第9話-影喰いと隣人の秘密

年末の慌ただしさが漂う昼下がり。

わたるはようやく重い腰を上げ、掃除機を押入れから引っ張り出していた。


「よし、年末の大掃除だ……って言いたいけど、まずはリビングだけでも片付けるか。」

そんな航の背後では、黒いぽっちゃりシルエット

――影喰いのカゲが丸くなって転がっている。


「おい航、お前さぁ……影溜め込むだけ溜め込んで、俺に喰わせないのはどういう了見だよ。」 「だから今は溜まってないんだって。気にすんな。」


そんなやり取りが続いていると

――ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。


「え?宅配便、頼んでねぇけど……?」

航が首をかしげながらドアを開けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。


「こんにちは~!お隣に住んでる天野美月です♪」


航の視界に飛び込んできたのは、少し寝癖の残ったゆるふわのロングヘア。

小さめの顔にぱっちりとした目、ぷっくりとした艶やかな唇。

そして、カジュアルな部屋着にもかかわらず、胸元のラインがしっかりと主張している。

さらに、その細い腰から伸びる美脚は際どいショートパンツに包まれており、航の目線は完全に迷子になった。


(なんだこの完璧すぎる美女は!?しかもこんな格好で!いや待て、どこ見て話せばいいんだ!?)


「あ、えっと……ど、どうも、黒田です……。」

「お隣さんだったんですね~。よろしくお願いしますね♪」

美月の明るい笑顔に、航は挙動不審になりながら小さく会釈をする。


「あの、これ……ちょっとお裾分けなんですけど!」

美月が差し出したのはラッピングされた手作りらしいクッキー。

航は声を裏返しながら受け取るが、動揺で手元がおぼつかない。

「あ、ありがとうございます……えっと……どうして急に?」


航が尋ねると、美月は小首をかしげた。

「だって、お隣さんなのに今まで話したことなかったし……年末だし、挨拶しとかなきゃって思って!」

そんな美月の柔らかい笑顔に、航の顔は真っ赤だ。


「そ、そんな!別にお世話だなんて……!」

(むしろお世話されるどころか、俺なんか影薄すぎて気づかれてねぇと思ってた!)


突然、航の背後からカゲが飛び出してきた。

「にゃぁ~ん!」

成人男性の膝ほどもある黒く丸いシルエットが、彼女の目の前に現れる。

「おい、航、そのクッキーは俺に寄越せ。」

カゲの声は美月には聞こえない。


しかし、問題はそこではなかった。

「えっ、何この子!」 美月の瞳がカゲに釘付けになる。


「か、可愛すぎる……!」

次の瞬間、美月は膝をついてカゲに近づくと両手でがっつり抱き上げた。

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってください!」


「何この子!めちゃくちゃ可愛い!このお腹!ぽっちゃり具合が最高!」

航が慌てて止めようとするが、美月は完全に無視。


「ふわふわ……もちもち……しかもこの尻尾のしなやかさ……!」

カゲを撫で回す美月の手は完全に止まらない。


「お、おい航!なんだこの女!俺を助けろ!」

カゲが暴れるが、美月はまるで子猫を愛でるかのように柔らかい笑顔を浮かべている。


(た、助けたいのは山々だけど……その、近い!顔が近い!いや近すぎるだろ!)


「おい航!お前、なんで黙ってんだよ!何とかしろよ!」

「い、今、ちょっと忙しいから!」

(いや、ツッコミ入れたいけど、この状況で何か言ったら俺が完全に変人扱いされるだろ!)


「これ、猫?それとも狸?」

航は喉まで出かかった「狸じゃねぇ!」を、なぜか口に出せない。


(いや待て、今ツッコんだら変に思われるだろ!でもこれ、明らかに狸じゃねぇか!いやいや猫だよって説明しなきゃ……!)


心の中でツッコミが大渋滞する航をよそに、カゲが代わりに応酬した。

「狸じゃねぇ!こいつ、俺を何だと思ってんだ!」

もちろん、美月にはカゲの声は聞こえない。


「もう、たまらない……ずっと抱っこしてたい……。ねぇ、この子、なんて名前ですか?」 「あ、えっと……そ、その、カ、カゲ……です……。」

航はテンパりながら答えると、美月はさらに目を輝かせた。


「カゲちゃん!素敵な名前!」

「おいおい、素敵とか言われてるけど俺、影喰いだぞ!?」

カゲが必死に抵抗するが、美月の手から逃れることはできない。


「しかもこのフォルム、まさに芸術的じゃない?信楽焼の狸の置物とか大好きなんだけど、それの最高傑作って感じ!」

「お前、影喰いの俺を狸扱いするな!」

カゲが内心憤慨する一方で、航はただただ立ち尽くしていた。


「この子、うちに連れて帰りたいくらいだわ……!これ、どこのペットショップで手に入るんですか?」


(ペットショップじゃねぇ!影喰いだ!いや待て、影喰いって言っても分かんねえだろ!) 「そ、そうですね……えっと、その、特別な……」

動揺しながら曖昧な答えしか返せない航。


カゲは呆れ顔でぼそっと呟いた。

「おい航、もっとマシな説明しろよ。お前が役立たずだから俺が狸扱いされてんじゃねぇか!」


そんな時、美月が突然カゲをじっと見つめ、首を傾げた。

「ねぇ、航さん。この子、もしかして……高級狸ですか?」


(高級って何だよ!しかもやっぱり狸扱いか!) しかし航は声が出ない。


カゲは航に向かってぼやく。

「なぁ航、俺のプライドをちょっとは守ってくれ。」

「無理だ!お前のフォルムが悪い!」


美月がカゲを撫でるほどに、カゲの表情がますます困惑したものに変わっていく。

「航、なんでお前は止めないんだ!俺、これ以上撫でられたら毛が抜ける!」

「耐えろ!」


美月はカゲを撫で回し続ける。

「え、えっと、そ、その……美月さん、あんまり……その……」

「ん?何か言いました?」

美月が笑顔で振り返ると、航は完全に赤面してしまう。

(いや、なんでこんなに距離が近いんだよ!近い!顔が近い!)


「ねぇ、この子、ずっとここにいるの?」

「え、えっと……まぁ、そうですけど……。」

「いいなぁ、私も一緒に住みたいなぁ~!」


美月の天然発言に、航は思わず飲みかけた唾をむせた。

「住むって……それはさすがに……」

「そっか、残念。じゃあ、代わりにこの子を連れて帰っていい?」

「はぁ!?ちょっと待て!何言ってんですか!」


ようやく声を上げた航だったが、美月は真剣そのもの。

「だってこんなに可愛いんだもん!もう手放せないよ!」

「手放せないって……いやいや、カゲは俺の――」

「ほら航!お前ももっとハッキリ言えよ!俺はお前の世話役だっての!」

「世話役じゃねぇだろ!」

「そこだけツッコむな!」


二人のドタバタ劇がしばらく続いた後、美月は名残惜しそうにカゲを抱っこから降ろした。


「ご、ごめんねカゲちゃん。でも、また遊びに来てもいいかな?」

「えっ!?い、いいですけど……。」


航の返事に美月は満面の笑みを浮かべ、軽やかに帰っていった。

ドアが閉まると、航とカゲはその場に崩れ落ちた。


「おい航……俺、こんな女に愛されるなんて思ってなかったぞ……。」

「……疲れた……。」

「おい航、なんだよあの女!俺が狸扱いされるのはお前のせいだぞ!」

「俺のせいって何だよ!お前が急に飛び出すからだろ!」

「飛び出さなくても見つかってたろ、この狭い部屋じゃよ。」

「うるせぇ。俺だってこんな疲れる年末になるとは思ってなかったよ!」


航が頭を抱えて呻くと、カゲはため息をついた。

「にしても、あの女、馬鹿力だし、強烈すぎるわ……。寿命縮むかと思ったぜ。」

「お前に寿命あんのかよ…」


航とカゲの奇妙な生活は、天野美月という波乱の風を受け、さらに賑やかさを増していく――。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


★読者のお悩み相談コーナー: 「カゲさんに聞け!(ↀДↀ)✧」


お悩み: 「カゲさん、好きな人の前で緊張しない方法ってありますか?」


(読者: 学生・19歳)


カゲ:


おいおい、影喰いに恋愛相談とか、これ以上場違いなやついねぇぞ。


でもまぁ、航がさっき見事な例を見せてくれたから、参考になるかもしれねぇな。


まず、緊張する原因は自分をよく見せようとするからだろ?


でも、航みたいに照れ隠しで余計なこと考えてキョドると、かえって悪化するだけだ。

つまりだ

――お前も影みたいに自然体でいろってこった。

光の当たらない場所でも、影は影だろ?


あとはな……好きな人が天然ボケだったりすると逆に緊張なんて吹っ飛ぶかもな。


航みたいにボロボロになりながらも楽しめるかもしれねぇぞ。


――ただし、相手が俺みたいな存在だったら、すぐ逃げろ。

それ以上の緊張感はねぇからな。

ま、肩の力抜いて、失敗しても影ができるだけだから気楽にやれや!


次のお悩み相談、待ってるぜ!


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【影喰いの黒ねこ】本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16818093090548222724

【カクヨムコン10に参加してます応援よろしくお願いします】

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