・白騎士シペラスの質量をともなう愛

 【密林】樹木など隙間のないほどに生い茂っている林。

 確かにそこは定義通りの密林だった。


「密林の奥底でミフネ・アサジ・ロウは見た!! 被害者6人を喰らった恐怖の人喰い狼の影を!! って感じだなー」


「静かにして下さい、敵に気付かれます」


 短剣を片手に密林を進んだ。

 道がないなら作ればいいのよー。

 器用さ9999はどんな環境においても持て余すことはなかった。


「……ところでだけどさ」


「は、はい……っ!」


「俺、意志を曲げるつもりないから、この先も追いかけてきてもムダだぜ」


「それは、賢者の手記集めのことですか?」


「何それ?」


 この話ばかりはとぼける他にない。


「ええ、とぼけてもかまいませんよ。ですが私は貴方の足取りを追い続けていたのです。このくらいの推理程度ならできます」


 足を止めて彼女に振り返った。

 彼女の推理がもしルルド神殿上層部に伝わったら、手記探しの深刻な障害となりかねない。


「すみません、こんな場所でする話ではありませんでした」


「いや、あえて今済ませておこう」


 これはまずい。

 こうなってはもはや、止むを得ないだろう。

 仲間のためにも彼女を黙らせるしかない。


 俺はシペラスに迫り、後ずさる彼女の背中にあった樹木に手をかけた。

 上に報告される前に、わからせる・・・・・しかない。


「その話、黙っていてくれないか?」


「はい、貴方がそう望まれるならば、上には報告いたしません」


「ごめん、言葉だけでは信用できない。こうなった以上は、君をわからせるしかない」


「そ、それは……っ、あ、愛の、告白でしょうか……♪」


「………………へっっ?」


 こちらをきつく睨んで抵抗するどころか、彼女は嬉し恥ずかしそうに身を揺った。


「だ、だって、そうでしょう……? ふしだらなことをする、ということは、愛している、ということですよね……っ!」


「…………え、そうなる?」


「はい、当然ではないですか! だって、大好きで大好きで結婚するまで待てないから、こういうことをするのですよねっ!?」


 おお、なるほど、この嬉し恥ずかしはそういうことか。

 宗教系地雷娘、恐るべし……。


 ナンパ野郎もこれには尻尾巻いて逃げ出すこと風の如き。

 質量をともなう愛に俺は再び恐怖した……。


「テンプル騎士団では、誰も私にあんなことする人は、いませんでした……」


「そりゃいないっしょ、テンプル騎士団だし」


「ですから結婚を前提にっ、私と婚約して下さるなら……っ!! 私を好きなだけ、貴方の、好きに、していいですよ……っ♪」


「う……っ」


 前略、勇者オケヤ様。魔王討伐の旅は順調でございましょうか。

 俺? 俺は現在ピンチです。

 志を貫くためにはシペラスというテンプルナイトをわからせなければならないのですが、彼女はガチの地雷系です。


 軽薄に扱えば、包丁両手持ちのヤンデレナイトにクラスチェンジしてもおかしくないような、極めてグラビティな価値観をお持ちになられております。


 ぶっちゃけ、男として、こんなにかわいくてセクシーな女性を前にして、我慢するなんて生物的に間違っている気がするのですが、それはそれ、これはこれ、進めば血しぶきが舞い上がりかねない甘い罠です。


「シ、シペラス……」


「はい……私、覚悟が付きました……」


「え、付いちゃったの、もうっ!?」


「だって、貴方のせいで、収まりがつかないんです……っ。あの日、あの橋での事件から、ずっと……!」


「いや、でも、それって、愛じゃなくて、たぶん、ただの性欲……」


「いいえっ、これは愛ですっ! だってこんなにドキドキして、切ないです! というか、せいよく? とは、なんですか?」


「そこから説明すんのっ!?」


 地雷は地雷でも、これは対人地雷ではない。

 対戦車地雷だ。

 俺はこんな純粋な女性を騙すなんて、できない!!


 俺は手を引っ込めて後ずさった。

 責任なんて、取れるはずねーし!


「そんな……エッチなこと、してくれないんですか……?」


「しない」


「どうして……?」


 口から飛び出しかけた『責任取れないから』という言葉を飲み込んだ。

 そんなことを言ったら傷つけてしまう。

 というかヤンデレ化されても困る!


「だってここ危険地帯だし」


「……エッチなこと、してくれないなら……手記のこと、上に話してしまうかも……」


「ぬああああーっっ、それだけは止めろぉーっ!!」


「はい、止めます。……あ!」


「今度は何!?」


「後ろ、後ろです。緑の英雄殿、後ろ――後ろに敵ですっっ!!」


 さっきまで純情な乙女をやっていた女性の顔が、突然勇ましい女騎士のそれに変わった。

 俺は剣を身構える彼女の背後に飛び退き、彼女の鞘から『チャキリ』と居合い斬りとなった一撃が繰り出されるのを耳で聞いた!


 地響きのような獣のうなり声が響いた。

 驚き振り返ると、そこには報告と食い違う怪物が立っていた。


 それは黒い大狼だ。

 白い大狼を討伐しにきたはずの俺たちは、空気を読まずのっけから登場してきた2Pキャラに剣を向けることになった。

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