2・1 国王陛下のご提案(強制)

 国王陛下からのお手紙が届いた数日後に、王家からお迎えの馬車がきた。なんと近衛騎士団の護衛つきで。


 私たちはお手紙はなにかの間違いだろうと考えていた(というより、願っていた)のだけど、陛下は本当に私をランベルト様と結婚させるおつもりらしい。

 お迎えは、私が陛下にお会いするのに相応しいドレスやアクセサリーを沢山持ってきていた。なんだか『絶対に逃がさないぞ』という雰囲気だ。


 お手紙でも『断らないよね?』と念押しされていたし、どんなに不安でも従うしかない。

 お父様もノエルもアダルベルトも、私がまるで死地に赴くかのような悲壮さで、私とエマを送り出してくれたのだった。


◇◇


 三ヵ月ぶりの王都。初めて入る王宮。

 私はてっきり『謁見の間』とか『大広間』といった場所に通されると思っていた。


 なのに案内されたのは、国王陛下の執務室だった。応接セットらしき長椅子にすわらされる。

 おかげで、

「やあ、よく来てくれたね」と、にこやかな陛下との距離が近すぎる。


 なんとローテーブルひとつしか挟んでいないのだ。絶対に初めて会う落ちぶれ令嬢との距離ではないと思う。


「旅はどうだった? 不快なことはなかったかな?」

 フレンドリー過ぎる態度の陛下。かえって不安になるけれど、ビクついている場合ではないので気合を入れる。


「とても快適でした。近衛騎士の皆様にはよくしていただいて……」

 陛下が私の後ろに立つ、騎士様をキッと睨みつけた。旅の護衛でリーダーを務めた方だ。

「彼女に手出ししていないよな?」

「勿論です。団長の奥方様になる方ですから、我々一同、全身全霊でお守りしておりました」

 陛下は表情を緩めて「それならいい」と言う。


 いや、待って?

 騎士のみなさんは、そういう認識でいたの?

 なにも言わないから、私がなぜ陛下に呼び出されたのかは知らないのかと思っていた!


「それじゃ、ミレーナ嬢」

 陛下がそう言うと、そばに控えていた近侍らしきひとが、サッと私の前に一枚の紙とペンを置いた。

「それ、婚約証明書だから。サクッと署名を頼む」


 見れば確かに上部にその文字があり、半ばにはランベルト様のお名前が、下部には証人として陛下のお名前が書かれている。

 すごい……。

 本当の本当に、私をランベルト様と結婚させるつもりなんだ……。


 でも、なんで?


 国王陛下を見る。

「……すみません」

「まさか、断る気か!?」途端に恐ろしくなる陛下のお顔。

「違います! どうして私なんかがストラーニ公爵閣下の結婚相手に選ばれたのかわからなくて、怖いのです」

「なるほど?」

 陛下が傍らの近侍さんを見る。

「まさかランベルトとの婚姻を怖がる令嬢がいるとは思わなかった」

「ですね」と頷く近侍さん。「ですが確かに早急すぎました。まだなんの説明もしていません」

「そうだな。気が急いてしまった。先に契約書か」


 陛下の言葉に近侍さんが、奥の執務机に向かう。戻って来たときにはまた紙を一枚手にしていた。それを私の前に置く。


「それはミレーナ嬢がランベルトと結婚するに当たっての契約書だ」と陛下。「まず、婚約が成立した時点から、オレフィーノ伯爵の医療費は私が負担する」

 確かにそう書いてある。これはとてもありがたい。


「それから、オレフィーノ家が奪われた財産を、叔父から取り返してあげよう」

「え、ですが……。叔父は合法な手続きをふんでいるので、それは不可能だと裁判所に言われました」

「通常の裁判所だろう? 貴族調停庁に訴えれば、話は変わる」

 貴族調停庁は貴族の揉め事の解決をしてくれる。でも、合法なのにどうやって?

「なに、心配することはない。私は貴族の頂点に立つ王だぞ。合法・・的に可能だ。なにより盗人を放置するなど言語道断」

 笑みを浮かべる陛下のとなりで近侍さんも大きくうなずく。


「そして宮廷医師団のメンバーと魔術師の薬師担当をひとり、オレフィーノ伯爵の元に一度派遣する」

「え……!」

「現在担当している医師と共に」と近侍さん。「伯爵の病がなんであるのかの再特定を目指し、治療方針を見直す予定です。宮廷医師と薬師の派遣は、必要があれば何度でも行いますよ。――魅力的な契約でしょう?」

「はい!」


 本当に、夢のような処遇だ。

 でも、これだけのことを約束してくれるということは、私のほうの条件も相当なものだろう。

 契約書に目を落とす。


「ミレーナ嬢に望むことは」と陛下が口を開いた。「ランベルトに寄り添うこと。私の許可なく別居・離婚をしないこと」

 ……確かにそれしか書いていない。

「簡単だろう」と笑顔の陛下。


 だけどあまりに私に都合がよすぎる契約書で、余計に恐ろしい。大きな落とし穴があるとしか思えない。

 そもそも――


「根本的な質問なのですが、どうして私なのでしょう。ストラーニ公爵閣下とはつり合いがとれません」

「理由はふたつだ」陛下が指を一本立てる。「ランベルトは目ぼしい令嬢との縁談をすべて断った」

「無論、異国の姫君たちもです」と近侍さんが言い添える。

「あいつはひどい女嫌いでね。おかげで二十五だというのに、いまだ婚約者すらいない」


 女嫌い?

 以前お見かけしたときのことを思い出す。確か町娘さんが、『誰に対しても冷淡』と言っていた気がする。

 

「といっても、あいつを結婚させることはだいぶ昔に諦めた」

 近侍さんがうんうんとうなずいている。

「さて、ここでふたつめ」と二本目の指を立てて、にっこりとする陛下。「三か月半ほど前、あいつが女性に興味をしめした。その前で足を止め、じっとみつめたのだ!」

「「奇跡です!」」と近侍さんと騎士様の声が重なった。


 ……三か月半前って、私が都に滞在していたころだ。

 嫌な予感がして、背中に汗が伝った。


「もうわかったな」と陛下。「それが君だ、ミレーナ嬢!」

「待ってください! あれは睨まれたというか……。でなければ人違いをなさったのだと思います」

「正直なところ、ランベルトが君に注目した理由はわからない。誰が尋ねても教えてくれないのだ」

「それなら、ものすごく嫌われている可能性もありますよね!?」

「「「嫌っている相手に時間をさく人間じゃない!」」」


 声が三重に聞こえた。陛下、近侍さん、騎士様が同時に断言したらしい。

 ランベルト様っていったいどういう人なのよ!


 『そしてついたあだなが氷結王子・・・・よ!』

 という、町娘さんの声が脳内に響き渡った。


 どうしてそんな人が、私を見たりしたのよ!

 おかげで、とんでもないことになってしまったらしい……。

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