・クエスト受注 難破した鯨亭

 スミモトには宿屋街という、どこの大都市でもある旅行者向けの街があった。

 そこで『宿の紹介屋』と名乗るのあんちゃんに引っかかった俺は、おすすめの宿で一泊部屋を借り、魚の美味い店と、情報の集まる場所を聞いた。


「それなら難破した鯨亭がいい!」


「クジラ? クジラが食えるのか?」


「お客さん物好きだねぇ! クジラなんて臭くて食えたもんじゃねぇ! 俺ちゃんのおすすめは、鯛とムール貝のアクアパッツァだ、ありゃ天国いけるぜぇ……!」


 アクアパッツァ。

 魚介のトマトとオリーブ煮込みのことだ。


「気に入った。それで情報が手に入る場所は?」


「それも難破した鯨亭がいい! あそこは酒場、情報屋、そしてアウトローどもが集まる冒険者ギルドでもある。兄ちゃんみてぇな冒険者には打って付けの店だ」


「助かった。それで肝心の場所は?」


 難破した鯨亭は借りた宿のすぐそこだった。

 親切なあんちゃんに店の中まで案内してもらった。


「客連れてきてやったぜ、ベア! 情報とアクアパッツァをご所望だ! んじゃまたな、とっぽい兄ちゃん!」


 紹介屋はベアと呼ばれた男から紹介料を受け取って、肩で風を切るように店を出ていった。

 ベアというのはきっとあだ名だろう。熊のような男らしい大男だった。


「ようこそ、難破した鯨亭へ。おっと、俺のなりを見て、迷い込んだ熊亭の方が合ってんじゃねぇか、って思っただろ?」


「いや、そんなことは」


「俺は二代目なのさ。クジラの方はほら、そこさ。あの長い白髭のジジィが、難破したクジラさ」


 真っ白な長いヒゲの老人はこちらに一瞥するだけだった。

 今は店内の冒険者との雑談に忙しいようだ。


 それと奥のテーブルの下に黒猫を見つけた。

 その猫は暗がりに溶け込むように身を潜め、金色の目でただこちらを眺めていた。


「で、他の注文は? ああ、うちは前金だよ」


「あの猫は――あ、いや、【賢者ドロシー・トトの手記】その断片の行方を知らないか?」


「おっと……違う、俺が言ってんのは料理の話だ」


 腕まで剛毛がびっしりの熊にメニュー表を渡されたので、白パンとホッケの焼き魚、海鮮サラダを追加で頼んで前金を払った。


 ちなみに例のアプリの機能で、このスマホは財布にもなる。

 一見は振るとお金の出る板状のうちでの小槌だが、現実は世知辛い。


「はい、まいど。まあそこに掛けなよ」


「楽しみだ。……ああそれで、賢者の――」


「お客さん、それはあまり口にしない方がいい」


「知っているのか?」


 熊はニヒルに笑うと、他の客に酒を注ぎに行った。

 それがこちらのカウンター席に戻ってきた頃には、片手に海鮮サラダの皿を握っていた。


「ほれ、女みてぇなもん食いたがりやがって」


「美味い物に男も女も関係あるか」


 緑色のワカメ、とろとろのメカブ、赤いトサカノリ、寒天で有名なテングサ、それから薄黄色いクラゲ。

 味付けはワインビネガーと柚を使っているようだ。

 俺は酸味のある海鮮サラダを平らげた。


「おう、美味そうに食いやがって」


「実際美味い」


「それで、情報を所望だったか。お探しのもんだが……以前、俺も仕事で関わったことがある」


「知っているのか!」


「ただ物が物だ。信用できねぇやつに教えるわけにはいかねぇな」


「なら信用させるのみだ。何をしたらいいんだ?」


 熊は考えるそぶりをして、また客に酒を注ぎに行った。

 それが帰ってくる頃には、でかいホッケの塩焼きに長い白パンを乗せた皿をカウンターに配膳してくれた。


「美味い! 暖かい地方なのにここのホッケは美味いな、期待以上だ!」


「お客さん、酒はやらないのかい?」


「酒を入れる腹があったら甘い物を入れる派だ」


 熊の前でホッケを平らげた。

 小骨? 笑止!

 器用さ9999の俺の口にはそんなものなど入らない。


 ホッケの皮から頭の肉まで全部を器用に平らげると、俺は白パンをかじった。


「お客さん……変な食い方するな……?」


「よく言われるぜ。まあ、俺は昔からこうなんだ。1つずつ片付けないと、どうしても気が済まない」


「変な男だ。……ああ、それで、お客さん」


「アクアパッツァはまだか?」


「お探しの情報だが、一つ仕事と交換というのはどうだ?」


「なんでもいいぞ、何をすればいい?」


 海藻サラダとホッケを口にして、なんか日本人としての栄養が満たされた気分になっていた俺は、フォークを熊に向けた。


「お客さん、噂の緑の英雄様だよな……?」


「なんでわかった?」


「先日、ひょろ長くて全身緑色の男はいないかと、聞き回るテンプルナイトがいてな、ピンときた」


「ああ……」


「緑の英雄、アンタの噂は聞いているよ」


「ミフネ・アサジ・ロウだ」


 いちいち音を区切るところを訂正させるのもめんどうなので、いっそこう開き直ってしまおう。


「アンタの実力を見込んで頼みがある。この都市の郊外には広い牧草地があるんだが、最近、そこに巨大な人喰い狼が出てな……」


「それを倒せば情報を教えてくれると?」


「そうだ。これまで地元民が何人もやつの腹に消えている。討伐に向かった冒険者たちは音沙汰がない」


「え、それ、ヤバくない……?」


 噂の緑の英雄が小市民みたいな反応を見せて、熊さんはちょっと驚いたようだった。


「俺はアンタが欲がっている例のブツの、保管場所を知っている」


「本当か?」


「おう、仕事で関わったと言っただろ。で、どうだ、やつをその弓で狩ってくれねぇか?」


 ちょうどそこにアクアパッツァがきたので、話を打ち切りにしてまずは食った。

 原油高騰、漁獲量低下で高級魚となったマダイを使った料理が、日本円の相場にしてたった500円で食べられる異世界万歳!


 それに出汁としてもチート野菜なトマト、さらにはムール貝の出汁が加われば、炊き立てのご飯をぶっかけてかっ込みたいお手軽で最高級の美食となった。


「皿舐めたみてぇに綺麗に食いやがって」


「ふっ、器用さ9999があれば造作もないことだ」


「噂、聞いたぜ。女もイチコロなんだろ? ヤリたい放題じゃねぇか、羨ましいねぇ……」


「そういう使い方はあまりしたくない」


「なんだよ、もったいねぇ」


「それより狼退治の仕事受けるよ。詳しい情報を教えてくれ」


「そうかい、助かるよ、緑の英雄!」


「一応、これでも勇者パーティの別働隊だしな、そういうことは任せてくれ」


 オケヤ、お前は今どこの空で戦っている……。

 俺、がんばってるからみんなもがんばってな。


 引き落としが発生するたびに懐がズドンと軽くなるアレは、俺たちしか体験したことのない最低の悪寒だぜ……。

 ちなみにスマホを使えばオケヤと通話できるが――通信料がバカ高い……。


「酒、奢ってやるよ。喰われた仕事仲間が何人かいてな、何か遺留品がありゃ一つ頼む、弔ってやりてぇ」


「いや、俺、お酒はあんまり……」


「いいから飲め、緑の英雄! お前らも聞いたなっ、この山は勇者の右腕、セクハラの達人こと緑の英雄様に任せようぜ!!」


 酒場の連中は杯を上げ、緑の英雄(セクハラの達人)を祝福してくれた。

 逃げ場なし。

 でかい狼とか恐いけど、こうなったらやるしかない!


 戦士カキシマさんの胃が限界を迎える前に!

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