翔太

 食品や家電、服、日用雑貨にジュエリーまで揃うショッピングモールは、日々大賑わいだ。

 更に今日が日曜日であること、おまけにポイント倍増デーとやらで、もはや施設内は定員オーバー。

 ベビーカーの群れ、休日なのに何故か制服姿の女子高生、見渡す限り人人人の状況に、翔太は目眩めまいを覚えた。

 

「これとこれ。あ、このシャツもいいな」

「少し休みましょうよ。喉、渇きません?」

「却下」

 

 遥は冷たく言い放つ。

 

「もう、何度も謝ったじゃないですかあ」

「一瞬でも私を泥棒にした罪は重い」

 

 ラックにかかった夏服をガシャガシャと不機嫌に物色する遥に、翔太はたじたじだ。

 

 壁書村に行くことが決まった後、遥はことの発端である翔太に当然詰め寄った。

 

「俺なんかより、こういうのは先輩の方が適任だと思ったんすよ」

「盗聴器まで用意しておいて、どの口が言う」

 

 あとこれも、と遥は容赦なく翔太が差し出した腕に服を乗せていく。

 

「旅行に行く間の先輩のシフトも俺が出ますし、ほぼ休みなしなんすから。機嫌なおしてくださいよ」

「旅行じゃないから。あとは……スーツケースか」

「いや、すっかり気分じゃないすか」

 

 さっさと歩き出す遥の背中に、翔太の呟きは届かない。翔太は朝からこんな調子で連れ回されてクタクタだった。

 やっと買い物が済み、駐車場へと向かう。

 

「大体、先輩普段どんな生活してるんですか。買うもの多くないですか?」

「知らないよ。涼子さんがこれだけ揃えろってメモ通りに買ってるだけだもん。ほら、荷物積んじゃって」

 

 翔太は遥から車のキーを受け取る。

 

「はいはい、わかりまし……っ痛!」

 

 キーのボタンを押した瞬間、翔太は肩をこわばらせて持っていた荷物を全て放り投げた。

 

「ちょっと、なんすかこれ! 電気流れたんですけど!」

 

 翔太は手首を振りながら、遥の方を振り返る。

 

「想像以上にいい反応するね。さっき屋外に出ていた店で見つけたの。こんなのもあったよ」

 

 遥が放った物体は、弧を描いて翔太の顔にヒットした。

 

「?!! うわっ、ひぃっ! ね、ねずみ!」

 

 落ちた地面でうねうねとうごめく灰色のそれもまた、本物と見間違う程よく出来ていた。

 

「もう! マジで嫌だ! 俺ねずみだけは本当ダメなんすよ。泣きますよ、本気で」

「仕方ない。これくらいで先の件はチャラにしてやろう」

 

 嬉しそうな顔をする遥を見て、翔太は苦笑するしかなかった。

 

「そういえば、涼子さんって普段何してるんすかね。やっぱり松永エステートのご令嬢は働く必要ないのかな」

「松永エステート?」

「そうです、不動産会社。有名なコマーシャルがあるじゃないすか『ま・つ・な・がーエステートっ』てやつ」

 

 翔太は軽快にメロディを口ずさみ、コミカルな動きでひょこっと遥の前に立った。

 

「私あまりテレビ観ないから。でも無職ではないと思う。仕入れがどうとか、電話しているの聞いたことがあるし」

 

 遥は翔太の動きに特にリアクションをすることなく車に乗り込んだ。翔太が作るカラっとした雰囲気を、遥はいつも落ち着かせてしまう。

 

「うーわ。車の中、暑いっすね。それにしても先輩、松永エステート知らないのはやばいですよ。コマーシャルを観たことがなくても、そこら中に支店がある超有名企業だし」

「なに翔太、まだ買い物に付き合いたいの?」

「ごめんなさい。勘弁してください。もう帰りたい」

 

 翔太は急いで車のエンジンをかけた。

 

「それにしても、よく盗聴器を仕掛けようなんて提案したよね。そういうの詳しいの?」

「映像作品とか作曲したりとか、そういうのに興味がある時期があって。涼子さん困っていそうだったし、親切心っすよ」

「ふうん」

 

 まだ空気が冷えない車内に、空調が大きな音を立てて追いつこうとする。

 少し車を走らせたところで、翔太がふいに口を開いた。

 

「先輩と涼子さん、結構距離縮まりましたよね。俺、二人は絶対合うと思ったんすよ」

「涼子さんは翔太の方を気に入ってるみたいだけど」

 

 翔太は助手席に座る遥を見た。

 

「そういうんじゃ、ないっす」

「綺麗な人だよね」

「まあ。でも俺、好きな人いるんで」

 

 翔太の言葉と同時に空調が追いつき、突然静かになった車内が、ふたりの時間をつつく。

 そうなの、と遥が特に話を膨らませないので、なんだか気まずい。

 

「ねえ。好きな人の前ではもう少し香水を軽めにしたほうがいいよ」

「やっと出たアドバイスがそれすか」

 

 空気を変えようと、翔太はいつものようにカラっと笑う。

 

「あ、そうだ。先輩にこれあげますよ」

 

 そう言って、翔太はポケットから取り出したものを遥に渡した。それはお守りだった。

 

「なにこれ。なんかデカくない?」

「呪いとか殺人計画とか、物騒なんで。俺がいつも大切にしてる魔除けです」

「へえ」

「ちゃんと返してくださいよ」

「え、くれないの? ケチだね」

 

 ぶらぶらとお守りを掲げて言う遥に、翔太は苦笑する。

 

「先輩って友達いるんすか」

「なに急に」

「まだ二十三ですよね。あんまり友達とわちゃわちゃするイメージ湧かないんで」

「まあ、いないね」

「迷いなしっすね」

 

 語弊がある、と遥は軽く笑う。

 

「そういう概念を持たなくなったってだけだよ」




◇◇◇




 遥は翔太に家まで送ってもらうと、荷物を降ろして別れた。


『佳奈さんと奈々ちゃんは任せてください!』


 そう言って敬礼の真似事をする翔太の顔が脳裏に浮かび、遥は余計に心配になる。

 買ったものや壁書村に持っていく荷物を整理したあと、遥はシャワーを浴びながら最近の出来事を思い返していた。

 

 今までも人の依頼で動くことはあったが、大抵は蔵田の依頼のように物探しや庭の草むしり、お遣いなんかをしていた程度だ。噂が噂を呼び、いつの間にか探偵だなんて呼ばれているらしいが、遥に依頼をしてくる人は皆遥の知った顔であったし、その人の性格や行動範囲をある程度把握していたからこそわかることが大半だった。

 

 涼子には依頼料だなんて大袈裟な言い方をしたが、せいぜい晩御飯をご馳走になったり、少しばかりのお駄賃を貰っていただけ。それが数日後にはアルバイト先の客と、数日前に知り合った女性が生まれ育った奇妙な島を調べに泊まりで出掛けるのだ。

 

 遥は電源を入れたばかりのドライヤーを止め、まだ乾ききってない髪のまま布団に突っ伏した。

 

「友達……」

 

 別れ際に翔太と話した会話が、ぼーっとした頭に揺れる。流石に疲れたのだろう、遥は知らぬ間に目を瞑り、深い眠りへと落ちていた。

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