計画

「随分良い部屋にお泊まりなのね」

「先ほど彼女がおっしゃった通り、青池事務次官が用意した部屋ですからね」

 

 スウィートルームのベランダからは島の輪郭がうっすら掴めるほどに全てが見通せて、一面瑠璃色の海だった。

 その絶景を背に佇む露天風呂は、幅十メートルはあるひのき風呂だ。

 麻耶まやは褐色のソファに腰を下ろすと、遥に話の続きを催促した。

 

「では改めて。ノートにあった栄介、洋平、博史の名前のうち『不老不死の条件』と印がついていたのは洋平くんと博史くんだけでした。清八さんは博史くんを育て看取った点からも関わりがあった。しかし洋平くんはどうでしょう。清八さんは産まれたその日に会いに行っただけ。条件と言うには些か関わりが薄いのが疑問でした。ですがあなたが麻耶さんであるならば、私の推測はそれなりに形を持ちます」

「推測?」

 

 もっとわかりやすく説明してよ、と涼子は怒る。

 

宣告者せんこくしゃに関わって亡くなった人は皆、宣告者の血に触れたことがあったという話でしたよね。ならば『主に認められし』というのはその逆で、宣告者自身が他者の血に触れた場合だとしたら、どうですか。その血をあるじである宣告者に選ばれると、不老不死になれる」

 

 清八と麻耶は驚きで言葉を失う。

 

「……ここまで勘が鋭いとは。そうだ。俺は博史に、麻耶は洋平に選ばれた。摂取者せっしゅしゃとは、宣告者自身が取り込んだ、たった一人の血のことを指す。俺が怪我をした時、博史は傷に口を当てて治してくれようとしたことがあってな。博史が生涯で身体に取り込んだ血は俺の血のみで、故に俺は不老不死に。だが、摂取者は先の通りたった一人でなければならない。複数人存在してはいけないのだ。栄介の時にはその条件が満たされず、不老不死の者が出現しなかった」

 

 ここで涼子が疑問を表情を浮かべた。

 

「こんな話、麻耶さんを前に心苦しいのだけど……洋平くんは産まれた翌日に亡くなってしまったのよね? その、そんな血を摂取するタイミングなんてあったのかなって」

 

 ごめんなさいと涼子が俯くと、麻耶は切なげに笑う。

 

「良いのよ。それとね、この不老不死の条件を満たす可能性がある一番の存在は、母親なの」

 

 麻耶の言葉には遥が応える。

 

「母乳、ですね」

「そう。母乳は血液だから。産まれてすぐ洋平に母乳をあげた私は摂取者となった。博史の母は一度も母乳をあげなかったのね。だから、清八さんが摂取者になれた」

 

 清八は麻耶に指示されて、水の入ったコップをテーブルに並べた。

 

「この不思議な現象にはカエルレアの花が関係しているのですか?」

「おっしゃる通りよ。遥さん、でしたっけ。本当に察しがいいわ」

 

 カエルレアの花を口にした女性が産んだ子供は、背中に八の字形の痣を持つ宣告者となる、と麻耶は言った。

 

「栄介くんの母親はきよ香さんといってね。身体が弱くて、とても心配性な人だった。それがある時、元気になる花だと言って碧色へきしょくの花をどこからか持って帰って来たの。私はそのとき小学生くらい。博史の母であるサトはまだ小さかったけど、きよ香さんの家でよく遊んでいて、皆でその花を一輪ずつ貰ったのよ。サトに合わせてままごと遊びをするうちに、皆がその花を口にしたわ」

 

 共通の花を口にした内、二人の子供に悲劇が起きた。麻耶は村を出ようとする清八と偶然出会った際、花が関係している可能性があると話をしたのだという。

 

「次に痣の子供が生まれるとしたら、サトが産む子だと予想がついた。それを清八さんに話したら、万が一のために村に戻ると言ってくれたのよ」

 

 予想通りにサトは博史を産み、覚悟ができていた清八は、育てられないと言ったサトに変わって博史を引き取った。

 

「ちょっと待って」

 

 涼子は必死で回転させた頭で、話のほころびを見つける。

 

「いま麻耶さんがここにいるということは、清八さんから聞いたあの火事の日に死んでしまったのは一体誰なの? 健司さんと洋平くんは?」

 

 涼子に指摘され、清八と麻耶は互いを見たのちに空気を変えた。

 

「俺たちの目的は復讐なんだ。昨日の話には続きがあってね。あの日、健司の家に火をつけたのは政尚まさなおじゃなかったんだよ」

 

 清八の後を、麻耶が続ける。

 

「あの火事の日。私は出産に疲れて横になっていた。そしたら夜中に政尚さんがやって来たの」


 『今すぐ村から出ろ。親父が、殺しにくる』

 

 「……政尚さんはそんな冗談を言う人じゃない。私が荷物をまとめると、洋平は自分が連れて行くから任せろって健司さんが。だから私、一人で外に出たの」

「それじゃあ死んでしまったのって」

「健司さんと洋平。そして、政尚さんよ」

 

 麻耶の言葉に涼子はハッとした。

 

「だからあの時、正和はあんな反応を……」

 

 麻耶の拳は震えている。

 

「私は実家で健司さんを待った。でもなかなか来ないから、様子を見に戻ったらもう、家は火に包まれていて……そばに、燃える我が家を見つめている人物を見つけたの」


 それは政尚の弟、さとるだった。


「その時まだ十一歳の少年だった悟には動機がない。おそらく親父の正和に唆されたんだろう。でも、そんなことは関係ない。絶対に許されない。俺は麻耶から真実を聞いて復讐を決めた。この不老不死の身体は、神様がくれた贈り物だ。天国に居る健司が復讐しろって背中を押してくれている」

 

 清八は必死で怒りを抑えているようだった。

 

「復讐は絶対にやり遂げる。だがあんた達が島にやって来て、新たな宣告者がいること、その母親が狙われていることを知った。今はあんたたちのほうが緊急だろう」

 

 事情を聞こう、と清八は麻耶の隣に腰を下ろした。疲れからか、昨日見たときより老け込んだな、と遥は思った。

 

「復讐って、何をするつもりなの?」

「それはこちらの事情だ。あんたたちは用件が済み次第、早急に島から出て行って欲しい」

「いやよ」

 

 涼子は堂々と言う。

 

「そんなのダメに決まってるじゃない。健司さんが後押し? 冗談言ってんじゃないわよ。麻耶さんを命懸けで助けて、そんなことを望む訳ないでしょう?」

「綺麗事はやめろ! お前らには関係ない。さっさと用を済ませて出て行け!」

「だから! 嫌だって言ってんでしょ!」

 

 清八は立ち上がり、涼子も負けじと睨む。遥は涼子の肩に触れ、落ち着くように言った。

 

「確かに。突然現れたよそ者のせいで、今まで入念に練り上げた計画を実行できないなんてあり得ないでしょう」

「ちょっと遥! あなた復讐に賛成なの?!」

「そうではありません。でも内容によっては協力できるかも、と思っただけです」

「協力だと?」

 

 殺気立つ清八。それを今度は麻耶が制し、遥に言う。

 

「それはいけません。それこそ突然現れた見ず知らずのあなた方に、そんな事をしていただく義理はない」

神野正和じんのまさかずの秘密」

「え?」

「清八さんと麻耶さんの知らない正和の弱みを、私が知っていると言ったら?」

 

 清八と麻耶だけでなく、涼子も不思議そうな目で遥を見た。

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