第8話 お茶目なオルドさんと平和な午後
「今日はもうクエスト無いから、クーの手伝いしてあげて」
今日も今日とて朝からモチモチソウの採取。
そのもっちりどもを冒険者ギルドのカウンターに提出して手続き待ちをしていると、リセルがそんなことを言った。
昨日は午後もリセルの別の採取クエストに付き合ったけれど、今日はもう仕事が無いらしい。
リセルはこの後買い物があるとかで、手の空いた俺は先にクランへ戻ることにした。
◇
「クァリス先輩、何を手伝えばいいでしょう?」
「んー、みんなのおせわは、もうおわっちゃったからどうしよう。あとは……あすとのおせわ?」
「うん、俺もお世話されないと生きていけないもんね……」
「あはは、じょうだんだよー!」
クァリスの冗談に乗ってみたけれど、何か最近それが事実なんじゃないかという気がしてきて怖い。
「あ、さいえんの草とりおねがいしよう!」
「草取りか」
「カゲトラじゃ、おやさいまで食べちゃうから」
「おお」
へへ、カゲトラさん。
あんたにも出来ない仕事があるんっすね。
何だか嬉しくなる。
俺のクラン内序列が3ポイントくらい上がった気分だ。
◇ ◇ ◇
「ふふ。こんなもんか」
春のまだ柔らかな雑草たちは、俺の敵ではなかった。
小さな家庭菜園は小一時間ほどの作業ですっかり綺麗になってしまった。
土まみれの作業用手袋を払いながら得も言われぬ達成感に浸っていると――、
「あすとー、ごはんにするよー」
と、本館からクァリスの声が響く。
もうそんな時間か。
10歳の幼女にご飯を用意してもうらう俺。
だけど今日はちゃんと仕事をしたから罪悪感は薄いね!
「オルじいもよんできてー」
「了解ー」
マリアさんは普段夕方までクエストで外出しているようで、お昼は外で食べているらしい。リセルはクランで食べることが多いけど、今日は遅くなるからお昼はいらないと言っていた。
クランの皆が外でせっせと働いているというのに、居候の身分でこうしてのんびり庭仕事だけしてお昼まで出してもらうなんて……ダメ人間度が増す一方だ。
でも、ごはん食べなきゃ生きていけないもんね。
ありがたくいただきます。
◇ ◇ ◇
軽い昼食が終わると、クァリスは自分の部屋に消えていった。
お昼寝の時間らしい。
うん、子供らしくていいね。
やることが無くなった俺は、本館横のデッキの椅子にのんびり腰を下ろした。
晴れた空の下、遠くには緑の丘が広がる。
庭ではニワトリたちがコッコと鳴きながら歩き回り、乳牛のユキジィさんも放し飼いの時間なのか、ゆったりと散歩している。
そしてそのユキジィさんの背中には、得意げな顔のカゲトラが乗っかっていた。
いやー、平和だなあ。
というか暇だ……。
俺もお昼寝したくなってきちゃう……。
(……魔導具弄りとかしたいなあ)
ぼんやりしていると、そんな欲求が湧いてきた。
冒険者学院を卒業して以来、全くそういう機会がない。
学院にいた頃は設備も素材も好きに使えていたけれど、卒業しちゃうとどうしようもない。
魔導具開発工房への就職も一度は考えた。
けれど、教授に両肩を掴まれて「おまえは趣味の範囲で続けたほうがいい……」と諭され、まあ確かに仕事でやるのは違うかなと思い直した。
ちなみに学院で開発した諸々は学院の備品扱いなるので俺が持ってくるわけにはいかなかった。
何品かはダメ元で貸与申請だけはしてあるけど、あれってどうなったんだろう?
そんなことを考えていると、どこからともなく現れたオルドさんが、ゆっくりと隣の椅子に座った。
「…………」
「…………」
「……アスト君――、と言ったかの?」
「え? あ、はい!」
「ありがとうな。あの子たちの手伝いをしてくれて」
おお、今日のオルドさん、いつもと様子が違う。
っていうか、初めて名前を呼んでもらえた!
マリアさんが「調子の良い日もあるのよ」と言っていたが、これがそうなのか!?
「このクランに人が来るのも、ほんに久しぶりじゃて。みんな楽しそうにしとる」
「そ、そうなんですか」
「ええ人が入ってくれて、よがったよがった」
「は、はい……」
頭がはっきりしているのはいいんだけど、その点は突っ込まれると心苦しい。
すみません、俺、仮入団なだけなんです……。
すぐに出て行ちゃう居候なんです……。
「あの――オ、オルドさんも冒険者なんですよね。職は何なんですか?」
このままでは俺の心臓がきついので、強引に話の軌道を変更する。
オルドさんの職は前からちょっと気になってたんだよな。
「わしか? わしは、……実は――勇者でな」
「――え!? ホントですか!?」
「かかかッ、ウソじゃ」
しわくちゃの顔でイタズラっぽく笑うオルドさん。
ほんの一瞬だけど信じちゃったよ!
このおちゃめ爺さんめ。
「
オルドさんは今度は本当っぽい顔で言う。
「おお、すごい! そうなんですか!」
「かか、今は下がりに下がってEランクじゃがの」
上位になるほど昇格が難しくなる冒険者ランク。
冒険者の70%くらいはCかDだし、Bランクってたしか10%くらいしかいなかったはず。
このクランの番頭をしていたという話だし、納得だ。
ちなみにAランクは全体の1%程度。
王都には約10,000人の冒険者がいるらしいので割合的には100人くらいか。
まあ王都は高ランクが集まりやすいので、もう少しいるかもしれない。
そしてSランクとなると、0.001%とかそういうレベル。
王都にも1人、2人いるかどうかだ。
「そうじゃな……、どれ。見せてやるか」
オルドさんはそう言うと、ゆっくりと細い皺だらけの腕を持ち上げる。
そして、
「スティール」
と、静かにスキルを発動させた。
そしてその声とほぼ同時に、手の平に魔石が現れた。
「え、あ……、俺の?」
俺がいつもローブに忍ばせているものと同じに見える魔石。
ポケットを叩くと確かに無くなっている。
「おお! 全然スティールされた感触なかったです! キレすごいですね!」
「今でもまあ、こんな手品みたいなことだけはな」
オルドさんは魔石を指で掲げながら「かかか」と笑う。
これだけお年を召されてもスキルは健在なのか。
しかも同じスティ-ルでもかなり技のレベルが高い。
「……もう十年若ければのう、あの子たちの手伝いをできたんじゃが」
「今は、……さすがにクエストは、無理ですか?」
「そうじゃなあ、逆に迷惑をかけてしまう」
オルドさんは溜息をつきながらクランの庭に目を向ける。
いつも杖を持ち歩いているし、クランの外に出ることすら大変そうだしな……。
「オルドさんは、このクランにずっといるんですか?」
「一度引退しとるが、28歳の時からおるぞ」
「あ! もしかして、初期メンバーですか?」
「そこがちいと惜しいんじゃがな。ここが出来て一年くらいで入団したんじゃよ。初期メンバーと言えれば格好良かったんじゃがのう」
『翠の丘と蒼い海』は今年で創立51年目だという。
その2年目から在籍していたというのは凄い。
そうか、じゃあ最優秀クラン賞を獲った時のメンバーでもあるんだ!
「最優秀クラン賞、獲ったことあるんですよね!」
「昔の話じゃがな。よう知っとるな」
「え、その時ってどんな感じだったんですか?」
「あの年か? あの年はなあ、ちょうどマリアたちの父親が冒険者になった年でな。”当り年”だったんじゃ」
オルドさんは懐かしそうに言葉を続けた。
マリアさんたちの父親が14歳で冒険者になったこと。
そのまた父親──マリアさんたちの祖父──が相当に張り切っていたこと。
受けたクエストも、未発見の遺物が見つかったり、ネームドの魔物を倒せたりと思わぬ幸運が続いたこと。
つい先日のことように、オルドさんの口から昔話がこぼれていく。
「本当に長くいるんですね……」
「あの子たちの父親が、4歳の時じゃったかな。このクランに来たのは」
「へえ……。じゃあ、マリアさんたちって、もうお孫さんみたいな感じですかね」
彼女らの父親でさえ子供頃から知っているとなると、その娘たちともなればさぞかし可愛いことだろう。
「……実はのう、血は繋がっとるんじゃよ。……あの子たちは知らんがの」
「――え!? そうなんですか!?」
「かか、ウソじゃ! 繋がっとらんよ?」
また楽しそうに笑うオルドさん。
このお茶目爺さんめ!
話の流れからすればそんなわけないのに、俺、すぐ信じちゃうからやめて!
調子の悪い時は分からなかったけれど、こっちがオルドさんの素なのだろう。
いつもこうだといいのにな。
まあただ、ご高齢者の冗談というのは若干困る面もある。
ボケなのか、それとも本当にボケちゃってるかその判別が……。
オルドさんは俺をおちょくることに満足したのか、それとも話し疲れたのか、椅子に深く沈み込んでクランの庭を眺め始めた。
俺もそれにならって、雑草がまばらに生えた寂れた庭に目を向ける。
(Eランク、か……)
オルドさんは何気なくそんなことを言った。
冒険者ランクは上がるだけでなく下がることもある。
でもそれは重大なミスや違反、あるいは数年間クエストを受けていないなど、よほどのことがない限り起こらない。
Bランクまで上がった冒険者の多くは、その誇りを持ったまま引退する。
それが普通なんだ。
それなのに、クエストをこなすことが出来ずにランクがEまで下がってもなお、冒険者で居続けている――。
この『翠の丘』を存続させるためだということは、容易に想像がついた。
(…………)
歳を取って冒険者でいられなくなること。
今の俺には想像もつかないけれど、いずれは行く道なんだろう。
どんな思いでオルドさんがこのクランに冒険者として居続けているのか、どんな思いでこの誰もいない庭を見つめているのか、その重みが胸に響いてくる。
「……俺――、ここにいる間は、出来る限りお手伝いしたいと思います」
クランの庭を見つめながら、俺は静かに言った。
まあ、今はやることなくなっちゃって、ぼーっとしてるだけなんだけど……。
「……うむ」
オルドさんは目を伏せながら静かに頷く。
そして、
「――で……、……どちらさん……じゃったっけ?」
と、小首をかしげた。
「あ……、アストです! 今、お世話になってる――」
言うと、オルドさんは「ほえー」と生まれて初めて出会った生き物を見るかのような目で俺を見てきた。
ああ……、また戻っちゃったか……。
「おぉ……、出入りの商人さんか……。よろしくなぁ」
「あ……、はい……」
苦笑いしながら答える。
まあお年寄りとの付き合いは、こんなもんだよね。
あれ、そういえば。
さっきスティールされた俺の魔石って、ちゃんと返してもらえる、よね……?
◇ ◇ ◇
そんな風に『翠の丘』の手伝いの日々が数日続いた後、冒険者ギルドから一通の手紙が届いた。
打診していたクランのいくつかから、体験入団の許可の返事があったとの内容だった。
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