元傭兵の一日

ラッパ吹きのラッパー

一日目

 ――彼は戦場にいた。戦場と言っても国家間レベルの戦争があったわけではなく地域紛争のレベルであったが、実際に戦っている本人達からすればそんな事は関係なかった。

 彼は狙撃手として敵兵を次から次へと撃ち殺し、その度に“自分は最強だ”、“自分が死ぬことは絶対に無い”という安心感と自尊心は彼の心を蝕んでいく。

 彼はついに、最後の敵を殺害する事に成功した。そして彼の心が“敵兵全員を殺した”という高揚感に全て支配された時、彼は思わぬ事に気付いた。


 自分の右腕が無いのだ。

 何故か彼はその事に驚く事が出来ず、ただ

 “右腕が無いのにどうやって自分は銃を撃てたのだろうか”

 という疑問だけが頭に思い浮かぶ。

 だがそんな事を考えて居ると、ふと今度は自分の左腕がない事に気付く。

 今度は何故か自分の左腕が無くなった事に対して彼はパニックを起こし、彼は戦場の真っ只中にいるにもかかわらず発狂し、泣き叫ぶ。

 そして彼は自分の目線を左腕が存在した所から上げ真っ直ぐ前を向く。

 目の前には敵兵が立っていた。彼は発狂しながらもすぐ後ろを向き逃げようとする。だが何故か立ち上がることが出来ない。彼は自分の両足がない事に気が付いた。しかし気づいたからといって特に何をする事も出来ず、後ろから敵兵に頭を撃ち抜かれ、彼は死んだ。




 彼がベッドから起きた時、彼の体とシーツは汗でベトベトだった。彼は“いつも通り”ベッドの右側にあるサイドテーブルの上に置いてあるタオルで自分の顔の汗を拭くと同時に涙を流し、それをまたタオルでぬぐう。


 彼はシーツを洗濯機に入れ、シャワーを浴びた後、朝食のアメリカーナを飲む。

 コーヒーを飲みながら彼は、医者から勧められた日光浴を試そうかと考え、ベランダへと出ようとすると、何故か冷や汗が止まらなくなる。やっとの思いでベランダへと出たが、吐き気が止まらず洗面台へと走る。洗面台には先程飲んだアメリカーナの匂いが充満していた。吐き終わった後に顔を上げ洗面台の上にある鏡を見ると、そこにはまるで浮浪者のような、髪も切らず伸びっぱなし、目の下のクマは真っ青で、無精髭を伸ばした男がいた。

 そして彼には、左腕が無かった。


 昼になると、彼は冷蔵庫に何も入っていない事と、自分が1ヶ月近くコーヒーと精神科で貰った薬を服用するだけで、他の物を何も食べていないという事を思い出し、近くのスーパーへと向かう。


 買いたい物を一通りピックアップした後、彼はレジを待っていた。

 だが何やら騒がしいことに気が付き、レジの前の方に目線をやると、レジ打ちをしている店員と、迷彩柄の服を着た大柄な男性、白髪の老婦人が何やら楽しそうに会話をしていた。聞き取れた会話の内容から推測すると、

「私の夫も軍人でね、貴方の会計は私が払うわよ」と老婦人が言い、

「いやいや、それは流石に、嬉しいですが…」と男性は遠慮していて、それを店員が「我々は軍人さんを尊敬してるからそう言うんです、善意を受け取ることも善意ですよ、」と男性を諭していた。


 彼は黙って聞いているつもりであったが、何やらいつも以上に周りの客からの視線を感じていた。自分に何かおかしい所があるのかと思い、携帯を鏡代わりに使うと、そこには大粒の涙を流す醜く清潔感のない見た目をした男の姿があった。彼は恥ずかしくなり、目を閉じて自分のレジの順番が来るのを待っていた。


 買い物を終えた後、彼は自室で休憩を取り、一通りの家事を終える頃にはもう日は暮れていた。


 彼はベランダで月を見ていた。ふとタバコが吸いたくなり、口にタバコをくわえ、火をつけようとするが左腕が無いため風がライターに直に当たり、中々タバコに火が着かない。彼はタバコとライターを器用にポケットへと仕舞い、もう一度月を見ると、月は歪んで見えた。


 彼は夜中になっても眠れず、精神科で貰った睡眠薬を飲むが、薬に体が慣れてしまったのか中々寝付けない。そうするとタンスから注射針と白い粉を出し、それを使用した。脳がぼやけてくるような感覚とゆっくりと心が暖かくなるような感覚を感じながら、彼は眠りにつくのであった。

 

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