第9話 体験入団、ブラッククラン、家に帰れば三姉妹(+お爺(ry
『体験入団』とはその名の通り、入団の体験だ。
うん、そのままだね。
仮とはいえクランに所属する『仮入団』とはまた別物で、いわゆる見学である。
そのため、たとえ体験中にクエストで怪我をしてもクランからは何の保障も無い。
というかお給金も出ない。
資料だけでは分からなくなってきたので、こうなったら思い切って色々なクランを経験してみたほうがいいのではと思い申請してみたのだ。
こういう、取りあえずぶつかってみて――というのはキャラじゃないんだけど、さすがにもうそろそろ無職を何とかしないと……。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、体験くんはこれお願いね」
一件目の体験入団のクラン。
書類確認もそこそこに『体験くん』という安易なネーミングをされ、いきなり鞄を渡される。
そして、「すぐ入れるクエストがあるから!」と言われ、鉱石採取のクエストに連れていかれた。
他の体験入学者数名――全員『体験くん』と命名された――と一緒に、馬車が通れないような細い山道を二時間ほど歩き、採取場へ。
そこで一時間ほど鉱石を採取し、帰りは体重の四分の一くらいはありそうなその鉱石を背負って行きと同じ道のりを帰ってきた。
ねえ、俺、魔術師だってエントリーシートに書いたよね?
っていうか、募集要項に書かれていたことと全然内容が違うんですけど……?
と混乱しつつ、他の体験入学者と共に汗だくになってクランの床に座り込んでいたら、
「じゃあ次の現場行こうか!」
と悪魔のような言葉。
足と腰が死ぬかと思って一日で辞めた。
◇ ◇ ◇
「重い荷物運びとかの肉体労働は、無いですよね?」
二件目のクラン。
前日の筋肉痛でぷるぷるしながら、肉体を酷使する労働ではないことだけは重々念を押して確認する。
二日続けて肉体労働なんかしたら俺の筋肉しんじゃうから。
「ああ、そんなのないない! 座ってるだけの簡単なお仕事だから!」
との確約を得たが、座っているだけ――という言葉に一抹の不安を覚える。
そして、
「ここでお客さんの相手して。笑顔で相づち打ってるだけでいいからね!」
と言われ、何も分からないままクランハウスの窓口に座っていたら、来たのはクレームのお客さんの山だった。
昼休みもなく、夕方までクレームの対応。
対応というか、お客さんの話を延々と聞いて、ひらすら頭を下げるだけ。
いったい何の話なのか一切把握してないので、何を謝っているのか自分でも訳が分からない……。
心が死ぬかと思って一日で辞めた。
卒業式の級友たちの『アストなら初日で辞めるだろ』という言葉が頭の中でグルグルしてたけど、こんなの仕方ないよね!?
俺が悪いわけじゃないよね!?
◇ ◇ ◇
「あー……、やっぱりね……」
『翠の丘』の本館、台所で夕飯の支度をするマリアさんの目が、「かわいそうな子」を見るような温かさを帯びていた。
「体験入団って、お給料出さなくていい便利な制度だから……ちょっと良くない使い方するクランさんもあるって話を聞くのよね」
つまり、ただ働きの労働力として使われていたと。
クラン側としては、「うちではいつもこういう仕事もしてますから。その体験ですから」と言えばそれっきりだし、違法かどうかの線引きは難しいらしい。
「言っておけばよかったね。ごめんなさい……。アっくん張り切ってるみたいだし、そうそう悪いところに当たるとは思わなかったから。でもほら、無理やり入団させられるほど悪いところじゃなくてよかったね。運がいいんだよアっくん!」
これで運が良いのか、俺……?
……。
それにしても あれだけ資料をじっくり読んで、良さそうなところを選んだのにどういうこと?
っていうか、そもそもその資料が実際の仕事内容と違っているんじゃ、もうどうしようもない。
初日のクランも二日目のクランも討伐クエストが中心とあったのに、「今日は討伐はちょうど受けてなくて」「ああ、それはまた後日体験してもらうよ」と言われて別の仕事をやらされた。
もしかしてこれ、美味しい話には裏があるというやつなのか?
学院の様々な本や資料は、基本的に”正しい”──後年間違っていると証明されるようなことはあるにしても──ので、それと同じように判断してしまっていた。
まさか、より良いと思ったものほど罠になっているなんて……。
……あれ? 俺ってもしかして、いいカモ?
「はぁ……」
居間のソファにぐでっと倒れこむ。
精神肉体共にやられ、動く気力がない。
本館はこのクランの人達の生活の場なので必要以上に長くいるのは恐縮してしまうし、帰宅の挨拶だけで戻ろうかと思ったのだけれど、もうちょっとだけ……。
「あすとが、しんだめをしている」
ソファに横たわる俺をクァリスが不思議そうな顔で覗き込んでくる。
何か、学院のクエスト実践で高ランク魔物の群れと対峙したときよりきつい……。
「……毛布、いるかえ?」
肩をぽんぽんと軽く叩かれる。
いつの間にかやってきたオルドさんが、とても優しい顔で薄い布を――マリアさんのナイトウェアらしき衣類を──俺にかけようとしてくる。
いや、お気持ちはありがたいです!
ありがたいけど――それはまずい!
「……あなた、要領悪そうだし、世間知らずみたいだし。……大丈夫なの?」
リセルがオルドさんの手を握り、そっと衣類を取り返し、またいつものロッキングチェアのほうへ連れて行く。
俺が弱っているからか、さすがのリセルさんも同情的だ。
だけどこの三姉妹もヴィーや卒業生のみんなも働いているんだよな。
っていうか、動物たちだって働いている。
俺、いまだに働いてない。
オルドさんと同じかあ……。
ん、いや、オルドさんは正式なクランメンバーだから、給料が出て……いる!
俺、卒業して以来収入ゼロ。
ニワトリ以下の冒険者――。
「あう」
そんなこと考えていると、突然カゲトラが背中に乗ってきた。
本館にはたまにニワトリたちやヤギのカゲトラも入ってくる。
さすがにウシのユキジィさんは入ってこないが。入ってきたそうにはしていたが。
「お……、あー……」
凝った背中のツボを、カゲトラのちっちゃい足がちょうど良い感じに押してくれる。
癒しの天使か……。
「きにいられたみたいだね、あすと」
「そうなの?」
「カゲトラ、きにいった人にのりたがる」
カゲトラにふみふみされてだらしない顔をしていると、
「……カゲトラ、おいで」
と、リセルが四つん這いになっていた。
どうやら俺に対抗しているらしい。
それを見たカゲトラは喜んでリセルのほうへスキップしていき、その背中に飛び乗った。
ああ、カゲトラ……。俺のツボ……。
カゲトラを取り戻し、自慢げな顔で俺を見るリセル。
髪の毛をカゲトラにむっちゃむっちゃ――としゃぶられてるけど、いいのそれ?
「じゃあ、あすとにはあたしがのる!」
と今度はクァリスが背中に乗ってきた。
何が「じゃあ」なのかは分からないが。
「ん。おにーさん、こってますねー」
クァリスは俺の背中に指を当ててぐりぐりとマッサージを始める。
「あ゛ー、そこ……、――お、おお゛っ」
カゲトラ以上の癒やしの天使降臨だった。
思わず声が漏れちゃう。
やばい、クァリスさん、テクニシャン……。
◇ ◇ ◇
「アっくん、さすがにお風呂入りなさい」
夕飯後、お母さんに言われるみたいにマリアさんに言われた。
洗浄魔法かけてるから大丈夫ですよと言うと、「洗浄魔法だけじゃ落ちない汚れもあるし、疲れも抜けないの!」と、怒られた。
お世話になっているし、このクラン事情からすると風呂の水の用意とかも楽じゃないだろうし、それで控えていたのだが。
ん、別にお風呂が嫌いなわけじゃないよ?
一ヶ月に一度くらいは入りたくなるし。
嫌いじゃないよ?
◇ ◇ ◇
結局、渋々と風呂場にやってきた。
まだ肌寒い空気の中、脱衣所で衣服を脱いで中に入る。
と、実家や学院の寮にあるものとはだいぶ違う、一人専用というか、かなり小さい風呂釜があった。
(ん? これ……、どうやって入るんだ)
実家や学院の寮にあったものは、釜の横の魔石で簡単にお湯が沸かせた。
だけどこの釜にはただ冷たい水が張ってあるだけで、給湯設備らしきものは見当たらない。
あと、中には何か木の板が沈んでるし。
取りあえず中に落ちてしまったらしい木のフタ?を取り出す。
(ま、ファイアボールで温めればいいか)
わざわざまた服を着て、沸かし方を聞きに行くほどのことでもない。
「ん」
俺は集中し、火と風の精霊に願いを込めた。
火の球を練り上げていく。
その周囲には厚い風の層。
出来上がった両手ほどの大きさの光るボールを手にとると、ふわっと柔らかい熱が手のひらに伝わってくる。
火魔法と風魔法との混合であるファイアボールの派生版だ。
学院時代に魔法再構築をして上手くいった俺のオリジナル魔法、ほんのり温かい『
寒い日はこのまま抱いていてもいいし、もっと小さくして服の中に入れておいてもいい。何かと便利である。
これを。
こうして、風呂の中に落として。
それから周囲の風の層を一部少し薄くしてやって――と。
ボコボコ――。
供給する魔力バランスを調節して火球の温度を上げてやると、風呂釜の中の水が音と泡を立て始めた。
おお、良い感じ。
すぐにお湯になるかな。
「──ちょっと、あ……アスト!?」
と、風呂場の窓の外からリセルの声がした。
「まだお風呂用意してないよ!? 水風呂に入ってるの!?」
慌てたような声。
そういえば、何か始めて名前をちゃんと呼ばれた気がするな。
「あ、まあまだ水だけど――」
「そ、そこまで遠慮しなくていいって! 今沸かすから!」
「いや、火魔法で温めてるから大丈夫」
「──え? ちょ、ちょっと、家の中で何してんの!?」
リセルはびっくりしたように早口になる。
「今すぐやめて!」
「いや、俺の改良した『
「は!? 何その危なそうな魔法!! ストップ!!」
「いや、でも」
「ストップ!! ばかっ!!」
怒られた。
リセルは俺の話を聞かず、「お湯くらい沸かしてあげるから!」と言うとどこかへいく。
しばらくして帰ってきたリセルは外で何かを始め、少しすると木の燃える匂いがし始めた。
「ああ、これ、外から火を点けて、自然火で水を温めるタイプなんだ」
「……あんた、ほんとに世間知らずね。……って、ちょ、こっちこないでよ」
壁に小さく空いた窓から外を覗くと、リセルはばっと顔を逸らした。
◇ ◇ ◇
「……大変なの? 他のクランの仕事」
火の管理をしながら言うリセル。
仕事ではないけどね。
お給料の出ないただ働きだけどね。
「まあ、ちょと想定外で」
「……」
「でも色々行ってみれば、そのうち合うところが見つかる……と思う」
そうじゃなきゃ困る。
俺が社会不適合者なわけじゃないことを証明しなければ。
「……。……どうしても。どうしても他に行くところが無かったら」
リセルの声が少しだけ小さくなる。
「そしたら、……少しだけなら、うちにいてもいいわよ」
そして、そんなふうに言った。
意外な言葉に驚く。
「……俺も、手伝い、少しは役に立てたかな?」
数日間だけだけど手伝ったリセルのクエスト。
一日目は失敗したけれどその後は怒られなかったし、俺なりに結構頑張ったし、信用を得られたのだろう。
「そうじゃなくて。アスト、すごく頼り無いから。一人で生きていけるのかどうか不安になる……」
あ、そっち?
役に立つからいてほしい――、というわけじゃなく庇護対象なだけだった。
「そのまま王都の道ばたで行き倒れちゃってたりしたら、寝覚め悪いから」
うん、そんなイメージなんだ、俺。
「いや、でもありがと」
「……」
リセルは最初招かれざる客である俺に対してだいぶ警戒していたようだった。
色々言ってくるものの、別に性格がキツイってわけじゃないんだよな、この子。
(……ん……)
洗浄魔法はすでにかけて体はだいたい綺麗にしてあるので、そのまま風呂に足を入れてみる。
さっき触った時はまだ冷たかった水は、いつのまにかほんのりと柔らかくなり始めていた。
その控えめな暖かさが、疲れた筋肉を優しく撫でる。
それはまるで、不器用ながらも心配してくれるリセルのようで――
――って、熱っ。
ちょ、これ結構熱くない?
「リセルっ! 下、熱い!」
「……? ……まだ全然沸いてないでしょ?」
「下――、釜、熱っ!」
「え? もしかして、釜敷き敷いてない?」
「なにそれ!?」
「木の板みたいなやつ――って、だからこっちこないでって!」
板って何!?
あれ!? 最初に沈んでたやつ!?
いや、実家の風呂も学院の風呂もこんなのなかったから分かんないって!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます