第2話 チート地味子 VS 伝説のドラゴン
空に浮かぶどす黒い球体。絶えず波打つ異物。
どちどちどちどち泥に似た何かを落として、むせ返るほどの異臭を放っている。
赤い。鮮血のあか。
むせ返る。臓物くさい、鉄のにおい。
血だまりに沈む寝ている人。噛みつかれて、切り裂かれて、吹き飛ばされて、吹き飛ばして、切り裂いて。
見たこともない生き物。見たこともない人々。
そして、尖塔から見下ろす。
赤。どこまでも川の、池のような、赤。
「ぁっ…………」
「おいッ!!! しっかりしろ!!!」
静子は頭痛を感じ、気が遠くなって倒れかけた。
カサノヴァが制服に噛みついて、呼びかける。
意味が、分からない。目の前に居るのは意味不明な生き物。鎧の人々。飛び交う武器。殺し合い。どう見ても映画の撮影ではない。
映画の撮影はこんな怒号。異臭、鉄臭く無い。
静子は定まらない瞳で、つい本能的に大きな物を追ってしまう。
首を傾げたドラゴンと、目が合った。
「いかん!!! 逃げよ娘えェッッッ!!!」
悲鳴交じりの声が響く。ブワッッッとドラゴンが翼を翻す。
それだけで尖塔はたわみ、周囲の生き物は吹き飛ばされ、馬車が風船のように舞い上がる。
「キシャアアアアアッッッ!!!?」
舞い降りたドラゴンに、死を覚悟しながらカサノヴァが襲いかかる。
意に関せず。ウロコ1つ、傷付かない。
ぐぱあぁあと見せつけるように、剣のような牙をかきわけて、だらだらとよだれ垂らす。
顎が、開いた。
「いッ…………」
「逃げろぉおおおおおおお!!!?」
ドラゴンは、いっそ慈悲深く嬲るように厭らしく、静子に牙を。
「いやぁあああああああああああッッッ!!!!」
ビンタ。ビンタである。
生存本能により絶叫と共に繰り出された生涯最高とも言える腰の入った一撃は、口を見せびらかすように開けていたドラゴンの下顎に、見事命中。
鱗数枚を瞬時にたやすく粉砕。続いてどの生き物よりもはるかにブ厚い皮と肉を突き破り、咬筋を弾け飛ばし、顎骨の一部まで粉砕。
「ッッッ!!!!!?????」
そのままドラゴンの生涯でも経験のない極大衝撃波に巻き込まれ、彼の巨大すぎる身体が宙を舞う。
その速度。なんと12000km/h≒マッハ9.6。
疑いようもなく、超音速である。
ドラゴンでも経験のない速度は空気の壁をたやすく突き破り、余波だけでゴブリンたちが真っ二つになり、水分まで円形に弾けるベイパーコーンを発生。
先ほどまで満足げに彼が居座っていた尖塔を粉砕し、更に岩山に激突。深く身体をめり込ませて、ようやく止まった。
驚愕。
どちどちどちどちと何かをせっせとひたむきに生み出している球体を除けば、全員時が止まったかのようにきっかり10秒。
いっそ何かに気をつかうように、何者も動けなかった。
いち早く動いたのは、動けたのは人。
先ほど悲鳴交じりの声を荒げた、偉丈夫である。
「て、撤退!! 撤退せよッッ!!!」
「ビヨンフリック!!?」
「我が民を頼む! ……再び、戦場で会おう!!」
「っ……必ずッ!!!」
同時に、鉄鎧を着込んだ戦士たちが、傷ついた民を背負って撤退を開始した。
「お前さん!!! ほれ、呆けてないで逃げるぞ!?」
「は、ハイィイ!!? どこに!!?」
「鎧の兵士について行くんだ!!! 後はどうとでもなる!!!」
「はいぃい!!!!」
揺れる尻尾を追って、必死に静子は駆け出した。
どんなに走ってもまったく疲れないと彼女が感じたのは、兵士たちがへたりこみはじめた後だった。
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