依頼

 家政婦の初枝はつえが服を盗んでいることに気がついた時、涼子はどう話を切り出そうか迷った。初枝は長いこと松永邸に勤めていたが、今までこんなことは一度もなかったからだ。

 性格も気弱で人が良く、人のものを盗むなんて大胆なことをするのにはよっぽどの事情がある。そう思った涼子は、悪いと思いながらも初枝のカバンを探った。すると例のノートがあり、中には壁書村のこと、ひいてはその村に伝わる『宣告者せんこくしゃの呪い』について綴られていた。

 

「宣告者?」

「ええ。それは背中に八の形の痣を持つ奈々ちゃんのような子供のことで、宣告者は以前にも何人か産まれ、その後死んでしまっているという内容だったわ」

 

 ノートには『栄介えいすけ』『洋平ようへい』『博史ひろし』の三人の名前が書かれていて、その横にイコール宣告者、とあった。

 さらに洋平と博史の名の横には線が引っ張ってあり、『不老不死の条件?』と考察のような文字があったという。

 

「そんな部分、このノートには見当たりませんけど」

 

 遥はペラペラとページをめくってノートを確認する。

 

「ああ、それは白井くんが作ったの。本物はこっち。まあ、本当の本物は初枝さんの鞄に戻したから、コピーだけどね。でもまさか、奈々ちゃんが宣告者だなんて思わなかったわ」

 

 早く見せろと言わんばかりに、遥は涼子が取り出した新たなノートを催促する。

 

「目的はお察しの通り、あなたにノートの存在を知らせて壁書村へきしょむらに興味を持ってもらうこと。白井くんにフリマで私のワンピースを佳奈さんに売ってもらって、その袋に作ったノートを入れた、ってわけ」

「……いや。全然、意味わかりませんけど」

 

 遥は立ち止まり、涼子に向いた。

 

「わざわざワンピースを佳奈さんに売ったのはどうしてですか? その時点ではまだ、奈々ちゃんが背中に痣を持つ宣告者だとは知らなかったんですよね? それに私を絡めた理由も気になります。私でなくとも、翔太一人で充分調べられたのでは?」

 

 涼子は突然キリッと遥を睨む。

 

「翔太って呼んでるの?」

「はい?」

「白井くんのこと。なに、そういう関係?」

 

 涼子がむくれ始めると話が脱線すると思った遥は、すぐに否定した。

 

「アルバイトで入った初日に本人がそう呼ぶように挨拶したんで、クリーニング屋の皆が翔太って呼んでますよ。私だけじゃありません」

 

 あらそう、とすぐに機嫌をなおした涼子は、自分で話を元に戻した。

 

「初枝さんのカバンからノートを見つけた日、ちょうど白井くんが服を引き取りに来ていて。まあ、距離も縮めたかったし? 世間話みたいに相談したら、初枝さんのカバンに盗聴器を仕掛けて様子を見ようって。後日白井くんが用意をしてくれて、それをカバンに入れて。あれは色んな意味でドキドキしたわ」

 

 涼子はポっと照れる仕草をする。それで、と遥は話を促した。

 

「で、初枝さんの自宅近くまで白井くんに車を出してもらって。様子を聞いていたらなんと、人を殺す計画を話していたの」

 

 しかも話の相手はあの蔵田で、どうやら二人はただならぬ関係らしい、と涼子は言った。

 

「佐伯佳奈が死ねば『摂取者せっしゅしゃ』になれるとか、いつ殺すかとか。とても物騒な会話だった。まあ、主に蔵田さんが主導で話をしていて、初枝さんはただ従っているだけのように聞こえたけれど」

 

 会話を確認した後、警察に相談しようと言う涼子に翔太は難しいと答えた。

 

「計画の段階では立証できないし、何より盗聴しているあたしたちの方が事情を聞かれるって。そりゃそうよね」

「それで会話に出てきた佳奈さんに接触しようと、ワンピースを売ることにしたと」

「ええ。藪から棒に命を狙われていると言ってもそれこそ物騒でしょう? 白井くんが調べたら佳奈さんはフリーマーケットによく行っていることがわかったから、ワンピースを買ってもらって接触するきっかけを作ろうと思って。まさか、あんな悩みを持っているとは思わなかったけど。単純に安くしますよーって声をかければ買ってくれると思ったの。あのブルーのワンピース、人気のデザインで限定品だったから」


 そんなワンピースをさらっとフリーマーケットに出すのか……と、遥が思ったことはさておき。


「でも、そのあとその服が盗まれたものだって話しに行くのに、白井くんは服を売って顔がバレているでしょう? そしたら遥を連れて行ったらどうかって、白井くんが。蔵田さんの悩みを解決しているって理由は同じだったわ。遥の実力を試してみたらどうか、っていうのもね」

 

 遥が糾弾すべきなのは蔵田ではなく、白井翔太だった。

 

「それにしてもさすがよね。ワンピースを買ったのがフリーマーケットなんじゃないかって言いだしたとき、正直びっくりしたわ。佳奈さんの悩みも言い当ててしまうし、遥に頼むことにして正解だった」

 

 本当は翔太と二人がよかったと思っているのでは、と遥は内心思う。

 

「とりあえず、家政婦は解雇したほうがいいですね」

「どうして? 解雇なんてしないわよ」

 

 涼子の即答に遥は驚いた。

 

「なんでですか」

「だって、今回のこと調べるのに気づいてないフリしている方がやりやすいでしょう? それに初枝さん、根はいい人なのよ。困ってるなら話を聞いて助けになりたいの。この件を調べるのが先だけれどね」

「解雇の理由なんてどうとでも言えます。その間にも色々盗られたらどうするんですか? あの蔵田と繋がってるんです、油断なりませんよ」

 

 遥の熱量に反するように、涼子は涼しげに笑う。

 

「あ、実はあたし面識ないのよね。蔵田さんってどんな方なの?」

「どんなって……変わってるけど、ただのおじさんですよ。毎日口実みたいにシャツ一枚持ってきては長々と居座って、世間話をして帰って行きます。パチンコや競馬の話が好きで、定職にもついてないって言ってたと思います」

 

 その蔵田と初枝が繋がっていて、壁書村の不老不死伝説をめぐり殺人を企てている。奇妙だが、なんとなく筋が通り始めた。

 

「壁書村についても白井くんが調べてくれたわ。福島県沖からフェリーが出ていて、一時間半ほどで着く雲島くもしまってところにある村だそうよ。雲島はガラス細工が有名で、少し前から観光地開発が本格的に計画されているんですって。パワースポットや秘境温泉なんかもあるみたい」

 

 涼子の目が子供みたいに輝く。

 

「……行くんですか?」

「佳奈さんの身に危険が迫っているのよ? 見過ごせないじゃない。こちらでの蔵田さんと初枝さんの動きは白井くんに任せることにして。ね? 行きましょうよ」

 

 少し悩んだが、遥は涼子の提案を承諾した。

 

「あら。意外な返事」

「涼子さん一人に任せるのは不安ですし、私もまんまとその気になってきたので」

「ちょっと。ずいぶんな言い方するわね」

 

 旅費はお願いします、と遥が言うと、

 あなたの態度次第ね、と涼子は笑った。

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