亮二

「いただきます!」

 

 夕刻。遥と涼子はびいどろで食事をとっていた。

 

「みのりさん! この煮物抜群です! なんかさっぱりしてるのに食べ応えがあります」

「そう? 少し梅肉を入れているの。よく食べてくれるから作りがいがあるわね」

 

 遥の食べっぷりを見て、みのりはおかわりあるからね、と声を掛けて奥に戻って行った。

 

「みのりさんレシピくれないかな」

「遥、料理するの?」

「しませんよ」

「……」

 

 一体何の話だ、と涼子も煮物を口に運ぶ。

 

「今日涼子さんは何を? どこで酒盛りしてたんですか」

「ああ、あなたを探して見つからないところにあのかなめって息子秘書と会って、そのあとお祖父様を紹介すると言われて正和まさかずと食事したわ」

 

 遥は煮物を詰まらせて咳き込む。

 

「なによ、汚いわね」

「正和さんと食事って……さすがですね」

 

 涼子は、正和との会話の一部始終を遥に話した。

 

「手なんか握って来て、典型よね。ただ政尚まさなおさんの話をしたときなんだか顔色が変わったのよ。まあ、私も嘘ついたんだけど」

「嘘?」

「ええ。別に他意はなかったのだけど。東京で政尚さんと会ったことがあると言ったら、見るからに不機嫌になったの。火事の話も切り込んでみたんだけど、そこは案外すらすら話してくれたわ。子供たちと仲悪いのかしら」

 

 そうそう、と涼子はさとるの話もした。

 

「初恋の人を追いかけるなんて、そういうのグッと来ちゃう」

「さっきの涼子さんの話も、私には結構響きましたよ。『知ることを放棄するのは生きるのを放棄するのと一緒』ってやつ」

「なに。聞いていたの?」

 

 涼子の耳がぽっと赤くなった。

 

「涼子さんって結構、人情派で。お金持ちっぽくないっていうか。想像より同じ目線で喋れるっていうか」

「ふうん」

 

 恥ずかしさからか、涼子は次々とご飯を頬張る。

 

「私は物事組み立てたいタイプで。なんでも粗探ししたりおかしい点とか気になっちゃって。でも人は、噓を見つけられることを嫌がるじゃないですか。だから常にそっとしておくべきこと、明らかにしない方がいいことを考えるようにしているんです」

「でも気になるんでしょう?」

「まあ。最近はそれを言葉にできて、精神衛生面がだいぶ整ってる感じがしますね」

「それならなにも問題ないじゃない」

 

 二人が談笑していると、引き戸のすりガラスに人影が映りガラッと音がした。

 

「お粗末な食事でどうもすみません」

 

 亮二だ。

 扉を背にしていた遥は、向かいに座る涼子を見て小さく頷く。

 

「あらとんでもない。とても美味しくて感動しておりますわ。この料理も今日で最後だと思うと、名残惜しくて」

「え!?」

 

 亮二は分かりやすく動揺した。

 

「いや、確か一週間でご予約していただきましたよね? お帰りになるんですか? なにかお気に召しませんでした?」

「いえいえ、こちらの都合です。急な予定ができてしまって。明日の十四時のフェリーで帰ることにしました」

「そうですか、十四時……」

 

 残念ですがお気をつけて、と。亮二は部屋からすぐに出て行った。

 

「さて。どう出ますかね」

「きっと蔵田さんに連絡するわよね。ねえ、こんな風に焦らせちゃって蔵田さんが佳奈さんに接触したら危ないんじゃないの?」

「それは翔太が何とかしてくれます。あ、私食事が終わったら少し出かけますね。今日中に確認したいことが」

 

 

 ダンっ!

 

 

 遥が言い終わる前に、涼子が箸ごとテーブルを手で叩いた。

 

「確認確認って、あたしにはなんにも教えてくれないのね。父との電話もスマホ片手にどこかへ行っちゃうし。あたし一応依頼者なのよ? 内緒禁止! 情報開示!」

 

 今日置いていかれて自分がどれだけ心細かったかと責め立てる涼子に、遥は謝る。

 

「ちゃんと説明します。でもその前に、私の中で一度組み立てられるか確認したいんです。現実にはありえないことを受け入れないと説明ができないんですよ」

「それって清さんの不老不死のこと?」

「ええ、まあ。なら涼子さんも行きますか? 一緒に」

「もちろん行くわ。私も遥と同じものを見て判断したい。この目で見たいのよ。じゃなきゃ、あなたと同じ立場に立てないじゃない」

 

 涼子が拗ねているのを見て、やはりお嬢様っぽくない、と遥は笑った。

 

「わかりました。でもやっぱり今夜はやめにしましょう。亮二さんの動きも気になりますし」

 

 そう言って、遥は三杯目のご飯をおかわりした。

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