第8話 決着

フェンにより放たれた銀光は、異形の体を貫き爆散した。あまりの威力に、立っていられるかどうかの爆風がこちらを吹き付ける。煙が晴れたその先には、上半身に大きな穴をあけた異形がそこに立っていた。だが、やはりすぐにその体は再生しようとしていた。




 琥珀石を握りしめ、魔力を込めながら異形へ駆け出す。




「見えたっ!今だ!」




 再生しようとした瞬間、わずかに球体が現れたのが見えた。その一瞬を俺は絶対に逃さない。魔力を込めた琥珀石をその球体に向けて放つ。




「いっけぇぇぇぇえ!!」




 琥珀色の光線が異形の核をとらえる。異形は今までに上げたことのない苦悶の咆哮を上げる。その光が核にひびを入れついには、核を粉々に砕いた。それと同時に、琥珀石はまるで役割を終えたかのように砕け散った。




「ぐうおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」




 核を砕かれた異形は、やがて咆哮を上げながら徐々に消え去っていった。




「やった……のか……?」




 フェンが祈るように絞った声を漏らす。その祈りがかなったのか、周囲には静寂しか残っていなかった。




「……よっしゃぁぁぁぁーあ!やったぞ!たおしたぞぉぉぉお!!」




 フェンが雄たけびを上げて喜びを爆発させる。俺も徐々に倒したのだと実感する。生き残った、仲間を助けることができた。その安堵感からか、膝が崩れ落ちてしまう。




「おっとぉ!大丈夫か?」




 そこをフェンが素早くキャッチして、支えてくれる。しかし、フェンも限界のようで膝がプルプルと震えている。やがて、耐えきれなくなったフェンとともに地面に倒れてしまう。倒れてしまったことで、フェンと間近で目と目が合ってしまう。




「「ふっ……ははははっ」」




 お互いに顔を見合わせると、思わず笑ってしまう。極限の緊張感の中で戦ってきたため、糸が切れたようになってしまう。一通り笑い終え、周囲を見当たす。




「みんな生きてるかな……?大丈夫なのか?」


「あー……大丈夫だって。みんな頑丈だから、そんじょそこらの攻撃じゃ死なねえよ。多分な。」


「……」




 みんなの安否を気にすると、フェンの適当な軽口で返される。全くこいつというものは、さっきまでの頼りがいのある姿はどこへやらだ。とりあえず、全員の安否の確認と、治癒を行うため、一か所に集めていく。俺はシャーリーとミーニャを。フェンにはガロンを任せた。この疲労がたまった状態で、ガロンを運ぶのは相当堪えるだろう。ほら、今も苦悶の表情でガロンを運んでいる。あ、瓦礫に頭ぶつけさせてる。あとで報告してこいつを〆てもらおう。




 全員を一か所に集めて癒光石を使う。幸い全員息はあるので、あとは治療を終えて起きるのを待つだけだ。その間、自分たちにも癒光石を使って傷をいやす。




「しっかし、やっぱレイン。お前すごいなぁ、あの技。」


 休憩中、手持ち無沙汰になったのでフェンから先程の戦闘の話をされる。




「あの流派見たことあるんだが、なんだっけ?えーと。」


「白刃流だ。」


「そーっ!それ!白刃流!すっげぇなぁ!」




 剣を振り回すような動きをして、子供のようにはしゃぐフェンにあきれ返る。こいつ、元気だなぁ。




「ってかさ、白刃流って帝国で伝わる流派じゃなかったっけ?レインってもしかして帝国の人間だったのか?」




 フェンからのなんとなしの質問に、思わず息をのむ。帝国……聞きなじみのある言葉に、だが聞きたくもない言葉。わずかな静寂があたりを支配する。言葉を詰まらせ、回答に困っているとフェンが口を開く。




「まぁいいよ。誰だって言いたくないこととか、隠しときたいこととかあるもんな。全然かまわないよ。」




 フェンは優しい目つきでそう告げる。




「俺たちだって、誰にも言えないようなことがたーっくさんある。しょうもないことから、がちでいえないこととか。」




 フェンは優しい口調で語り続ける。




「俺たちはあぶれ者の集まりさ。誰からも相手にされなくて、すべてを捨てて。それなのに、醜くも行きたいとそう願った。そんな奴らの集まりさ。」




 フェンは何か深い思いを込めながら語り続ける。


「レインがどんな奴でも、俺らは受け入れられる自信がある。このパーティ全員がな。」




 フェンは語り続ける。


「だから、いつか話したくなった時に話してくれ。お前の話。みんなで笑いながら聞いてやるよ。」




 その言葉に救われた気がした。俺がどんな存在でも受け入れる。そう言われて。ちょろいと思われるかもしれない。でも、初めてそんなことを言ってくれる人がいて。俺は救われた気がしたのだ。




「――ありがとう。」


 心の底から出た感謝の言葉だった。


「よせやい、照れるぜ。この調子で俺のパーティに入らねえか?」




「それとこれとは話が別だ。」




 調子に乗ったフェンから勧誘されるが、それを断る。「なんでだよー!行けると思ったのに……」とつぶやくフェンを横目に今日の出来事を振り返る。みんなには今日一日でいろいろと学ばされることが多かった。あとで、改めて感謝を伝えなければな。




 しばらく談笑を続ける。




「そういえば、あの弓は何なんだ?ヴぇ……何とかって言ってたやつ。」


 ずっと気になっていた、フェンが持っていた銀弓のことを聞く。




「あぁ、ヴェルティアのことか?」


「そうそうそれ!ヴェルティア!お前が持ってた弓は一本しかもっていなかっただろ?あれはどうやって……?」


「それはだなー、俺の創造魔法によって……」




 フェンが得意げに語りだそうとしたその時、フェンの後ろで闇がうごめくのが見えた。その闇がフェンへ向けてものすごい勢いで迫ってくる。


「まずいっ……危ないっ!!」




 とっさに剣を抜き闇とフェンの間に割って入る。暗闇から、大きく鋭い爪が襲い掛かり、それを剣で受け止めた。しかし、先程までの戦闘によってすでに限界を迎えていた剣は無常にも砕け散った。さらに、それでもなお勢いが収まることなく爪が俺の体を深々と引き裂いた。




「……ぐはっぁ……ぁ」


 大きく吹き飛ばされ、受け身を取ることすらできずに倒れる。引き裂かれた個所からとめどなく血があふれてくる。それが、この暗く冷たい床の感触をかき消すほどの熱をもたらす。その熱がやがて痛みとなって脳を焼いていく。




 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい




 手で押さえても止めることができず、さらに勢いを増して吹き出る血。やがて、その熱すらもだんだんとなくなっていき、寒さと耐えることのできない激痛がこの身を支配する。




「レイン!!くそっくそっ!なんでお前がまだ居やがるんだよ!!」


 フェンの悪態をつく声が遠い意識の中聞こえてくる。ぼやける視界の中、暗闇の中でうごめく闇を見つける。それは、姿かたちは微妙に違うが、まさに先程まで対峙していた異形そのものだった。その異形が硬い地面を揺らすほどの咆哮を上げてフェンへ襲い掛かる。




(フェン……!逃げろ!逃げてくれ!!)


 声に出すことすらできないその願いは、はかなくもフェンに届くことはなかった。異形の爪は疲労困憊でかなり動揺していたフェンの体をいともたやすく引き裂く。力なく倒れるフェンを最後にもう開けることすらできなくなってきた瞼に焼き付いた。薄れる意識の中、みんなの顔が思い浮かぶ。フェン、シャーリー、ミーニャ、ガロン。それに、グロム、ミネルヴァ、バーナー。そしてリア。




(あぁ……約束守れなかったな……)


 意識が遠のいていく。




(俺死ぬのか……)


 薄れる意識の中で呟く。何もなすことのできなかった人生。




(案外呆気ないもんなんだな)


 こういうのも悪くないのかもしれない。ただ何も志すことのなく、ただ生きていただけ。そんな人生を送っていた俺にとって、この末路はお似合いだろう。願わくば、他のみんなが助かっていてくれるといいが、それもかなわぬ願いだ。何も志さぬものは、何もなしえない。それは強欲というものだ。仕方ない、仕方ないのだ。それに、今そんなこと考えたって、後の祭りだ。仕方ないことなのだ。




「生きたいか?」




 どこからともなく声が聞こえる。くぐもったその声は、なぜか聞き覚えがあるように感じられた。




「生きたいか?」




 返事がないことを悟ったのか、声は再び同じ問いを投げかけてくる。




「はいはい、聞こえてるよ。生きたいか、だって?そんなもの、生きたいに決まってるじゃないか。でも、俺は死んだんだ。あんな傷を受ければ普通死ぬ。生き返るなんて不可能だ。」




 そう、不可能だ。だから仕方ないんだ。生きたいかなんて質問自体が、最初から破綻しているのだ。




「生き返る方法があるといえば、どうだ?」




 なおも声は問いかける。その声はまるで俺を試すかのようだ。




「確かに、そんな方法があれば生き返ることを選択する。でも、あの場所には異形がいる。俺が生き返ったところで、一人でどうこうできる相手じゃない。琥珀石ももうないし。もう一度死にに行くようなもんだ。」




 そう、だから仕方ないのだ。俺が生き返る選択をしないんじゃない。生き返る選択を取れる状況ではないのだ。




「それは、お前がただ逃げているだけなんじゃないのか?」




 声は俺の考えを見透かすかのように問いを続ける。




「……お前に何が分かる。」


「わかるさ。」


「……」




 すぐさま言葉を返される。一体この声は何者なのだ。




「少なくともお前がなぜ逃げているのかの理由をな。」


「知ったような口を!」


「力が欲しくないか?」




 俺の言葉を遮るように、再び声は問いかける。




「力……だと?」


「そうだ。力だ。あの異形など容易く屠れる力を。」




 力。そんなもの欲しいに決まっている。力さえあれば、俺が死ぬことはなかった。力さえあれば、みんなを危険に追いやることもなかった。力さえあれば、後悔することもなかった。力さえあれば、過去にあんな悲劇が起こることもなかった。




「……から……。力が欲しい!すべての敵を葬る、全ての守りたいものを守れる。そんな力が欲しい。」




「そうか。ならもう一度問おう。お前は生きたいか?」




 声はまるで俺の回答を待ちわびていたかのように、再び問いただす。




「こんなところで死にたくない!生きたい!生きて、皆を守りたい!今度こそは大切なものを守れるように!!」




「――そうか、ならばその願いかなえよう。」




 その声を最後に、意識が浮き上がっていくのを感じる。今度こそ、俺が救って見せる。








  暗闇の中、異形だけがこのだだっ広い空間を動き回っていた。今、この空間を完全に支配しているのは、その異形だった。他の生き物はその異形の前に、いとも簡単に散っていく。咆哮を上げ、己の強さを誇示するその姿は、まさに森の王者たる肉食動物のそれだった。




 床に転がる獲物を食らわんと動き出した瞬間、その支配者に「待った」をかける存在が現れた。それは、確かに先ほど自らの手で殺したはずの獲物だった。明らかに命を奪った手ごたえがあり、動かなくなった姿も確認した。それなのに、動き出したのだ。異形は困惑した。しかし、そんなものは問題ではない。もう一度、確実に殺せば済む話だ。




 爪を伸ばし、今度こそ確実な死を与えんと襲い掛かる。だが、その巨体は何かに縛られたかのように動きを止めた。異形は異変を直感する。視線を獲物に向けると、明らかに様子が違う。その獲物は、先ほどまでとはまるで別物のようだった。纏う雰囲気が異質で、何よりその瞳が異なっていた。右目は黒のままだが、左目は炎のように赤く輝き、不気味な光を放っている。




 異形の直感が叫ぶ。「逃げろ」と。しかし、体は言うことを聞かない。ピクリとも動けない。そして、その獲物――いや、人間が怪しげに笑ったその瞬間、異形の体が見えない力によって引き裂かれた。




 異形の体が周囲に飛び散る。肉片は蒸発して消えると同時に再生を始める。




 「あぁ、そうだった。こいつ、再生するんだったな」




 その様子を見て、面白おかしそうに笑うレイン。しかし、その声色、その口調、その表情に至るまで、先ほどまでの彼とは明らかに異なっていた。まるで別人格のように、異形の様を楽しげに見つめている。




 再生を終えた異形は、レインから逃げるようにその場をものすごい勢いで離れていく。それを見たレインは、まるで遊びをしているかのようにけたけたと笑い声を上げた。




 「あーあ、逃げちゃった。はははっ!無様な逃げ姿だなぁ。面白いなぁ……でも、逃がすなんて言ってないよ」




 一通り笑った後、急に表情を変えると異形に向けて手を伸ばす。すると、異形の動きが急に止まり、何かに引っ張られるかのようにぐにゃぐにゃと変形していく。やがて、その動きに耐えられなくなった異形の体が肉片を飛ばし、原型をとどめない無残な姿になった。それでも異形は必死に生きることを選び、再び体を再生しようとする。




 「あぁ、もうそれには飽きちゃった。だからもう、おしまいね」




 そう言うと、レインは両手を何かを潰すように合わせる。その瞬間、再生しようとしていた異形の体が手の動きに合わせて肉片も残さず潰されていく。わずかに残った肉片さえも再生することなく、静かに消えていった。断末魔の叫びすら上げることなく、異形はあっけなく消滅した。




 レインは興味を失ったかのように顔を背け、次のおもちゃを探すように周囲を見渡した。




 「あー、まだいたんだ。それに、今度はいっぱいだ!」




 新たに現れたのは、先ほどの異形とは違い、複数の群れを成して立ちふさがる存在だった。それが本来群れる生物なのかは不明だが、目の前の脅威――レインに対抗するために協力し合っているようだった。




 群れとなった異形を見て、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように無邪気に喜ぶレイン。しかし、その笑みは純粋な子供のそれではなく、まさに悪魔のような不気味さを湛えていた。




 異形たちはこの脅威を退けんと一斉に襲い掛かる。だが、すべての異形が動きを止められた。何かに縛られたように動けず、もがき抵抗するが、一匹たりともその拘束を逃れることはできない。その様子を見て、レインは楽しそうに笑い声を上げた。




 「今度はどうやって殺そうかなぁ?あぁ、こいつら再生するんだったよね。ははっ、何回殺したら再生しなくなるんだろう!」




 新しい遊びを思いついたのか、その声色はどこか機嫌が良かった。悪魔的な笑みを浮かべながら異形たちを次々とねじり潰していく。




 「はい、いーち!……にー!さーん!しー!ははははっ!すごい、いっぱい生き返るじゃん!」




 無邪気な笑い声が響き渡る。しかし、それが不気味さを一層際立たせた。永遠に続くような悪夢の中、異形たちは潰されては再生し、潰されては再生する。その光景は狂気そのものだった。




 潰しては再生、潰しては再生、潰しては再生……。




 レインの狂気に満ちた笑い声だけが、その空間に響き続けていた。

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