第7話 初めてのお手伝い。初日から年下先輩に叱られました。

 昼は冒険者ギルドでエリナさんに手伝ってもらって資料漁り、夜は『翠の丘』でマリアさんの美味しい手料理を――。

 なかなかいい生活を送っているなぁ、俺。

 ……って、それってリセルの言う通り、ただの居候じゃないですか?


 そう、これで三日目である。

 いくらかの宿代は払っているとはいえ、さすがに心苦しい。

 下手に何か手伝いをするよりも、なるべく早く出て行かれるように次のギルド探しを優先していたんだけど、もう少し時間がかかりそうである。



 そう思って夕食の席で聞いてみる。


「あの、俺もクエストのお手伝いとかできたりしませんか?」

「え!? 手伝ってくれるの!?」


 と、マリアさんは目を輝かせる。


「はい、取りあえずギルドのほうに手続きはしたので」

「それは良かったね! 気に入りそうなクラン、見つかった?」


 実は山のような資料を読んでいたら、逆に何が何だか分からなくなってきた――なんて言えない。

 その時、救いの文字が目に入った。――『体験入団可』。


「『体験入団』っていうのを試してみようかなって」

「あ……、そ、そうなんだ」


 マリアさんは何だか、ちょっとだけ微妙な顔をする。

 ん?


「えっと、じゃあまだうちに籍は置いたままってことだね」

「はい、もう少しだけお世話になります……。で、連絡来るまで、何かクエストの手伝いできればと思って」

「ありがとう! 助かるよ!」


 届けはギルドに出してあるので、あとは連絡待ちだ。

 王都の宿よりも格安で、しかも美味しい食事付きで気楽にすごせてしまっているし、そのくらいの手伝いはさせてほしい。


「あすと、ぼうけんしゃのがっこう出てるんだもんね、きたいしてるよ」

「クエストの手伝いより、クァリスの手伝いをしたほうがいいかな?」

「ううん、あたしはだいじょうぶ。ユキジたちのせわは、あたしのしごと」


 あれ、俺よりも全然しっかりしていらっしゃる……?



「じゃあ明日はリセルのお手伝いしてくれる?」

「……え、やだ」


 マリアさんが言うと、俺が反応するより早くリセルが即答した。

 

「マリ姉の手伝いに連れて行けばいいじゃん」

「んー、だって私のほうは明日は荷物の配達だから。アっくん、住所わからないだろうから一人でお願いできないし。二人いてもはかどるわけじゃないよ?」

「う……」


 見ているとこのクラン、どうやら役割分担ができているらしい。

 長女マリアさんは、配達などの外での手伝い系クエスト。

 次女リセルは、薬草採取などの軽作業的クエスト。

 三女クァリスはクランに残って動物たちの世話。

 オルドさんは、……何やってるんだ?

 まあ、どう見ても引退の年齢だからゆっくりしていてくれればそれでいいよね。

 そして俺はもちろん、居候。


「ね、アっくん。リセは今、ポーションの材料を採取するクエストをやってもらっているの。その手伝い、お願いできるかな?」


「…………。……朝、早いからね。寝てても起こさないから。おいてくから」


 リセルはそれだけ言うと、ぷいと横をむいた。




   ◇ ◇ ◇




 翌朝。

 まだ日も昇りきっていない王都近郊の森で、俺はリセルの後について歩いていた。

 ……眠い。


「リセル、いつもこんな早いの?」

「…………」


 返事がない。

 ただのいつものリセルだ。


 会話を諦めかけていたがリセルがぼそっと口を開く。


「……別に、いつもじゃない。今頼まれてるのが早朝じゃないとダメなやつだから」

「へえ。そういうのもあるんだね。ポーションの材料だっけ。俺、薬学とか全然知らなくて」


 なぜなら興味ある科目しか取らなかったからだ。

 冒険者学院は『個性を伸ばす』という素晴らしい方針で、好きな授業だけ受ければ良い天国だった。

 中には満遍なく様々な授業を受けていた生徒もいたけれど、俺は魔法関係のものしか取らなかったしな。

 全部の授業を最低基準クリアしなきゃいけないタイプの学校だったら、間違いなく留年していただろうことは断言できる。うん。


「『翠の丘』では、だいたいこういうクエスト受けてるの? マリアさんの配達クエストとか、この採取クエストみたいなのとか」

「……まあ」

「マリアさんと一緒にはクエストやらないんだ」

「簡単なクエストだから。それぞれやったほうが効率がいい」

「クァリスは動物たちの世話してるみたいだし、みんなしっかりしてるな」

「あなたがしっかりしてないだけ。あと、黙って歩いて」

「あ、はい……」


 リセルは俺を振り切るように足を速める。

 まあこのくらいの速さが俺の普段のペースなので丁度よくなっただけなんだけど、それを言うとまた怒られそうなので黙っておこう。




   ◇ ◇ ◇




 森を歩きながら、ふと冒険者ギルドのシステムについて考える。


 ギルドに持ち込まれるクエストには色々な種類がある。魔物の討伐や素材の採取、商人の護衛など。

 そしてそれらは一回限りの単発クエストと、工房や調薬所のように定期的に素材を必要とする継続クエストに分かれる。


 個人の冒険者は腕は立つが、明日には別の街に行ってしまうかもしれない。そのため継続クエストは、安定性が求められるクランに任されることが多い。



 今リセルが受けているのは、魔物のほとんどいない安全区域での採取の継続クエストのようだ。

 ただ危険が少ない分、報酬も控えめなはず。

 数日滞在して感じたのだけれど、正直『翠の丘』の経営状態はかんばしくないようだし、もう少し報酬の良いクエストを受けたほうがいいようにも思える。

 だけど……。


 クランに置いてあった装備を見た感じ、マリアさんは中くらいの大きさの盾と剣を持つ『剣盾』だろうか。

 リセルは今装備してるもの──小さな弓と腰のナイフ──からすると、まだ『ノービス』寄りの『弓使い』くらいか。

 オルドさんは……杖を持ってるけど、あれはただの歩く補助の杖だよな?

 この布陣で討伐系のクエストに挑むのは、さすがに無謀だろう。



 そもそもクランの経営は簡単ではない。

 確かに優遇される面はあるものの、消化しなければならない義務がある。

 収入がゼロでも払わねばならないクラン税などの固定費の負担も大きい。

 メンバーが安定していてクエストをこなせている健全な状態ならいいが、そうでないと途端に厳しくなる。


 ――と、最近ギルドで色々読んで知った。



(ここのクラン、多分、もう解散して個人冒険者としてクエストを受けてやっていくほうが、ずっと楽なはずなんだよな……)


 冒険者ギルドで見た資料によれば、『翠の丘』は五十年ほどの歴史があるらしい。

 そして一度とはいえ、最優秀クラン賞も獲っている。


 そうなると、やっぱり簡単には解散に踏み切れない心情もあるのかな……。



「…………」


「…………。……ちょっと」


 額に眉を寄せて考え事をしながら歩いていると、いつの間にかリセルが横に来ていた。


「……ん?」


「急に黙り込んで自分の世界に入らないでよ。……怖いじゃない」


 ちょっとむくれたような顔で見上げてくるリセル。


 黙れと言ったり、黙るなと言ったり。

 もう何が正解なのか分からない……。




  ◇ ◇ ◇




 やがて木漏れ日の差し込む開けた場所に出る。

 リセルが腰をかがめ、奇妙な草を指さした。


「これ。モチモチソウ」


 葉は緑だが、茎の部分が白くてもちもちふにょふにょしている。

 名前の通りすぎる草だ。


「ちょっともちっとしてるけど、引っ張ればちぎれるから。なるべく根元のほうから切って」


 そう言うとリセルは近くにあった草を一つ二つ、器用な手つきでもっちもっちとちぎり、カゴに収めていく。

 俺も真似して採ってみる。

 うお、なんだこの感触。

 気持ち悪いような、クセになるような。


「これ、どのくらい採るの?」

「……できるだけ。この辺一帯にあるくらい」


 リセルは自分の周りを円で指し示した。

 もっと奥にもたくさん生えているが「採りきれないから」とリセルはいう。

 ん、なかなかの量だな。


「ほら急いで。一時間くらいすると枯れちゃうから。あとこの辺り、ホーンラビット出ることもあるから気をつけて」


 モチモチソウはどうやら朝早い時間帯に生えて、すぐ枯れてしまう一日草らしい。

 ただし一旦ちぎってしまえば午前中くらいは枯れないままでいるので、急いでギルドに納めに行くのだという。




  ◇ ◇ ◇




 もっちもっち。もっちもっち。

 黙々と作業を続けるリセルと俺。

 最初は面白かった感触も、百本目を過ぎた頃からただの作業になってきた。

 続けてやっていると結構指に力がいるね、これ……。


「ねぇリセル。採るの多ければ多いほどいいの?」

「? ……そうだけど」


 そっか。

 なら手作業より魔法を使ったほうがたくさん採れるし楽だよな。

 そう思い、俺はカゴを置くと、リセルとは反対方向のモチモチソウに向けて両手を突き出し小さく詠唱を始めた。

 風の精霊に願いを込める。

 手元に集まってくる風の魔素。

 それを、小さく細く、たくさんのイメージに固めていく。


「――ウインドカッター!」


 小さないくつもの風の刃が走った。

 三十本ほどのモチモチソウが根元から切り離され、スパッと宙に舞う。


「あ――、ばかっ!!」


 リセルが突然声を上げた。


「何してるの!? 魔法なんか使ったら、モチモチソウ、ダメになっちゃうでしょ!?」

「え? そうなの?」

「常識でしょ!? ほら、硬くなっちゃったじゃない!」


 言われて拾い上げてみると、今刈り取ったモチモチソウはもちもち感を失い、干からびて岩のように硬くなってしまっていた。

 どうやら魔力に反応して変質するタイプの草だったらしい。


「あなた、冒険者学院卒業してるんじゃ……ないの? ……経歴詐称?」


 リセルの目が半分くらい閉じられ、そこに強い疑惑の色が浮かぶ。


「ちゃ、ちゃんと出てるって! や、薬学とかは知らないんだってさっき言ったじゃん!」


 思わずどもってなおさら怪しくなってしまった。

 くっ……、無職かつ居候で肩身が狭いのに、学歴詐称疑惑まで……!

 得意な魔法でちょっと格好の良いところを見せようと思ったらこれです……。


「てか、ごめん。他のは――リセルが採ったのとか大丈夫?」


 俺は自分の籠の中の、手で摘んだ分を確認しながら言った。

 魔法を使ったことで、せっかくリセルが穫ったのまで駄目にしてしまっていたら本当に申し訳がない……。

 

「あ……、採るときに切り口に魔法が触れると駄目なだけだから。もう採ったのは大丈夫」


 リセルは続けて、「分かったら、手で摘んで」と俺に背を向け、また作業に没頭し始めた。


 リセルはおそらく14歳になったらすぐに冒険者登録しているだろうし、一年以上このようなクエスト続けてきているのだろう。

 学院卒業生のほうがスタート時のランクは高いとはいえ、冒険者としてはリセルのが先輩である。


「……ねえ、学院出てる人って、みんなそんなもんなの?」

「いや、他のみんなはそんなことないと思うよ」


 でも、これでも俺、首席で卒業したんだよ?

 と言いかけたが、そんなことを言ったら同期全員が同じ目で見られる気がしたのでやめる。


 ねえ同期のみなさん。

 あなたたちの代の首席は今、ちゃんとしたクランにも就職できず、初級者向けのクエストで失敗し、年下の初級冒険者(でも先輩)の女の子に怒られていますよ……?



「……あと二十分くらいで枯れ始めるから」

「あ、もうそんな時間か」

「急いで」

「はい、先輩!」


 言うと、リセルはまた半目になりすごく鬱陶しそうな顔をした。




   ◇ ◇ ◇




「おかえりー! どうだったー?」


『翠の丘』に帰ると、クァリスとヤギのカゲトラが出迎えてくれた。

 今日も元気そうだな、カゲトラー。


「あすと、ちゃんとお手つだいできた?」

「んー、……まあまあ?」


 あれからは特に問題もなく――途中ホーンラビット数匹が出たのをリセルが弓で追い払ったくらいで――、無事王都の冒険者ギルドにモチモチソウの納品を済ませてきた。

 朝早くから一仕事終えるのはなかなか充実した気分である。


「……カゲトラの半分くらいは、役に立った」


 が、リセルさんの評価はシビアだった……。


 そうか、お前の半分かカゲトラ。

 半カゲトラ前だな、俺……。

 このクラン内の序列を覆すには、まだまだ時間がかかりそうである――。






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