呪い
表紙をめくり目にした文字に、佳奈は驚いた。壁書村の名に覚えがあったからだ。佳奈はとある島の出身で、壁書村はその島にある村だった。
さらにページを読み進めると、重要とでもいうように赤の太い字体で箇条書きがあった。
背に八の形の
歳八つで死す
常人以上の治癒力あり
主死す時血に触れしものもまた死す
主に認められし者不老不死を
この箇条書きを見て、佳奈は背筋にじんわり汗を感じ始めたという。
「奈々にもあるんです。背中に、八の形の痣」
「え!」
涼子が大声を上げた。
「なんですか急に」
「いや、『死』って文字が出てくるし、背中に痣なんてちょっと、可哀想だなって」
遥の問いに涼子が答えると、佳奈は話を続ける。
「生まれつきのもので。だんだんと薄くはなってきてるんですけどね。壁書村に不老不死の言い伝えがあるとは聞いたことがありました。でも『八の形の痣』や『血に触れし者が死ぬ』なんて呪いじみたものは聞いた覚えがありません。だけど、このノートにある『治癒力』って部分には少し心当たりがあって」
佳奈はテレビを見ている奈々の後ろ姿を心配そうに見つめる。
「奈々が四歳くらいの頃、階段を駆け降りた勢いのまま、途中で転がり落ちてしまったことがあったんです。慌てて駆け寄ったら意識はちゃんとあって、泣いていて。手首を見たらひどく腫れ上がっていて、絶対に折れていると思いました。でもその日は大型の台風が来ていて、どうにも車は出せないし、救急車を呼ぼうにも時間がかかって……とりあえず、腕を固定する応急処置をしました。次の日台風が落ち着いてからでも病院に連れて行こう、そう思ったんですけど、一晩明けたら腫れはすっかり引いていて」
見た目にも治っていた上、奈々自身も痛くない様子だった。台風はなかなか落ち着かず、結局病院に連れていけたのは階段から落ちてから二日後。その病院でも、奈々の腕を診た医者はどこにも異常はないと診断した。せめてレントゲンだけでも……と食い下がる佳奈に、医者はしぶしぶレントゲンを撮った。
「お医者様はレントゲンを見ながら『確かに折れていました。ですがもうくっついています。折れたのは数ヶ月前のことでは』そう言ったんです」
折れていないと言われるならまだしも、折れた骨が三日で治ったことになる。あり得ないと思いながらも、ほかに頭などの検査もしたが異常はないし、その件は自然と風化していた。
「それは確かに『常人以上の治癒力』に当てはまりますね。しかしこのワンピース、最初から佳奈さんに売ろうとしていたとしか思えない。それもおそらく、目的はこのノートを佳奈さんに渡すことだったんじゃないかと」
遥は
「まだ推測の域を出ませんが、佳奈さんか奈々ちゃん、あるいはその二人ともが、このノートを作成した人物に目をつけられている可能性があります。狙いは奈々ちゃんのその、治癒能力とか」
そう遥に言われて、佳奈は首を傾げる。
「でも仮に狙われているとして、このノートの存在を私に知らせては警戒されますよね。現に私、怖いですし。あ、でもワンピースを盗んでいたの、涼子さんの身内の方なんですよね? その男性に話を聞くことはできないのでしょうか」
すると涼子はまた大声を上げた。
「そうだ! こう見えて遥、探偵業みたいなことしてるのよ。今日ここに来てもらったのも、服がなくなる件を調査してほしいってあたしが依頼してね。だからこの際、この奇妙なノートのこともまとめて調べてみるっていうのはどう? あたしも付き合うわ。ね、そうしましょうよ」
涼子は自分の提案を遥に納得させるように、うんうんと何度も頷いていた。佳奈は不安げに眉を下げる。
「でも。今日会ったばかりで急にそんな、ご迷惑なんじゃ」
「いいえ。私も調査とはいえ、佳奈さんのプライベートなことに首を突っ込んで、不快な気持ちにさせたのではと気にしていました。なので、佳奈さんさえ良ければこのお話、お受けします」
「そんな。話を聞いてもらえてむしろ感謝しているくらいです。奈々に関することは私も気になりますし、調べて貰えると嬉しいです」
「そうですか。では、佳奈さんは奈々ちゃんやご家族のご都合もありますし、とりあえずこのノートをお借りして、私たちだけで調べてみます。何かわかったことや気づいたことがあれば連絡を取りましょう」
お互いの連絡先を交換し、遥と涼子はは佐伯邸を後にする。玄関先でバイバイ! と叫ぶ奈々に、笑顔で手を振り返したあと。帰路へと顔を戻すと、遥は歩きながら目頭を指で押さえた。
「話がややこしくなってきた」
「いいじゃない。依頼料は上乗せするし」
「当然でしょう。初めからこのつもりだったんでしょうから」
涼子は一瞬黙る。
「バレたか」
「バレるわ!」
遥は食い気味に言葉を重ねた。
「目的は何ですか? あんな回りくどいことをして、なぜ私を巻き込むことにしたのですか」
「巻き込むって。本当、愛想がないわ」
涼子は悪気もなさそうに、左手に持つハンドバッグをクルクルと回している。
「まず、蔵田さんから私のことを聞いたってあれ、嘘ですよね。考えてみたら、自分の雑用に割かれる時間が減るのにそんな人助けみたいなこと、あの人はしないです。それと服の盗難。おそらく盗まれていたこと、犯人が家政婦であることは事実。でもあなたはそれを最初から知っていたんでしょう?」
「あ、ほら。涼子」
遥は小さく咳払いをした。
「服が無くなっていることに気がついた、季節外れの雪の日の話。あれもまるで練習したみたいなエピソードでしたし。月に数回しか行かない私が、涼子さんの服を着ている家政婦さんを見ているんですから、気が付かないわけがない。本当は盗られていることをわかっていながら見逃していたんじゃないですか? それに、SNSの写真ひとつ見ただけで自分のワンピースかどうかなんて普通、判断できませんよ。ワンピースを買った袋の中にノートがあったことを聞いて、目的はここだと思いました。大体、佳奈さんに確認する為に見せていたあの写真、家政婦さんじゃなかったんじゃないですか? 佳奈さんが
涼子は吹き出す。
「さすがね。もう洗濯屋はやめてこっちを本業にしたら?」
その言葉に少しムッとした遥を見て、涼子は慌てて謝った。
「途中まですんなりいっていたからバレないかと思ったけど、やっぱり色々無理があったわね。そうよ。佳奈さんに見せた写真は初枝さんではなく白井くん。というよりあたし、そもそも白井くんに相談していたのよ。この件」
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