乗船

「あの。集合時間おかしくないですか」

 

 曇り空に月も見えない暗闇で、遥はスマートフォンの時刻を確認した。

 

「二十二時出発って、雲島まで一時間半くらいでしたよね。着くの夜中ですよ?」

「いいえ。雲島につくのは明日あすの朝の六時。八時間の船旅よ」

「はっ……」

 

 遥は雲島や壁書村について自分なりに調べていた。雲島と本島を繋ぐフェリーは一日往復二回。


 六時半雲島発、八時本島着

 十一時本島発、十二時半雲島着

 十四時雲島発、十五時半本島着

 十七時本島発、十八時半雲島着


 この四便のみで、物資や本島の学校へ通う子供達の交通手段でもあった。

 

「雲島に行くことを父に話したら、観光地開発の話を既に知っていてね。父の知り合いの国土交通省の青池さんという方が表立ってやっているそうなの。そこで話を通してくれて、広告として添えようとしていた最近できた完全個室フェリーを、本日試運転してくださることになったのよ」

 「なるほど……って、なるかあ!」


 渋滞する情報を、遥はうまく飲み込めなかった。

 つまり、だ。娘が離島に旅行に行くと知った父親は娘のために普段運行する大広間に雑魚寝の物資ぎゅうぎゅうの船ではいかんとナントカ省を使ってまで豪華な客船をぶち込んだということだ。

 

「……頭の中で息継ぎすんの忘れるわ」

「なに?」

 

 等間隔にカールしたまつ毛。黒目の大きなまんまるな目で見つめてくる端正な顔立ちの涼子に、遥はもう何も言う気がなくなった。


 乗船して、中へと進む。

 青い絨毯が敷かれた空間の中央に、大理石でできたカウンターがあった。エントランスだ。

 スーツラインが美しく見える背筋のピンとした女性が『いらっしゃいませ』と丁寧に挨拶をする。出来たばかりだけあって、独特の匂いも感じた。

 

「これ、もしかして貸し切りですか?」

「ううん。私たちの他に、青池さんの親戚のご家族が一組、それと女性が一人の、合計三組いると聞いているわ。まあ、実際には客室が二十部屋もあるみたいだからほぼ貸し切りみたいなものね。楽しめる施設もいくつかあるそうよ。あとで感想や使い勝手を調査するアンケートがあるから、しっかり堪能しなさいね」

 

 涼子はそういうと、何やらノートにメモをしながら先に進んでいってしまった。

 

「部屋、どこだか聞いてないし」

 

 荷物を持ったまま残された遥は、とりあえず行けそうな範囲で船を見て回ることにした。

 

 エントランスは三階まで吹き抜けになっていて、左右から緩やかなカーブを持つ階段が中央に向かって二階につながる。

 三階は全て客室で、ベッドやシャワールームが完備されているそうだ。二階にはレストランやバー、子供が遊べるカラフルな造りのプレイルームなどがある。レストランからは外に出られるようになっているが、今は時間外らしく鍵が掛かって——いなかった。なにやら話し声が聞こえる。

 

「絶対にあの子が盗んだに決まっている。今回ばかりは本当に許さない」

「そんなに目くじら立てて怒るなよ。証拠はないし、君の推測だろう?」

「またそうやって梨沙りさをかばって。この船旅だって、私たちだけではダメだったの? どうして梨沙とあなたの妹まで」

「その話は散々しただろう。卒業旅行ができなかった二人も、お祝いに一緒に連れて行ってやろうって」

 

 どうやら完全に揉めているようだ。遥はきびすを返してその場を後にしようとした。

 

「なにやってんのよ」

「うわっ」

 

 振り返った先に涼子がいたので、遥は思わぬ声を上げる。

 

「まったく、ちょろちょろして。部屋はこっちよ」

「あ、いや」

 

 涼子と外の様子を交互に見ながら遥がうろたえていると、足音が二つ近づいてきた。

 

「すみません。見苦しく揉めているところをお見せしてしまって」

「いえ、こちらこそ間が悪くて」

 

 男性と遥が恐縮し合っていると、涼子があっ、と口を開く。

 

「もしかして、青池事務次官のお知り合いの?」

「はい。菊田晃きくたあきらと申します。青池は私の叔父でして。あの、あなたは?」

 

 失礼しました、と涼子は晃に名刺を渡す。

 

「松永と申します。青池事務次官には、父がお世話になっておりまして」

「ああ、あなたが松永様でしたか! 叔父から話は聞いています」

「そうでしたか。すみませんが、連れがまだ部屋を確認できていないので、先に行きますね。こんな時間ですが、すぐ先にあるバーは利用できるみたいですよ。ご縁があればそちらでお話ししましょう」

 

 では、と涼子は挨拶して遥とその場を後にした。

 

「へえ。まさか遥の趣味が立ち聞きとはね」

「たまたまです」

 

 涼子が内容を嬉しそうに聞いてくるので、遥は聞いたままを伝えた。

 

「盗んだ、なんて気になるわね。あとで話を聞いてみましょうか」

「人に立ち聞きがどうとか言っておいて行儀が悪いですよ、松永様」

「いいじゃない。気になるでしょう?」

 

 子供みたいにソワソワする涼子から鍵を受け取り、遥は客室に入る。すると、なぜか涼子も続けて部屋に入ってきた。

 

「気になるならお一人でどうぞ。さっきバーに誘っていたじゃないですか。訊いたら詳しく話してくれるんじゃないですか?」

「あなたの方が得意だし、解決できるかもしれないじゃない。探偵なんだから」

 

 涼子の言葉に、遥は改めて涼子に向き直した。

 

「あの、はっきりさせておきたいんですけど。私は探偵ではなくクリーニング屋です。しかもバイトです。それじゃあ」

 

 私は一眠りするんで、と遥は涼子を部屋から追い出した。

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