第8話-影喰いと幻の影

夜。

薄暗いリビングで、わたるはソファに寝転がりながらスマホをいじっていた。



「ったく、なんでこんなにニュースって暗い話ばっかりなんだよ……。」


ため息をつきながら画面をスクロールする航。

その横で、いつもなら毒舌と皮肉で騒がしいカゲが妙に静かだった。


「……おい、カゲ?」


声をかけると、カゲは窓辺でじっと夜空を見上げていた。

その黒いぽっちゃりしたシルエットは、普段の威勢のいい姿とは少し違って見える。


「どうしたんだよ。珍しく静かじゃねぇか。」


航が座り直しながら尋ねると、カゲは振り返らずにボソリと言った。



「……航、お前、“幻の影”って知ってるか?」


「なんだそりゃ。新しい怪談か?」


「違ぇよ。影喰いの間では、伝説の影みたいなもんだ。」


航は思わず吹き出した。

「影に伝説とかあんのかよ!」


しかし、カゲの表情は真剣そのものだった。


「あるんだよ。“幻の影”はな、人生で一度きり現れる最高級の影だって言われてる。夢と希望、過去と未来、全ての感情が混ざり合った影……一度喰ったら忘れられねぇ味だって。」



「……おいおい、本気で言ってんのか?」


「本気だ。」


カゲのいつもとは違う静かな声に、航は戸惑いながらも窓辺に近寄った。


「で、その幻の影とやらが今ここにあるって?」


カゲは首を振った。

「いや、俺もまだ見たことねぇ。でもな……たまに思うんだよ。俺は一生その影に出会えねぇんじゃねぇかって。」


航は思わず眉をひそめた。

「……珍しく弱気じゃねぇか。お前らしくないな。」


その時、部屋の照明が一瞬だけ揺らぎ、窓から月明かりが差し込んだ。


カゲが急に目を輝かせる。


「……今だ!」


「はぁ!?何が今だよ!」


航が叫ぶ間もなく、カゲは一気に窓辺に跳び上がり、影を探し始めた。


「待て待て待て!窓から落ちんなよ!」


航が慌てて駆け寄るが、カゲは熱心に影を探している。



「これか?いや違ぇ……でも、なんか近い気がする……!」


「お前、夜中に何やってんだよ!隣人が見たら通報されるぞ!」


それでもカゲは止まらない。

部屋中を駆け回り、家具の影を一つ一つ確認していく。



「ちょっと待て!それは俺の影だろ!」


「悪ぃ、これも違うな。」


「違うってなんだよ!俺の影に文句つけんな!」


そして数分後、カゲは動きを止めた。



「……見つかんねぇ。」
がっくりと肩を落とすカゲ。


その姿に、普段は冷静な航も思わず声をかけた。


「お前、そんなにその幻の影を喰いたいのかよ。」


「……当たり前だ。影喰いにとって、それを喰うのが生涯の夢なんだからな。」


航は少し考え込んだ後、立ち上がった。


「分かったよ。ちょっと外に行こうぜ。」


「はぁ?何言ってんだお前。」


「こんな狭い部屋で見つかるもんじゃないんだろ?たまには外の影でも探してみりゃいいじゃねぇか。」


カゲは目を丸くした後、笑った。

「お前、どうしたんだよ急に。酔ってんのか?」


「うるせぇ!たまにはいいだろ!どうせ部屋にあっても見つかんねぇんだろ?外で気分転換ついでに探せばいいじゃねぇか。」


「お前……やけに協力的だな。」


「どうせ暇だしな!」


カゲは嬉しそうに尻尾を揺らすが、その直後に航が大きなリュックを取り出してきた。



「ほら、これに入れ。」


「……何だよそれ。」


「お前、あの体型で普通に歩いてたら、100%捕まるだろ。クリスマスの時と同じだ。リュックに入れ!」


カゲは目を細め、不満そうに唸った。

「なんで俺様がこんな狭いとこに入らなきゃなんねぇんだよ。」


「影喰いの貴族だかなんだか知らねぇけど、人目についたらまずいんだよ!」


「ったく……仕方ねぇな。」

しぶしぶリュックに足を踏み入れるカゲ。


しかし、そのぽっちゃりした体は当然ながらすんなり収まるわけもない。


「ぎゅうぎゅうじゃねぇか!お前、これ絶対俺用じゃねぇだろ!」



カゲが尻尾を振り回して抗議するが、航はニヤニヤしながら答える。


「おいおい、影喰いの貴族様なんだから、ちょっとくらいの窮屈さには耐えてくれよ。」

「耐えられるか!これ、猫用じゃねぇのか?俺は狸の信楽焼じゃねぇんだぞ!」


「それを言うなら、お前のフォルムこそ狸そのものだろ。」



航はリュックの横からはみ出した尻尾を容赦なく押し込もうとする。


「やめろ!俺の尻尾は繊細なんだぞ!」


「繊細な奴が幻の影とか言って外出しようとしてんじゃねぇ!」


カゲが反撃しようと体をくねらせるが、航はさらに攻めの姿勢を崩さない。


「ほらほら、お前のこのモフモフしたお腹も邪魔してるんだよなぁ~。ちょっと引っ込めてみろよ!」


「引っ込められるか!お前、影喰いってのはこれでも体力使うんだぞ!これが俺の理想のプロポーションだ!」


「理想のプロポーションがギュウギュウなんてどう考えてもアウトだろ!」


ついに航は、カゲの尻尾をリュックに押し込む作業に入った。


「ほら、もうちょい引っ込めてみろ!そしたらちゃんとファスナーが閉まる!」


「無理だ!無理に引っ張ると毛が抜けるだろ!おい、俺の尻尾が折れちまう!」


「いいじゃねぇか、どうせ影喰い専門なんだし、見た目は関係ねぇだろ!」


「俺のプライドは関係あるんだよ!」


それでも航はお構いなしにリュックのファスナーを引き上げていく。


「ほら、あとちょっと……もう少しだ……」


「ぐえっ!」リュックの中からカゲの呻き声が響く。



「おい、俺の尻尾!息苦しい!」


「我慢しろ、これで誰にも見られずに移動できるんだから感謝しろよ。」


カゲはしばらく黙っていたが、やがてボソリと呟いた。



「……航、いつか俺が幻の影喰ったら、これ以上のストレスをお前に返してやるからな。」



「そりゃ楽しみだな。でも、まずはリュックの中でおとなしくしてろ。」

その会話の横で、リュックはモゾモゾと動き続けていた――。


二人の小競り合いがしばらく続いた後、ようやくリュックのファスナーが閉められた。


「……苦しい。」


「我慢しろ!」


航はリュックを背負い、夜の街へと出かけていった――。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


★読者のお悩み相談コーナー: 「カゲさんに聞け!(ↀДↀ)✧」


お悩み:
「カゲさん、幻の影って本当にあるんですか? それと、もしあったらどんな味がするんでしょう?」


(読者: 大学生・21歳)


カゲ:


おお、良い質問だな!


幻の影が本当にあるかどうか?

そりゃ俺だってまだ見たことねぇから断言はできねぇ。

でもよ、影喰いの伝説ってのは、信じる奴だけが見られるもんだと思うんだよな。

夢とか希望とか、そういうのが影に染み込んでるから、信じる心がねぇとその味もわかんねぇってわけさ。


で、味か?
……ふふ、想像してみろよ。

甘さとほろ苦さが絶妙に混ざったスイーツみてぇな味。いや、もっと複雑かもな。

子どもの頃のわくわく感に、大人になった時のちょっとした切なさ。

それが全部混ざり合ってる。

舌の上でとろける瞬間に「ああ、生きててよかった!」って思える一品だな。


まぁ、幻の影を喰ったら、俺はたぶん一生引退だな。

次の影なんか味気なくて喰えなくなっちまうだろうよ。

だからまだ見つけたくないって気もしてんだよな……。

お前も、信じる気持ちを忘れなけりゃ、いつか何かの形で「幻の影」に出会えるかもしれねぇぞ。

夢見がちな人間、大歓迎だぜ!


航:
「……お前、今いい話っぽくまとめたけど、リュックの中でぐえって鳴いてた奴が言うと説得力ゼロだぞ。」


カゲ:
「うるせぇ!リュックの苦しみと幻の影は関係ねぇだろ!」


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【影喰いの黒ねこ】本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16818093090548222724

【カクヨムコン10に参加してます応援よろしくお願いします】

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