☆アヘ捨てられた白騎士

「初めまして、私の名はシペラス。単刀直入に申し上げます、英雄様、どうか勇者様の下にお戻りになられて下さい」


 シペラスと出会ったのは、ある湿地帯にかかる大橋を観光気分でのん気に渡っていた時のことだった。

 そこで張っていれば、緑尽くめのおかしな格好をした若者と出会えると、彼女はそう踏んでいたのだろう。


 人が行き交う橋のど真ん中で俺は呼び止められた。

 シペラスは大理石の彫像のように直立不動となって、道行く人々を高い背丈から睨んでいた。


「人違いだ。俺は英雄なんてご大層なたまじゃない」


「いいえ、間違いありません。貴方が百発百中の男、ミフネ・アサジロ様ですね」


「アサジロじゃねーよ、アサジロ、ウ!」


「これを失礼を、ミフネ・アサジ・ロウ様」


 日本語のイントネーションは異世界人には難しい。

 まあこれはこれでカッコイイ気がするし、いいか。

 アサ・ジロウだと、朝からこってり系のラーメン食ってそうだしな。


「悪いが俺は追放された側だ。説得する相手を端から間違えている」


「それは私の担当ではありません」


 すごい、なんて完璧な自己紹介なんだ。

 こいつが融通の利かない面倒な性格なのが一瞬でわかっちまった!


「私の仕事は勇者様のところに貴方を連れ戻り、戦力として引き渡すのみです」


「はい残念、戻る気なーしっ! 俺は俺のやり方で救うから余計な口出しすんな!」


「では、致し方ありません」


 大橋のど真ん中で白騎士が剣を抜くと、もちろん通行人を巻き込んだ大騒ぎになった。

 ……というより、人々はエンタメ感覚で俺たちを遠巻きに囲み、ワイワイとやり始めた。


「おいおい、痴話ゲンカか、お二人さん!?」


「あれはテンプルナイト……!」


「知っているのか、魚屋!?」


「うむ、あれはルルド大神殿直属のエリート騎士だ! しかもあの星の勲章は、神殿騎士団の中でも両手の指に入る序列だったはず!」


「いやに詳しいな、魚屋!」


「そんな緑色の怪しいやつやっちまえ、ねーちゃんっ!!」


「俺は緑の方が勝つに賭けるぜ! あれは異世界から召喚された英雄様らしいぞ!」


 音便に済ませたい人、挙手。

 はい、俺だけ。

 人の迷惑も考えず橋のど真ん中で待ち伏せしていたシペラスもまた、やる気十分だった。


「観客が待っております、ミフネ・アサジ・ロウ様。さあ、武器を抜いて下さい」


「え、なして?」


「こうなった以上は致し方ありません。お互い、全力を尽くすといたしましょう」


「いや趣旨変わってねぇ!?」


「では同行を」


 『嫌だね、俺は俺のやり方で戦うんだ!』と、返答するのを俺は考え直した。


 戦いは避けたい。

 だってなんか強そうだし、女の子と刃を向け合うとか、そんなのサディストの変態以外にお楽しみになれないコースじゃない。


「わかったよ……」


「え…………戦わない……のですか……」


「いやなんでそこで、ムチャクチャ残念そうな顔するしーっ!?」


「あ、これは失礼を。一度手合わせしたいという本音が漏れ出していました」


 野次馬たちは根性なしの緑の男に罵声を飛ばした。

 それが星の勲章を持つテンプルナイト様に一瞥されるだけで、どいつもこいつも黙ってしまった。


「それは気が向いたらな。……うっ、急に立ちくらみが……っ」


「あっ、大丈夫ですか、英雄様……! あっっ?!!」


 立ちくらみをよそおった俺は、社会人としてまことにサイテーな行いを観客様各位に心の中でおわびを申し上げつつ、白騎士シペラスに抱き付いた。


 いや、ここはあえて言い直そう。

 俺は器用さ9999によるやさしい抱擁で、キュッと彼女を胸に包み込んだ。


「な、何を……え、英雄様…………」


 それからパニクる白騎士様には大変申し訳ないが、彼女には至急戦闘不能になられていただく必要があったので、『騎士としてこんなスカートをはいていて恥ずかしくないのか!』と名状する他にない魅惑的な布切れの内側に、手を潜り込ませる。


 そして、できるだけやさしく、テクニシャンに、ふともも側からお尻の方角へと、サワサワサワサワ……と撫でた。


「んぅっっ?!! はっっ、はひっ、はうぅぅぅっっ!?」


「すまん、シペラス、やはり俺は行けない……」


 月額74355円!

 こんな状態異常を抱えたまま魔王討伐とかっ、俺ぜってー無理だからっ!!


 豪快払い損のことを思い出したら無性に心が切なくなってきた。

 今、この心のむなしさを癒してくれるものは、右手に感じるこの温かな肉感だけである……。


 ああ、白騎士のお尻、あったかいなりー……。

 切なさのままに俺はそれをまさぐった。


「あっあっあっあっ、ああーーっっ?!! や、止めっ、あっ、えっ、なに、これぇ……っ、怖いっ! はっ、はぁぁぁーーっっ♪♪」


 くずおれる白騎士ちゃんをやさしく抱き留めた。

 観衆たちの反応は二極端だ。


 道徳的な方はドン引き、開放的な方は『イッツエンターティメント!』、俺は白騎士ちゃんを橋の端(これはオヤジギャグではない)に運び、手すりにもたれかけさせた。


「き、きさ、ま…………っ、何を……あ、ああ……っ」


 余韻に足腰が立たない彼女の頭を撫でると、鋭く睨まれた。


「悪い、俺はこの旅をどうしても続けなければならないんだ! 目的さえ果たせば言われなくても勇者パーティに戻る。わかってくれ」


「や、止め……わか、わかったっ、わかったから、触……っ、んああああーっっ?!!」


 まだ動けそうなシペラスを余韻の海に叩き込むと、俺は観客の野郎どもやビッチどもとハイタッチを交わし、ゲンコツをぶつけ合って、旅の続きへと戻っていったのだった。



 ・



 というわけで回想終わり、現在に至る!

 回想を終えた俺はただちに怯えながら剣を抜きかけるシペラスに飛びかかり――


「あっあっあっあっ、ダメッ、嫌っ、私はもうあんなの――はっ、はぁぁぁーーんっっ♪♪」


 再び余韻の海に叩き込み、放置するのもなんなので近くの農家まで運ぶと、安全そうな干し草の中にキャッチアンドリリースした。


「手荒なことをしてすまん。本当に悪いと思っている。だが今はどうしてもやらなければならないことがある。重ね重ね、すまん!」


 いい匂いのする白騎士を瞬殺した俺は、暮れてきた空を見上げながら産業都市スミモトへと下った。


 やっぱ魚、魚が美味い店を探すとしよう。

 まずは腹ごしらえ、目的はその後だ。

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