三組目の客

 雲島滞在 三日目——


「……そうきたか」

 

 今朝早く、雲島と本島をつなぐフェリーが故障したとみのりは言った。

 といっても部品が一部紛失しただけで、今日の十四時雲島発の便からは運行するようだ。

 

「まさか亮二さん、フェリーを止めてくるとはね」

「でも十四時の便には間に合っちゃいますね。まあ上出来か」

「上出来?」

 

 涼子は不思議そうに聞き返す。

 

「亮二さんや蔵田さんが私たちをこの島に留めておきたいのと同じく、私も島から出て行って欲しくない人がいるんですよ」

「誰よそれ」

「今からその人に会いに行きます。確証はありませんがおそらくまだこの島にいるはず。それに、これで亮二さんが私たちを邪魔する敵だということがわかりましたね」

 

 急ぎますよ、と出ていく遥を涼子は慌てて追いかけた。





◇◇◇





 玻璃村——


「ここって、たか絵さんたちが泊まっている旅館じゃない。へえ……なかなかいい雰囲気ね」

 

 涼子は仕事の頭になりかけたのをぎゅっと瞬きをして元に戻す。

 

 旅館といいながらも、その外観はまるで宮殿だった。石畳の玄関から、ロビーはモスグリーンと金銀を基調とする造りになっており、珍しいアイテムが並んでいる。ふと、甘くほろ苦い香りが鼻腔に抜けた。

 

「ここに誰が居るっていうの?」

 

 受付で何かを聞いてきた遥は、五階の客室へ向かいます、と言った。

 

「五階って最上階じゃない。普通は入れないわよ、スウィートでしょ?」

「部屋をとったわけではありません。ただ、涼子さんの名前と青池事務次官の名前を少しばかり使わせていただきました」

「あなたねえ」

 

 涼子の呆れ顔をよそに、遥は旅館の地図表を見る。

 

「非常階段は内階段と外階段の二種類あるみたいですね。五階に行く専用のエレベーターには客室の鍵が必要みたいなので、まずは三階まで通常のエレベーターで行きましょう。そこからは外階段を使って上がります。静かにお願いしますよ」

 

 三階。エレベータが開き、非常階段の扉をそっと開けると遥はすぐに涼子を制した。

 

「靴を脱いでください。声がする」

 

 上階を見上げ、微かな響きを辿る。

 

「……もう……生まれないはず。あの花は……咲いていないわ」

 

 遥がすぐ下の踊り場まで来て確認すると、男女が二人話をしている。


 そのジーンズ姿に初めはピンと来なかったが、声を聞くと清八のようだった。相手の女性は動揺している。

 

「この村のことを知らなければ問題はない、そうたかを括っていた。だが命が狙われているって。昨日また話をしようとしたんだが、彼女たちは待ち合わせ場所には来なかったんだ。何かあったのかもしれない。ていうか大体、なんでお前がまだ島に居るんだよ」

「今朝早く帰ろうとしたらフェリーが止まっていたのよ!」

 

 女性は腕を組み、爪先をカチカチ鳴らして落ち着きがない。

 

「私たちのせいよ……噂を聞きつけた誰かが本気にしたんだわ。このままじゃ、計画どころか関係ない人が危険な目に遭ってしまう」

「その話、詳しく伺えますか」

 

 急に聞こえた第三者の声に、清八は慌てて眼鏡をかけた。

 

「な、なんでこんなところに」

「お連れの女性に話を訊きたくて来たら偶然にも清八さん、あなたと一緒で」

 

 女性は清八の隣で伏し目がちに立っている。

 

「その女性は私達と同じ船で来た、三組目の乗客ですね」

「え!?」

 

 遥の言葉に涼子は驚いて女性を見る。

 

「どうしてそんなことがわかるの? 乗船中は会わなかったし、下船してからも見かけなかったからキャンセルしたんじゃないかって話していたじゃない」

「いいえ。私たちは乗船してすぐに彼女に会っています」

「乗船してすぐ……それってまさか」

「そうです。居たでしょう? カウンターに立っていたスーツ姿の綺麗な女性が」

 

 女性はゆっくり顔を上げると、遥を見つめた。

 

「涼子さんに見せて貰った、たか絵さんからの家族写真。そこに偶然あなたが映り込んでいました。船はすぐに引き返しましたし、従業員が下船する様子はなかったのでおかしいと思ったんですよ」

 

 遥は続ける。

 

「それから船のバーでのことを思い出しました。あの時お酒を作る人はいても、ウェイターのように接客業務にあたる人はいなかった。だからたか絵さんは、涼子さんのお酒を注文したとき自分でお酒を取りに席を立っていたんです。涼子さんのお父様に電話で確認したら、試運転には必要最低限の人員しか乗ってないはずだ、そう言っていました。今回の運航はあくまで施設を堪能するためで、受付・・に人なんて立たせていなかったと」

 

 遥の言葉で、女性は諦めたように帽子を取る。

 生暖かい夏の風が髪を揺らした。

 

「なるほど。それで私が乗客だと気づいたのね」

「はい。あなたは人目につかないようにこの島に入る必要があった。そうなると定期便のフェリーは使えない。フェリーには毎回物資や子供達が乗るため、必ず乗り降り時にチェックがあるんです。昨日乗って確認しました」

「……はあ? いつの間にフェリーなんて乗ったのよ!?」

 

 涼子が驚くことが想定内だった遥は、後で説明するからとそのまま話を続けた。

 

「一方で私たちが乗って来た船は、降りたことを船側は確認しても島側は特に確認をしなかった。私たちはサラッと門をくぐって撫子村に入れましたから」

 

 確かに、と涼子が頷く。

 

「この島で入るのに厳しいのは壁書村だけ。撫子村、カナリア村、玻璃村の行き来には制限がない。そこが盲点でした。私たちも菊田さんご家族も、青池事務次官の紹介であのフェリーに乗りました。当然三人目もそうで、私はその人物が観光地開発、ひいては壁書村に関わる人物だと予想していました。しかし、昨日役場に署名の紙を確認しに行った時点では私たち以外に名前はなかった。でもなんら不思議ではありませんよね。壁書村に関わる人物が、なにもわざわざ壁書村に入らなくたっていいわけですから」

「あんたいったい……」

 

 遥の話に、清八は思わず呟く。

 すると、女性は小さくため息をついてから言った。

 

「私の名前、麻耶・・って言います」

「おい!」

 

 清八が止めるも、麻耶は聞かない。

 

「ちょ、ちょっと待って。麻耶って……嘘、え?」

 

 涼子は頭を抱えた。

 

「清八さんから話は聞いていますね? 私は昔、火事で夫の健司と息子の洋平を亡くしました。でも私は生きていたんです」

「随分お若く見えますが。麻耶さん、失礼ですが歳は幾つですか」

 

 遥の問いに、麻耶は真剣な顔で答える。

 


「私もね、不老の身なの」


 

 涼子は次から次へと現れる新事実と驚きの波に呑まれてもはや溺れかけていた。目の前に、歳をとらないという人知を超えた存在が二人もいる。

 

「ここではなんですから私の部屋へ。こちらです」

 

 麻耶はそう言うと、遥と涼子に目配せをして先を歩いた。

 

「ちっ。めんどくせえ……」

 

 清八も頭を掻きむしりながら後をついてくる。

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