第2話 イタ子、霊を降ろす

 たどり着いた街の家をかき分けて歩いた先に、周りよりも明らかに格式が高そうな大きい城……というか屋敷が建っていた。見る人が見れば、なんだかちょっと休憩して愛を育めそうな見た目のこの建物こそが、今回の依頼主が住まう家である。


「ここが依頼主の家ね」

「はいっす。……使用人さんらしき人がいるっすね。話を通してくるっす」

「頼んだわよ」


 マシロが使用人に話を付けたら、目を見開いて大層驚いた顔をしていた。なぜなら、イタ子とマシロが依頼を了承した旨の手紙を出さずに直接来たからである。心の中で決意した時には既に行動に移している……イタ子とマシロはギャングチームのリーダーに準ずる『覚悟』を持ち合わせていたのだッ!


「まさか来ていただけるとは……! すぐに旦那様方に話をして参ります。少々お待ちを」

「よろしくお願いします」


 しばらくすると、ラ〇ホテルみたいな家から身なりの良い30代くらいの男女が計5名出てきた。文字にすると何だかいかがわしいが、彼らこそが今回の依頼主である。


「霊媒師のイタ子殿と、その従者殿ですね。お待ちしていました。ミカジメ領の領主代理のエライ・コッチャです」

「はじめまして、エライ殿。イタ子と申します。こちらは従者のマシロ。依頼を受けて参りました。どうぞよろしくお願いします」


 マシロはイタ子の3歩後ろで目立たぬように頭を下げる。仕事モードのイタ子は普段と違いちゃんとしているので、自身は出張でばらないように努めているのだ。


 そんな挨拶も程々の所で切り上げ、屋敷の応接間に移動してから依頼の話が始まった。豪華な装飾が施された部屋は、霊など寄り付かなそうな明るさであった。


「それでは改めて、依頼の内容を伺ってもよろしいでしょうか」

「ええ。勿論です。……領主であった私達5人の父が急逝きゅうせいしてしまったのですが、困ったことに遺産の相続に関しては誰にも告げず、遺書を残す事も無かったので相続の配分で揉めていた所なのです」

「それで、私の霊媒能力で御父上の口から直接話を聞こう……と思ったと」

「その通りです。どうか、お願いできますでしょうか」

「当然です。そのために参りましたので。……ただしその前に、少し落ち着きのある暗めの部屋があれば、そちらに移動させて欲しいです。この明るい部屋では、霊を降ろすのに不都合なので」

「分かりました。案内させましょう。パンナ、頼むぞ」


 エライが顔の横で手をパンパンと叩くと、使用人がシュバって来た。パンナと呼ばれたその使用人は、屋敷の前にいた妙齢の女性である。


「かしこまりました。旦那様」

「あと、御父上の遺品をお借りさせていただければと思います。身に着けていた物だとより効果的なのですが……」

「はい。そちらも用意させます」


 パンナの案内で一行は清掃が行き届いているが薄暗い部屋に移動した。イタ子は辺りを見回して頷き、不敵な笑みを浮かべた。


「ここでしたら問題ございませんね」

「イタ子様……大旦那様の遺品ですが、こちらでも問題ないでしょうか」


 そうして渡されたのは、成人男性サイズのブリーフであった。身に着けている物を希望はしたが……予想外の品を渡されてイタ子は不機嫌になりそうだった。


「あのですね――」

「金貨百枚(ボソッ)」

「ええ。問題ございませんよ」


 マシロの一言で失言しそうな所を持ち直し、笑顔を見せたイタ子。金の為だと自らに言い聞かせ、なけなしのプロ根性を振り絞った。


 しかし問題がある。イタ子の霊媒では、故人の遺品をイタ子自身が身に着ける必要があるのだ。つまり、成人男性用のブリーフを、嫁入り前の生娘であるイタ子が履くことになるのだ。


(金貨――)

(分かってるわよ! 少し黙ってなさい)

(はいっす)


 とはいえ素肌に直接身に着ける必要はない。イタ子は仕事着の上からブリーフを履いた。成人女性のあられもない姿に絶句する依頼主たち。ブリーフを持ってきたパンナも引いている事には、流石にプロ根性をぶち抜いて怒りが爆発しそうになるイタ子だった。


「それでは、始めます」


 全ての感情を遮断して、イタ子は正座で座り、呪文を唱え始めた。本格的な雰囲気をかもすイタ子に気圧けおされるマシロ以外の一行。しかしマシロはあの呪文が適当なものだと知っている。


 無言でも降霊は可能なのだが、霊を降ろすまでに結構時間が掛かる。その間、依頼主たちはイタ子の邪魔をしないように沈黙を貫くのだが、イタ子はかえってその沈黙を苦痛に感じるタイプなのだ。その沈黙を誤魔化すための工夫が適当な呪文の詠唱なのである。


 しばらくすると、イタ子の呪文を唱える声が急に小さくなり、イタ子がうなだれた。降霊をすると大体こうなり、イタ子は意識を失う。


「降霊が成功しました。状態を確認するため、少々お待ちください」

「は、はい……!」


 マシロは普段と違う丁寧な口調でエライにそう告げた後、イタ子の側まで歩き、小声で語り掛けて反応を確かめた。特に反応が無かったのでペシペシと軽く叩くと、ようやく反応が返ってきた。


「あなた様はミカジメ領の領主、ナンテ様で間違いありませんか?」

「ん……ああ、私はナンテ・コッチャだ。君は一体……?」

「私は霊媒師イスルギ・イタ子の従者、マシロと申します。実はかくかくしかじか、チピチピチャパチャパでして……」

「なるほど……ドゥビドゥビダバダバという事か……」


 マシロの無駄のない華麗な説明で、イタ子の体に憑依したナンテも状態を完全に把握できた。


「エライ様。ナンテ様の意識が明瞭になりました。今ならお話しできます」

「おお……父上、なのですか?」

「ああ。エライ。私が迷惑をかけたみたいだな……」

「いいのです。それより、遺産相続についての話をしましょう」


 そして、ナンテ・コッチャの口から驚きの言葉が飛び出すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る