見渡した。黒い球体はここからでも見える。後ろには砦。私たちが脱出した建物。飛び出す時は勢いがあったけど、もうみんなの足は遅い。
落ち着いて観察してみよう。やっぱり、誰も彼も言葉も通じそうにない外国の人に見える。そもそも着ている服も、粗雑で古臭い。タイムスリップでも、しちゃったんだろうか。
特に魔物のような物は見えない。針葉樹の生い茂る丘。なごり雪。大きな川。踏み均された道。野うさぎが駆けていく。それだけだった。
「み、見えませーん!!!」
「了解した!! 全隊、このまま進むぞ!! 道を下れば村まで近いはずだ!!」
血でべっとりと汚れた黒刃の剣を雪で綺麗にして、率先して彼は進みだした。
「ここ、本当にどこなんだろう……そうだ。スマホ!! え……?」
手探りでスカートのポケットから取り出すと、確かに私が持ち歩いていたはずのスマホは無く、代わりに妙な付属品の付いた巻物のような物が入っていた。
◇◇◇
私は妙な巻物を、しばらく観察してみた。広げられない。付属品である小さな鐘や筆、なんか飛び出てる紐を調べても何も無いみたい、とりあえずポケットに戻した。
「なんだい? そりゃ?」
「わかんないです……」
こんな物拾った覚えもないし、スマホを落としたのなら戻ろうかとも考えたけど、どう考えても危険すぎる。まごまごしてると置いてかれちゃう。進もう。
川沿いを歩き、木の匂いが濃くなる頃。
村の防壁が見えてきた。駆け出し泣き出す人もいる中。先触れの兵隊さんが精悍な女の人を連れて、手を振って戻ってきた。
キレイな金髪。人種が別で分かりづらいけど、20代の大人の女の人に見える。
「て、帝国兵!? こんなに大勢、怪我……反乱軍が? いやでも……?」
「違う。違うのだ……だが、なんと言葉にしたら良いのか……」
「将軍。ここは俺が。やあ! マルディル。元気だったか!!」
「ラ厶ロフ!? あんたこんなとこで、何してんの!?」
鉄鎧じゃない。荒々しい獣皮の鎧をまとった戦士さんが、進みでて彼女に説明を買って出てくれた。
私は彼が変わった趣味をしていると思った。くすんだ金髪の長い髭が結ばれて、リボンが結ばれている。
よく見ると、獣皮の戦士さんたちは、同じように長い髪や髭をリボンで結んでいる人が多い。
流行って居るんだろうか? 不思議だな。やっぱりここ日本じゃない。どう見ても。
彼が語るには、帝国と反乱軍の和平交渉は、概ね草案通り進んでいた。
だけど、和睦の盃を交わそうとした時。空にあの黒い球体がいきなり現れて、吐き出す泥がしばらくすると魔物に変化して、襲いかかって来たのだと言う。
彼が語るにわかには信じられない内容に、混乱しつつも彼女はただ事では無いと、血相を変え始めた。
「フリック首長、は……?」
「民を頼むと。……まず、皆の治療を頼む。連中がここに、攻め込む可能性は高いのだ」
「わ、わかった……でも、フリック首長がそんな……なんて事……」
防壁の扉が開けられる。製材所を中心とした、大きな村みたい。騒ぎを聞きつけてやってきた人々も、傷ついた兵士たちに手を貸し始めてくれてる。
「異国の乙女殿。……乙女殿?」
「あっハイ!? 私ですかえと、将軍さん……?」
私は彼らの行動にぎょっとした。
くすんだ金刺繍の壮年の兵である、将軍はその場で膝を付いた。鉄鎧の兵士たちも同様に、毛皮鎧の戦士たちも、その場で頭を下げ始めてる。
「先の竜への一撃。実に見事だった。窮地を脱せなんだは、ひとえに貴殿の助力の成果。誠に感謝に堪えん」
「え、いえ……」
「その上で、我々は言葉を交わすべきだ。貴殿の仔細を聞きたい。例え混乱していてもだ。力持つ乙女よ、如何か……?」
「あ、はい……?」
どうすればいいんだろう。とりあえず立って貰えないかな。めっちゃ怖いけど、なんかすっごいむず痒くて、言い辛いよぉ。
「お嬢ちゃん。色々説明しなけりゃならない事も多い。悪いが指輪を将軍さんに、触れて貰ってくれないか?」
「えっと。突然ですみません。これに触っていただけますか?」
私は自分で説明する自信がなかったので、カサノヴァさんの言う通りひざまずく将軍に目線を合わせて、スカートを膝裏に折り込んでかがみ、指輪を外して差し出した。
怪訝な顔つきだけど、彼は素直に指輪に触れてくれた。
「声は聞こえるな? こちらは
「どこから声が、え、猫……?」
「まあ、聞いてくれ。故あって明かせぬが、やむにやまれぬ事情でこの身体でな。そちらはさぞ名のある帝国の将兵とお見受けするが……?」
「む、むぅ……インペリム帝国総督。ドルシス・ゲメネシスであるが。猫……?」
「わかるぞー。信じろってのが無理スジな状況よな。だが人界に魔物なんて史上初だ。ここは何でも話し合って把握するしかねえとオレは提案する。乙女ちゃん、なんでも良いが、何か知らないか?」
「いえ、私にも何が何だか……」
「よし、なら落ち着ける場所で各々……ッ!?」
黒い影が上空を通りすぎる。悲鳴や絶叫を嘲笑うかのような巨体。
ドラゴンが、村の上空を、高速で通過して行く。
「一体なんだ、アレはッ!!?」「雲の中だッ!!?」「ギャァアアアアアアアアッ!!?」
泣きだしたり、嘆いたり、驚いたり、狂ったみたいに。さっき見た、赤い光景みたいに。
「いかん!? 向こうは街の方角だぞッ!!?」
「将軍ッ……!!」
脳裏によぎる、親友の声。
「(そういう時は、怒って良いんだよ。シズちゃんが怒ったら、凄そうだけど……)」
「あんな理不尽。許せないっ……!!」
「うおっ、乙女ちゃん!!?」
ほとんど意識しないで、カサノヴァさんを抱えあげて、私は思いっきり地面を蹴って、大きな川の反対側まで飛んだ。
「カサノヴァさん案内して!! あんなの、人の死に方じゃない!! 絶対に止めなきゃ!!」
「乙女殿ッ!!!」
ヒュンヒュンヒュンと回転して、川の向こうから何かが投げ出されて、地面に突き刺さった。
将軍さんが、黒刃の剣を投げ渡してくれた。
「丸腰ではいかん!! 記章となる!! ……我らもすぐに追いつく!!!」
「はいッ!!!」
剣を引き抜く。しがみつくカサノヴァさんを抱えて、私は全力で黒い影を見失わのように、その場を駆け出していた。
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