第3話 イタ子、知りすぎる

 ミカジメ領の領主、ナンテ・コッチャの降霊に成功したイタ子。ナンテの口から、コッチャ家の遺産相続について語られる。


 その前に、なぜかナンテは……コッチャ家の使用人の方をじっと見た。


「……?」


 怪訝な顔をする使用人、パンナからナンテは目をそらし、息子たちに向かって話を始めた。


「実はな……相続できるほど大した遺産は無いのだ」

「そ、そんな……!? どういう事ですか、父上!」

「そうよ! お父様の寝室に宝石箱がある事は分かっているのですよ!」


 ざわ……ざわ……。ナンテの言葉に虚を突かれたコッチャ家の面々。狂気の沙汰ともいえる空気が漂う。


「正確に言うならば、あの宝石箱くらいしかないのだ。あれも、そう大した価値は持たぬ。せいぜい金貨2000枚分と言ったところだ」

「2000枚……5人で等分するにしても一人当たり400枚か……」

「言い換えれば、一人当たり400枚受け取れるなら全部で金貨2000枚くらいの価値があの宝石箱には有るって事だな……」

「言い換えた意味あるか……? それ……」


 金貨400枚はイタ子やマシロから見れば高額ではあるが、領主の遺産相続として見れば大したことが無いのかもしれない。何だか混乱して意味のない事を口走るものもいた。


「いや、相続税も持っていかれるから、実際にはもっと少ない……」

「くそ、なんで遺産相続で税金を持っていかれるんだ……!」


 何やら生々しい話が始まる。領主の家系とはいえ、このヤンゴトナキ帝国の国民も税金にあえいでいるようだ。何だか親近感が湧いちゃうよね。


「済まないな、お前達……。大したものを残せなかった愚かな父を許してくれ……」

「父上……」


 その場にいた面々が皆俯いた。どうやら、領の財政面はエライ達の認識よりもずっと厳しい状況であったようだ。それは農作物の不況であったり、住民が暮らしやすいような支援のために使ったりした結果のようだ。しかし、無い袖は振れぬものである。有りものだけで遺産を分配するしかなかった。


「エライ。ミカジメ領とコッチャ家はお前に任せる。領主として、家長として……務めを果たせ」

「はい、父上。……せっかくお休みになったのに、呼び戻してしまい申し訳ありません」

「いいのだ。死んでも、私は子供が心配であった……。果たせなかったものを果たす機会が出来た事は幸運であった。イタ子殿とマシロ殿に感謝を。エライ、彼女らに礼は尽くしなさい」

「はい。勿論です」


 結局、エライが正式に領主となり、遺産も多めに受け取る運びとなった。宝石箱を開く鍵の場所もなんとか伝える事ができて、無事相続に関する問題は解決に至った。


 おおよそ予想通りであった今回の内容も、本人の口から聞かねばならないものもある。終活の大切さを、イタ子やマシロは何度も目の当たりにしてきた。今回は対して揉めずに終わったが、相続は往々にしてスッキリとは終われぬものである。残して去るものが明言する事は何よりも大切な事なのだ。


「ん……」


 イタ子の体が力を失い、膝をつく。マシロがすぐに駆け寄って、イタ子の意識を確認した。


「イタ子様、立てますか?」

「ええ……大丈夫。……いや、やっぱりちょっと手を貸して」

「はい。掴まってください」


 イタ子は多少ふらつきながらも、しばらくすると凛とした姿勢に戻った。


「お役に立てましたでしょうか」

「ええ。……少し気持ちを整理したいところですが、知りたいことは知ることができました。改めて感謝を。……パンナ!」

「はい。イタ子様、こちら今回の報酬でございます。お受け取りくださいませ」

「ええ。確かに」


 百枚もある金貨の袋は、それなりに重かった。イタ子は迷うことなくマシロにその袋を持たせた。マシロも慣れているので、何も言わずに受け取った。


「それでは、魔法陣の元まで馬車にお乗りください。パンナ、見送りを頼む」

「承知いたしました」


 コッチャ家の屋敷から移動用の魔法陣の場所まではそれなりに距離があった。行きは歩いたが、帰りは馬車を使えるのは二人にとってありがたい事であった。


 屋敷から出るために廊下を歩いている最中、マシロは肘をちょいちょいとイタ子に当てて小声で話しかけた。


(それで、何か面白い事は分かったっすか?)

(ええ、それなりにね。あとで話すから待ってなさい)

(はいっす~)


 イタ子の霊媒能力は、降霊し、魂の持ち主に話をさせる能力意外にもう一つ能力がある。降霊した魂の持つ情報を読み解ける能力だ。これにより、イタ子は魂の持ち主の記憶を辿って、通常なら知り得ない隠し事を知る事ができる。


 ちなみに、魂の持ち主もイタ子に記憶を見られたことは認識できず、当然拒否することもできない非常に悪質な能力である。イタ子は降霊中には体の主導権を失うが、その代わりに記憶を辿っていたのだ。


「イタ子様、マシロ様、帰りの馬車の準備が整いました。どうぞお乗りくださいませ」


 しばらくすると、使用人のパンナが出発の準備が整ったことを知らせに来た。


「ありがとうございます。……馬車は4人乗れるようですね」

「……? はい、そうですね」

「では、あなたも乗ってもらえるかしら。エライ様、しばし彼女をお借りしても?」

「え、っと……」

「深い意味はありません。私の従者は口数が少ないので、話し相手が欲しいだけです」

「……」

「何か、不都合なことがありましたか?」

「……いえ、分かりました。パンナがお役に立てるかは分かりませんが、どうぞ連れて行ってください」

「感謝いたします」


 イタ子がパンナを借りたのには当然理由がある。それは、ナンテの記憶を読み取った事と当然関係があった。

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