企み

「ああ、もうっ」

 

 ベッドに横になった遥だったが、やはり先程の会話が気になって眠れそうになかった。


 時刻は二十三時。このフェリーは本来ならば十八時から翌八時のもっと長い時間での運行予定らしいが、試運転のため短くなっている。

 どうせなら本来通りの時間で楽しみたかった……そう思いながら遥は眠い目を擦り、とりあえず部屋を出た。

 

「アンケートがある、って言っていたっけ」

 

 遥が客室のある三階から二階に降りると、前から二人の女性が歩いて来た。

 

「こんばんは。一緒に乗船した方ですよね」

 

 長い黒髪の女性が遥に声をかけた。隣の女性は金髪のショートカットで、対照的な雰囲気だ。

 

「私、菊田尚美きくたなおみと申します。こっちは坂下梨沙さかしたりさ

 

 遥も自分の名を名乗ると、梨沙が口を開いた。

 

「あ。もしかして一人で乗船した人?」

 

 ちょっと、と慌てて尚美が梨沙を制す。

 

「ごめんなさい。今回は三組しか乗船していないと事前に聞いていたもので、どんな方だろうって気になっていて」

 

 遥は一人ではなく涼子と二人で来たのだと伝えた。尚美と梨沙は専門学校の同級生で、お互いの兄姉と四人で来たという。

 

「ああ、乗船してすぐお見かけしました。お兄様とお姉様の、ご夫婦」

 

 え、と二人は驚いた顔をする。

 

「あの二人、自分たちを『夫婦』って言ったんですか?」

 

「いえ。そうではありませんが、家族が一組と伺っていたので。あなた方が姉妹ではなく、それぞれのご兄姉と乗船したのなら、家族は二組になるでしょう? ですからお兄様とお姉様は結婚しているのだろう、そう思っただけです」

 

 なるほど、と二人は遥を珍しげに眺めた。

 

「お兄様方が自分たちを夫婦と名乗ることは珍しいのですか?」

 

 尚美と梨沙は気まずそうに互いを見つめた後、遥に視線を戻した。

 

「実は別れてしまいそうで。偶然話しているのを聞いてしまったんです。“偽りの夫婦をずっと続けるつもりか”って」

 

 その後も“もう必要ないわね”や、“役所に行きましょう”などと冷静に話していたと尚美は言った。

 

「二人はずっと仲の良い夫婦だと思っていたから、私たちショックで。できることなら別れてほしくないんです。だから余計なお世話かもしれないんですけど、今日ちょっとしたサプライズを考えていて。あ! もしあの二人に会っても、このことは内緒にしておいてくださいね」

 

 自分で言っておいてすみません、と尚美は恥ずかしそうに笑った。

 

「わかりました。うまくいくといいですね」

 

 遥の言葉に答えようとする尚美を見て、梨沙はバツが悪そうにそわそわしている。

 

「尚ちゃん、早くしないと。まだ仕上げが残っているし、間に合わないよ」

 

 梨沙は尚美の袖を引っ張って急かす。

 

「そうだね。あ、今レストランに行ってきたんです。こんな時間ですけど、お腹が空いていたら是非。どれもとても美味しかったですよ」

 

 では、と尚美が言うと二人は走り去っていく。遠ざかる二人の後ろ姿から、遥は一瞬目が離せなかった。

 ふと足元を見ると、小さな金属が目に入る。遥はそれをつまみ上げた。

 

「なるほど」

 

 なんとなく、事情が掴め始める。


 遥は少し気になることを確認したあと、涼子を探しにバーへと行くことにしたのだった。

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