・黒い狼、白い狼

 黒い大狼のあぎとはそんじゃそこらの冷蔵庫よりも巨大だった。

 それはもう、人間だって簡単に丸飲みにできてしまえそうなほどに、舌も牙も唇もモンスターサイズだった。


 その危険な顎はシペラスを狙った。

 でかい顎が斜めに開かれて、問答無用の突進からの捕食を試みた。

 男の肉には興味がないのか、狼はわざわざ俺を避けるかのような軌道を取った。


「お下がりを!」


「んなの言われるまでもないっ!」


 シペラスは鎧騎士だというのに、その強襲をバトル漫画を彷彿とさせる軽やかな垂直跳びでやり過ごした。

 さらにはそこから発展させた剣の突き下ろしで、大狼の頸部に鋭い反撃を入れた。


 しかし美味しいところをいきなり奪われて内心で落胆したのも一瞬のこと。

 シペラスの一撃は思いの他に浅かった。

 ……というよりも、大狼の毛皮と皮膚が異常に硬かった、と言うべきか。


「こ、このっ、暴れるなっ!!」


 たちまちに白騎士と黒い大狼のロデオバトルが始まった。


「くっ、ご心配なく! この程度の、荒事っ、痛っ、舌、噛ん……っ、こ、このぉっ!」


 あ、なんか、まだデジャヴ。

 あ、そうそう、これモ○ハンで見たわ。

 最近のシリーズだとこうやってモンスターに馬乗りになって戦うんだよなぁ……って感じの物凄い激闘が繰り広げられた。


 振り落とそうとする大狼と、恐ろしく勇敢な白騎士の戦いは、周囲の樹木を薙ぎ倒してのどったんばったんの大騒ぎ。

 獣が咆哮を上げてもシペラスは少しも怯まず、オケヤよりも勇者様らしくロデオバトルを制しようとする。


 俺も俺なりに短剣から弓に持ち替えて狙撃を狙ってみたものの、あの硬い毛皮、予想不能のムチャクチャな動きをされては、フレンドリーファイアーの可能性もあって撃てなかった。


 大狼と白騎士の戦いは終わらない。

 俺は弓を引く手をゆるめ、シペラスが隙を作り出してくれるのを待った。

 ところがそこに、黒い大狼のものではない別の咆哮がとどろいた。


「うぉっ、このタイミングでまさかの1Pキャラ乱入っ!?」


 颯爽と白い大狼がロデオバトルに乱入してきた。

 そいつがシペラスを狙うのかと焦り、俺は弓を白い方に向ける。


 しかし白い大狼の狙いはシペラスではなく黒い大狼だった。

 黒いやつの顔面に、白いやつが不意打ちの鋭い爪を浴びせかけると、血しぶきが林に飛び散った。


「うわああっっ?!」


「シペラスッ!!」


 思わぬ展開にシペラスが敵の背中から吹き飛ばされてしまった。

 それを目にした俺はとっさに体が動いて、こちらに飛ばされてきた鎧騎士をキャッチしていた。


 器用さ:9999はこんなときも便利!

 俺はドッヂボール漫画のように地滑りしながらも、飛んできたシペラスをナイスキャッチした!


「ん、んぁ……っ♪」


「あ、すまん」


 すぐに彼女を立たせて解放した。


「それよりもなんなのですか、あの白い狼は!?」


「どうもこうも、本来のクエストターゲットだろ?」


 と言ったものの、どうもおかしい……。

 その白い大狼はまるで俺たちを守るかのように、黒い大狼との戦いを始めた。


 役者を変えて再び始まるどったんばったんの大騒ぎ。

 クエスト受けた俺の出番がないって、コレ、ドユコト……?


「きますっ、お下がりを、ミフネ様!」


「いやそれこっちのセリフッ!!」


 シペラスの剣ならば、昔の高級車によく付いてたアンテナのように、今も黒狼の頸部に突き刺されっている。つまり今の彼女は手ぶらだった。


「予備のナイフがあります!」


「んなもんでどうするってんだよっ、俺の短剣使えっ!!」


「ありがとうございます!」


 白狼と戦っているというのに、黒狼はシペラスにちょっかいをかけてきた。

 そう、俺ではない。

 黒狼の狙いは現在に至るまで、シペラスだけに集中している。


 その中で白狼はシペラスと狼の間に入り、守ろうとしてくれているかのように見えた。

 さて、この状況、どうするべきだろうか。


 俺のターゲットは白い大狼。

 郊外の娘を6人も喰らったと言われているのは、白い大狼。

 しかしその白いやつはシペラスと連携して、黒いやつと激闘を繰り広げている。


 さらに見落としの情報がもう1つ。

 黒い狼の右前足には、赤い宝石が付いた腕輪が巻き付いている。

 体毛に埋もれていたので気付くのが遅れた。


 観察を続けるとどうもそれ、魔法使いが頭に身に付ける【銀のサークレット】に見えてくる。

 ん、そういえば――


『喰われた仕事仲間が何人かいてな、何か遺留品がありゃ一つ頼む、弔ってやりてぇ』


 鯨亭のベアというオヤジがそれらしいことを、言っていたような。

 もしあのサークレットが失踪した冒険者の持ち物だとすると、討伐隊が遭遇したのはこの黒い大狼ということになる。


 しかしそれは変だ。

 黒い大狼にやられたのなら、生き残りは黒いやつにやられたと報告したはず……。


 となるとあのサークレットは別人の物。

 あるいは、『黒い大狼が白い大狼である』ということになる。


 よし、わけわからんが、まあよしっ!

 悩んでばかりじゃ解決しない!


「シペラスッ、一瞬だけでいいからそいつの動きを止めてくれ!」


「はいっ、貴方が望むならっ!!」


 狩るのは黒い方。

 白い方については保留。

 俺は弓を引き絞り、狙撃のチャンスをうかがった。


 テンプルナイトのシペラス。

 コイツは見かけ以上にやる。

 攻守に長けて安定感がある。

 彼女に任せればチャンスはいずれやってくる。


 いつ訪れるかもわからない、パチスロよりもシビアなその一瞬を待った。


「ミフネ様ッッ!!」


 やがてチャンスは意外な形でやってきた。

 絶好の狙撃の機会を作り出したのはシペラスではなく、なんと白い大狼の方だった。

 まるで俺たちの言葉を理解していたかのように、黒い方にのしかかって押さえつけてくれた。


 矢から右手を離すと激しい反動が左腕に返った。

 矢は黒いやつの右目に吸い込まれるように着弾した。

 激痛に黒いやつが顔を上げた隙に、俺は反対側の左目も矢で穿ってみせた。


「お見事っっ!!」


 そう叫ぶとシペラスはまた跳ねた。

 俺の短剣を逆手に、狼の脊椎を狙ってそれを突き下ろした。

 それとほぼ同時に白いやつが黒いやつの喉元に食らいついていた。


 俺の出番?

 さっきのでおしまいでいいんじゃないか?



「やったっ、ついにしとめましたっ、ミフネ様っ!!」



 黒い狼は町まで届きそうなほどの断末魔を残し、絶命した。

 やはりモンスター化していたようで、命を失った狼は塵となって消滅した。

 後に残ったのは、怪しい【黒い指輪】と歪んだ【銀のサークレット】だけだった。


 ただ、俺のクエストはまだ終わっていない。

 黒い方が消滅すると、本来の標的であった白い方に身構えた。


「オォン……」


 敵意はないようだった。

 むしろ白いやつは感謝するように頭を地に下げて、うかがうような目で上目づかいでこちらを見た。


「なんだ、よく見るとかわいいじゃないか」


「なっ!? ミフネ様っ、いくら共闘したとはいえ危険です!」


「おーよしよし、助かったぜ、狼ちゃん」


 背中の高さが俺の胸くらいまである狼を俺はモフった。


「オッオオォォ……アオォーッッ♪ オォォォーンッッ♪♪」


 人間の撫で撫では獣には麻薬である。

 では器用さ9999の人間が撫で撫でしたら、この白い大狼はどうなるでしょう?

 答え:甘い声を上げて悶絶した上にお腹を撫でろとひっくり返る。


「キュゥーンッ、キュォォォーンッ♪ ハッハッハッハッ……アオォォンッ♪」


 でかいオオカミはヘブン状態となった。


「そ、そんな……っ、羨ましい……ではなくてっ、何をやっているのですか、ミフネ様!?」


「そんなところにいないで一緒にモフろうぜ。こいつ、お腹の毛がふわふわだ……」


「いいえモフるなら私にして下さいっ!」


「羨ましいってそっちかよ」


 でかさ以外は懐っこいワンコにしか見えなかった。

 同然、どう見たって人喰い狼には見えない。


 これを倒さないと俺は情報をもらえないんだが、かといって味方してくれたコイツを狩るとか、人間代表としてそれはどうなのだろうか……。


「あ……本当に、ふわふわです……。本当にこの子が、人喰い狼なのでしょうか……?」


 やっぱり女の子だ。

 シペラスふわふわの毛皮に微笑んだ。


「どう考えたってそれ、さっきの黒いやつの方だろ」


「オンッッ!」


「ほらな、こいつもこう言ってる」


「ですが、それではクエストを達成できないのでは……?」


「それはそうなんだが……。まあ、少しくらい遠回りしたっていいだろ」


 俺たちはそれからしばらくの間、共闘した頼れる狼とたっぷりと触れあった。

 俺が狼を撫でると、シペラスが羨ましそうしたり、うっとりした顔をするところ以外は平穏そのものだった。


「よし、そろそろ帰ろう」


「え、もうですか……?」


「魔女の森って呼ばれてる場所だぞ? 日が暮れる前に出たくねー?」


「ですが……その……愛着がわいてしまいました……。あ、クラッカー、食べますか、狼さん!」


 白いやつはシペラスのクラッカーをそれはもう美味しそうに食べた。

 やはり言葉がわかるようで、別れを知るなり鼻で寂しそうに鳴いていた。


 その頭を慰めに撫でてやると、白いやつはまたすごい鳴き声で悶絶した。

 いやマジですげーかわいいけど、さすがにデカすぎ、飼うのは無理。


 俺たちは後ろ髪引かれる気分で魔女の森を出た。

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