ダイイングメッセージの事前練習

ちびまるフォイ

ホーム・ダイイング・アローン

「御主人様、何をされてるのですか?」


「ダイイングメッセージの練習じゃ」


「え」


「知っての通りわしは大金持ちじゃ。

 いつ誰に殺されるかもわからん。

 だから練習しているのじゃ」


「いやそもそも練習する必要が……?」


「もし、急に襲われたとき

 とっさに犯人の名前を書く自信があるか?」


「それはたしかに……」


「だから練習しておるのじゃ」


「まるでサインの練習を始める一般人のようですね……」


「バカを言え。わしは一代で財を成した大金持ちじゃ。一般人などではない」


「ところで御主人様。最近はスマホもございます。

 そちらで残すというのは……?」


「あんなチマチマしたものは好かん!!」


「でも持つだけもってください」


「ふん。こんなものただの重りにしかならん」


こうして御主人様は今日もダイイングメッセージを書いて練習していた。

そこに書かれる名前も多い。


これだけの財を成したなら、襲ってくる候補も多いのだろう。


それから数日後。

メイドが部屋を訪れたとき、もう御主人様は練習を辞めていた。


「おや、御主人様。ダイイングメッセージの練習は?」


「辞めた」


「十分に練習なさったのですか?」


「そういうわけじゃない。もっといい方法があることに気づいたのじゃ」


「いい方法……?」


「これじゃ」


御主人様はふところを開いてみせた。

背広の内側には大量の内ポケットと、それらすべてに手紙が入っていた。


「いいか。もしわしが誰かに命を狙われたとする。

 ダイイングメッセージを残すことができるのも

 瀕死の状態としてはかなり労力がかかるだろう?」


「たしかにそうですね」


「じゃから、手紙にすることにした。

 ダイイングメッセージを残すのではなく

 手紙を握りしめればそれだけでメッセージになるのじゃ」


「なるほど」


「手紙にはそいつの特徴を余すところなく書いておる。

 ダイイングメッセージよりも情報が多いし、

 逃げおおせることはできないじゃろう」


「よくわかりました、御主人様。

 試しにおひとつ予行演習してみては?」


「ふふん。おもしろい。ではやってみようかのう」


「はい。では私は山田ということにします。

 山田さんに御主人様が襲われました!」


「ぐあーー! わしは瀕死の重症。

 最後の力をふりしぼって……犯人である山田の手紙を……」


御主人様は内ポケットに手をいれる。


「ここか? いやちがう。

 たしかこのへんに……あこれは別の人。

 どれじゃ? 山田はどこじゃ……?」


「御主人様」


「なんだ! 今手紙を探してる最中じゃ!」


「もう瀕死の状態で30分以上経っています」


「それがどうした!」


「普通ならもう死んでます……」


「……」


「やめだやめだ! 手紙なぞ最初からだめだったんじゃ!」


「しかし、それではダイイングメッセージが……」


「そもそも! 襲われないようにすれば良い!

 館の警備を厳重にしろ! ダイイングメッセージなど不要じゃ!」


こうして館には最新鋭の防犯グッズが導入された。


ネズミどころかアリ一匹不法侵入しようものなら、

たちまちレーザー銃で原子分解されてしまう。


厳重な防犯に安心した館の主人は、雇っていた警備たちを解雇。

館はより閑散とした。


そんなある夜のこと。


「ふう。まったくこんな時間にトイレとは」


主人は深夜に起きて1階のトイレに向かった。


「なんで1階にしかトイレがないのじゃ。

 まったく、この館を設計したやつは串刺しじゃ。

 やれやれ。だいたい……おわっ!?」


文句をたれながら階段を降りているとき。

暗がりで見えなかった階段を踏み外してしまった。


後頭部を階段のヘリに強打しながら、最終階段まで滑り落ちた。


「ごあっ!?」


階下にたどり着くころには後頭部がする切れるほどの重症。

床に広がる自分の流血が瀕死さをものがたっていた。


強い衝撃を感じたことで、渡されていたスマホの緊急通報モードが起動。

主人の最後の肉声が録音される。


「たす……けて……」


閑散とした館で主人はひとり命を落とした。



数時間後、館へ出勤した使用人たちは主人を発見した。


「ご、御主人様!?」


「だめだ……もう死んでいる」


「見ろ。スマホが点灯しているぞ!」


「あれだけ嫌っていたスマホが床にあるなんて。

 きっとなにかあったに違いない!」


使用人たちはスマホの電源を入れた。

ギリギリ聞き取れる音声がとぎれとぎれに聞こえた。



『……す……け……』



「これは! 旦那様の声だ!」

「なんて言ってる?」

「わからない……」


そこに最も御主人様を支えてきたメイドがやってきた。


「貸してください」


メイドは録音の音声を何度も再生し、

録音されていた2文字を聞いた。


「間違いない。これは犯人のイニシャルです!!」


「なんだって!? どうしてそんなことが言えるんだ!」


「生前、御主人様はダイイングメッセージを練習していました。

 最後の最後でかならずメッセージを残すはずです!!」


「な、なるほど!」


「すぐに"S・K"のイニシャルの犯人を探してください!!

 これは絶対に犯人がいるはずです!!!」


使用人たちの決死の捜索により犯人は捕まった。

犯人はかつて使用人をしていた「最郷隆盛さいごうたかもり」となった。


そいつは、はりつけにされた後に市中引き回しのうえ火あぶりで処刑された。


真犯人「S・Kすべりだいのような・かいだん」は最後まで気づかれることもなかった。

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