第3話

 水色の箱に白い花柄が散りばめられた可愛らしいマッチ箱だった。

 彼女は一度タバコを指に挟んでから、


「いいの? ありがと」微笑み、それを受け取った。「君優しいんだね」


 彼女は嬉しそうにマッチを擦り、くわえなおしたタバコに火をつけた。吐き出した煙が、天井の弱い電気に照らされる。最後の言葉には驚かされたが、聞かなかったことにした。


「気にしないでください。僕は吸わないので」


 笑顔でそう付け加えておいた。実際、伝言を燃やす以外には特に用途の無いマッチだ。


「ありがとね。君みたいな男前にもらえてうれしいよ」口元に笑みを浮かべ、彼女は言った。

「はは、からかわないでください」


 そう返すと、彼女は少し大き目な笑い声をあげた。常連たちに負けずとも劣らない、賑やかな人のようだ。

 彼女は追加で何か言おうとしたが、その前に右奥のテーブル席から声がかかった。


「そうだヴェロニカちゃん、こないだあれ読んだぜ。『美しき魔族』」


 彼女は声を張って、話しかけてきた男に応じる。


「げ、デビュー作じゃん。でもありがと。どうだった?」

「すんげえ作品だったさ」男は赤くなった顔で、真剣にうなる。「魔族ってのは、怖いもんだって思ったね。あんだけ客観的に魔族を描けるのは、ヴェロニカちゃんだけだな」


 デビュー作。客観的。ということはおそらく、彼女は小説家なのだろう。


「あはは、誉めすぎじゃない?」

「ヴェロニカは戦争について書いたりしないのかい?」


 強そうな女性客がそんなことを投げかけた。僕はその問いに驚く。人間の諸国で戦争について書かれた作品は少ない。戦争を肯定する内容でないかぎり、発行が許されないからだ。

 その問いはまるで、この国では批判すらも許可されているかのような口ぶりだった。


「確かに最近はそういうの流行ってるよな」別の男性客がそう言った。「みんな賢いひとの考えを確かめたがるんだ。小説を通してな」


 しかしヴェロニカは首を横に振った。


「あんまり興味ないかな。戦争については書かないようにしてる」言って、カウンターの灰皿の上でタバコを叩く。

「流行には安易に乗らねえってことだな。さすが先生!」

「まあねー」


 彼女は指にタバコを挟んだまま、残りの指でグラスを上から掴み、ウィスキーを一口飲んだ。

 すると、テーブル席の一人が興奮した様子でジョッキを掲げた。

「よっ! 王家公認作家、エル・ジーラ先生!」


 口に近づけていたグラス。その動きを僕は、ほんの一瞬止めてしまった。


「ペンネームで呼ぶなって言ってるのになあ」隣から微笑混じりの声が聞こえる。「まったく、はやし立てるのだけは上手いんだから」


 ペンネーム。ペンネームだ。エル・ジーラというペンネーム。知らない作家だ。王家公認作家と言うのはどういうものなのだ。

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