1・3 私の特技と王家からの手紙

 セストに婚約破棄を告げられてから、一ヵ月が経った。


 彼は婚約解消用書類に事由を書き込むことに、最初のうちはかなり抵抗した。でも、いつもは寛容なお父様が何度も何度も書き直しを命じ、書類のやり取りで無駄に日数が過ぎることにセストは焦りを感じたようだ。

 最終的には、お父様、ノエル、アダルベルトの全員の納得いくものになった。


 結局婚約破棄の理由は、セストがザネッラ商会のお嬢さんと恋仲になったから乗り換えたい、という自分勝手なものだった。

 おじいさまが損失を出したのは事実らしい。でも微々たるもので、身代が揺るぐほどのことではなかったようだ。ことをスムーズに運ぶためと、私に慰謝料を払いたくないために嘘をついたらしい。


「体がお辛いのに、お父様には無理をさせてしまって、ごめんなさい」

 ベッドに横たわるお父様に、そう謝る。私の結婚を生きる目標にしていたのに、悲しませるだけでなく苦労までかけてしまった。そのせいで、また一層やつれてしまったように思える。


「なにを言っているんだ。娘を守れなくて、なにが父親だ」

 お父さまが弱々しい笑みを浮かべた。

「ミレーナにもノエルにも苦労をかけてすまないね」

「こんなのは苦労ではないわ」

「だが働きに出るだなんて……。私は可愛いお前に新しい縁談を用意してあげることもできない」


 お父さまは友人や伝手を頼って、探してくれている。だけど、丁度いい年齢で未婚で婚約者もいないなんて青年はみつからない。


「いいの。男の人はこりごりだもの。たくさん働いて、自立した女性になるの」

 病床のお父さまの元を離れるのは不安だけど、膨れ上がる医療費も心配だもの。家でじっとしているよりは、絶対に外で働いたほうがいいに決まっている。


 ただ、いまのところ就職先はみつかっていない。仕事の紹介をお願いした叔母様は、『良い職場を吟味しているから、時間をちょうだいね』という状態。

 自分で町に探しにいけば、どこでも『伯爵令嬢を雇うのは、私どもの気苦労が……』と困った顔をされる。

 お父様の秘書や仕事先のひとに声をかけたけれど、残念ながら働き口はなかった。今はどこも人手が余るほどいっぱいあるのだそう。

 なかなか、うまくいかないものだ。


「なあ、ミレーナ。歌を歌ってくれないか」と、お父様が微笑む。「久しぶりにお前の歌を聴きたいよ」

「なにがいいかしら」

「『春の歓び』」と言ってお父様が窓に目を向けた。

 季節は厳しい冬から春へと変わっているところだ。

「そうね。ぴったりだわ」


 私は子供のころにお母様に教えてもらった歌を歌い始めた。

 自分ではわからないけれど、とても心地よい歌声らしい。

 みんながそう褒めてくれる。

 も、『素晴らしい声だわ!』と感激してくれた――


 ぽんっ! と空中に白い雛菊が現れる。

 それを皮切りに次々に色とりどりの花が現れ、部屋を舞う。

「ああ、美しい……!」

 うっとりした顔のお父様。

 私はお父様の完治の願いをこめて、歌う

 舞う花々。


 歌い終えると、花はゆっくりと落ちて行った。

「素敵だったよ、ミレーナ! ありがとう!」

「ええ」と答えてから、この祝福を授けてくれた魔女様に感謝の祈りを捧げる。


 五年ほどまえのことだ。お母様の墓参に出かけたときに、倒れている女性をみつけた。屋敷に連れ帰り、回復するまでの数日間看病をしたのだけど、元気になった彼女は、『自分は数百年生きている魔女だ』と言ったのだ。

 そして、たまたま聴いた私の歌声があまりに素晴らしかったから、看病のお礼に祝福を授けておいたと嬉しそうに告げて、去って行った。


 魔女が存在することはみんな知っているけれど、実際に会ったことがあるひとは滅多にいない。なにより女性はどう見ても三十歳くらいで、私もみんなも彼女の話を信じなかった。


 ところがそのあとから私が歌うと花が舞ったりと、不思議な現象が起こるようになったのだ。私自身には魔力はほとんどない。彼女が魔女だというのは本当だったらしい。

 現象は歌の内容に合わせて何種類かあるみたいだ。家族や世間に人気があるのは、今の花タイプ。


「旦那様」と、声がして扉から執事が入ってきた。

「アダルベルト。悪いけど、あとでお片づけをお願いね」

「すぐにでも。ですが、旦那様にお手紙が届いております」

 そう話す彼の後ろからノエルも来た。


「お嬢様にも、タンビーニ男爵夫人からございます」

「私には誰だい?」そう尋ねるお父さまの半身を起こす。

「それが、王家なんだよ」と、アダルベルトではなくノエルが答えた。「気になって見に来ちゃった」

「お、王家!?」


 すっとんきょうな声を出すお父様。私も驚きのあまり、喉から変な音が出てしまった。

 うちは伯爵家ではあるけれど、領地で静かに暮らしている。多くの貴族の慣行となっている社交シーズンに都を訪れることも、お母様が亡くなってからはしていない。


 手紙をもらう心当たりはまったくなかった。

 いや……。すっかり忘れていたけれど、都に行ったときに、陛下の末弟ランベルト様に睨まれたのだった。結局理由はわからないままだけど、まさかあれが関係してるとか? 頭の下げ方が悪くて不敬罪とか!?


「な、なんだろう。怖いぞ……」と青ざめるお父様。

「早く読もうよ」と、せかすノエル。

「ちょっと待って。ものすごく不安だから、先に安全なものを読みましょうよ」

 アダルベルトからペーパーナイフを受け取り、タンビーニ男爵夫人からの手紙を開封する。

 便箋を開き――私は首をかしげた。


「どうした、ミレーナ?」

 お父さまを見る。次にノエル。それから、お父様の持つ王家からの手紙。


「……私の仕事を王家が斡旋してくれることになったって。『すぐに手紙が届くでしょう』と書いてあるわ」

 みんなの視線が一点に集中する。


「……なんだあ、怯えて損をしたなあ」と笑顔になるお父様。

「なにそれ」と眉を寄せるノエル。「どうして王家がしゃしゃり出てくるわけ?」

「きっとタンビーニ男爵夫人が、ミレーナはとても素晴らしい子だってお伝えしたんじゃないかな」

 お父さまは朗らかにそう言うと、手紙を開封した。

 文面に目を通すと、すぐに顔も体も硬直する。


「お父様?」

「失礼な内容だった!?」


 詰め寄る私たちに、お父様はギギギという音が出そうな、固い動きで手紙を見せた。そこに書いてあったのは――


『オレフィーノ伯爵令嬢ミレーナに職を用意したよ! 国王の末弟、ストラーニ公爵の夫人だ。がんばって勤めてくれたまえ! 断らないよね?』


 要約すると、そういう内容だった。

 ストラーニ公爵とはつまり、近衛騎士団長で、氷結王子の異名があるランベルト様だ!


「ええええ――——????」

 一体どういうこと?

 なんで私がそんなことに?

 これって、本当に王家からの手紙なの?

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