第7話 異形3

 俺は、無力だ。この戦いを通じて、それをひしひしと実感している。この巨大な異形を前に、俺に何ができただろうか。仲間たちのように戦い抜けたか?いや、俺は見ていることしかできなかった。彼らの圧倒的な連携の前に、ただ立ち尽くし、その一部となるどころか、足手まといにさえなることができない。自分の無力さに、ただ打ちひしがれる。




 正直、俺は驕っていたのだろう。『銀狼』という名高い冒険者パーティに認められたことで、自分が特別な存在だと無意識に思い込んでいたのかもしれない。だが現実はどうだ?仲間たちの身代わりにすらなれない、無能な自分がいる。




 しかし、このまま終わらせるわけにはいかない。もし挽回する機会があるのなら、今ここしかない。この異形を倒す。それが俺に残された唯一の使命だ。剣を強く握りしめ、この敵を倒すと心に誓う。










「さて、俺ら二人きりになっちまったけど、どうするよ?」


 フェンが息を整えながら口を開く。だがその表情は疲労と焦りを隠しきれていない。


「このままこいつをちまちま削ったところで、再生されてじり貧だ。なんとか、この再生を止める手立てを見つけないとな。」




「そうだな……っと!」




 会話の余裕もない。異形がこちらの隙を狙ったように襲い掛かってくる。動きは以前にも増して鋭く、力強い。俺たちはその猛攻をかろうじてかわしながら、隙を伺う。異形の巨大な右腕が振り下ろされると、俺は横に飛び、フェンは軽やかな身のこなしで宙を翻り、振り下ろされた腕に飛び乗る。そして、そのまま異形の頭部に接近した。




「頭ならどうだい?……『パワーショット』!」




 フェンは弓を限界まで引き絞り、魔力を込めた矢を超至近距離から放つ。放たれた矢は異形の頭部を跡形もなく吹き飛ばした。だが、それでも異形が死ぬことはない。再生するのが当たり前のように、吹き飛んだ頭部が再び形を取り戻し始める。




「ははっ……こいつ、不死身かよ……」


 乾いた笑いを漏らすフェン。その声には明らかな動揺が混じっている。彼ですら、この異形の異常さに気圧されていた。




 異形は再生が完了するや否や、さらに激しい攻撃を繰り出してきた。そのスピードも力も、先程より明らかに増している。




「やっぱりこいつ……再生するたびに強くなってやがる!」


 俺は剣で攻撃を受け流しながら叫ぶ。




 だが、限界は近い。徐々に攻撃をさばききれなくなり、ついに俺の肩を爪がかすめる。痛みに顔を歪めながら後退するが、次の瞬間、フェンも強烈な一撃を受けて吹き飛ばされた。




「くそっ……こいつ、どうすればいいんだ!」


 俺は声を上げながら剣を構え直す。疲労と痛みで腕が震えているのがわかる。




「傷をつければ強くなり、そうしなければ嬲られる……どん詰まりってわけか。これじゃあ勝ち目がねえ!」


 フェンの口調も焦りを隠せない。だが、その目はまだ死んでいない。




「……もう、なりふり構っていられない。」


 俺は懐から、グロムから渡された琥珀石を取り出した。




「なんだ、それ……?」


「説明はあとだ。これしかない!行くぞ!」




 残る力を振り絞り、再び立ち向かう。俺は剣を振り上げ、異形に向かって力いっぱい切りかかる。しかし、異形はその巨体にも関わらず驚異的な速度で右手を振り上げ、俺の剣撃を簡単に防いだ。その衝撃で手が痺れる。次の瞬間、左手が俺に向かって鋭く襲い掛かるが、その一撃をフェンの矢が阻む。




 フェンは放った矢が確実に異形の左手を貫いたのを確認すると、即座に次の動きに移った。彼は間合いを詰め、一気に異形の懐へ飛び込む。




 異形はフェンに反撃の拳を繰り出そうとするが、それを見越していた俺が伸ばした腕を剣で叩き切る。腕を失ったことでバランスを崩した異形に、フェンが至近距離から矢を放つ。その矢は正確に異形の胸を貫いたが、再生する力を持つ異形は一瞬も動きを止めず、鋭い爪でフェンに反撃した。




「っつうぅ!ちっ、弓がっ!」


 フェンは弓を盾代わりにして攻撃を受け流したが、その代償として弓が折れてしまう。武器を失ったフェンに異形は容赦なく追撃を加える。




「俺、実は体術も得意なんだぜ?」




 フェンは自嘲気味に笑いながら異形の攻撃を紙一重でかわし続ける。狙いを定めると、素早い正拳を異形の腹部に叩き込んだ。拳には魔力が込められており、力強い一撃だったが、異形には怯む気配すらない。それでもフェンは冷静さを失わない。瞬時に体勢を整え、宙へ跳び上がる。




「『パワースタンプ』!」




 空中で魔力を集中させた足が異形の頭頂部に振り下ろされ、衝撃波が炸裂する。その一撃で異形の巨体が揺れ、一瞬倒れ込んだ。




「今しかない!」




 俺はこの好機を逃さず、懐から琥珀石を取り出した。両手で強く握りしめ、全ての魔力を込めていく。石の輝きは次第に増し、周囲に熱を放ち始める。そして、光が最高潮に達した瞬間、俺は琥珀石を異形に向けて解き放った。




「ぶっ飛べっ!」




 琥珀色の光が眩い閃光となり、異形を包み込む。その光は周囲を焼き尽くし、異形の体を上下に真っ二つに引き裂いた。しかし、俺の願いも虚しく、異形は再び再生を始める。ただし、これまでよりも再生速度は著しく鈍っていた。




「ふはっ……ははっ……はははははっ」




 フェンの口から乾いた笑いが漏れる。ここまでしてもなお再生を続ける異形の姿に、彼の心は限界を迎えつつあった。




「はぁ……こんなんどうやって倒せばいいんだよ……」




 フェンは膝をつき、その場に崩れ落ちる。戦い続ける気力も見えない。だが、俺は諦めるわけにはいかなかった。




「諦めるのはまだ早い。まだ……な。」




 剣を握り直し、わずかながら見えた希望を口にする。




「もしかしたら、不死身を攻略するヒントを見つけたかもしれない。奴の不死身のトリックをな。」




「なんだよそれ?もったいぶらねえで早く教えてくれ!」




 フェンは焦ったように説明を促す。俺は落ち着いた声で説明を続ける。




「さっきの琥珀石の一撃、あれは確実に奴に大きなダメージを与えた。再生速度が鈍ったのを見ただろう?そのとき、一瞬だが見えたんだ。奴の傷の中心に、黒い球体が浮かび上がったのを。」




「それじゃあなんだ?その黒い球体が奴の本体。もしくは、核みたいなもんでそれによって再生してるってことか?」




 フェンの言葉に俺は頷く。可能性は高い。あの球体が再生能力の鍵であるならば、それを破壊すればこの不死身の異形を倒すことができるはずだ。この琥珀石ならば、それができるかもしれない。




「そうだ。試してみる価値はあるんじゃないか?」




 フェンは少し考え込む。その表情にはまだ絶望の影が残っていたが、少しずつ希望の光が差し込み始めている。




「もしかしたらそれで奴を倒すことができるのかもしれない。それに、やれることはやり切ってからじゃないと、絶対に後悔が残る。後悔を残して死ぬなんて俺はごめんだね。」




 フェンはうつむきながら再び顔を上げ、その目には覚悟の光が宿っていた。




「……そうだな。違いねえ。」




 その言葉は、再び立ち上がる決意を固めた瞬間だった。




 奇跡は起こる――そんな希望を胸に再び異形との戦闘を開始した。しかし、これが夢物語であれば火事場の底力で敵を圧倒する展開もあるのだろうが、現実は非情だ。




 すでに、異形が再生した回数は合計で4回。つまり、最初の戦闘時から4段階もパワーアップしていることになる。一方こちらは、戦闘による疲労と数多の傷により、すでに限界を迎えていた。気力だけで戦い続けているのが現状だ。




 異形との戦闘はほとんど一方的なものだった。攻撃のキレもパワーも追いつかず、受けきることすらできない。琥珀石の攻撃によって再生能力は多少鈍ったが、動きに関しては鈍るどころか、むしろ研ぎ澄まされている。この状況では隙を見出すことさえ叶わない。二人ともこのままでは倒されるのは時間の問題だった。




 勝機を見出すため、俺は懐から琥珀石を取り出し魔力を込める。しかし、フェンの鋭い声がそれを止めた。




「だめだ!今使うなっ!……っくっ……っぐぁっ!」




 こちらに意識をわずかに向けた瞬間、フェンは異形の猛攻を受けきれず吹き飛ばされる。一人で受け止める相手が減ったことで、俺もさばききれずにフェンが倒れる方へと吹き飛ばされた。




「はぁーっ、はぁーっ……それを使ったらだめだっ……はぁっ……あとどれだけ使えるかわからん……はぁっ……それが唯一の対抗手段だ……だから、だめだっ!」




 息も絶え絶えになりながらも、必死に訴えるフェン。




「でも、それじゃあどうすればいいんだよ!それ以外に方法なんてっ!」




「ある……俺の全魔力を、奴に叩き込む。そうすれば奴の核を出すことができるかもしれない……。だが、そのためにはお前ひとりで奴を引き付けてくれないとだめだ。できるか?」




 フェンの訴えかけるような頼みに、俺は一瞬の迷いもなく頷いた。




「あぁ!やってやる!なんとしてでも!」




 覚悟を決め、一人で異形へと立ち向かう。剣を片手に、疲労で震える足を押さえ込みながら。




「こっちだ!その不細工な面叩き切ってやるよ!」




 耳という器官があるのかはわからないが、こちらの声に反応した異形が襲い掛かってくる。それを俺は今持てる最高のパフォーマンスで受け流した。




 今、俺の心は妙に落ち着いていた。先程まで感じていた無力感や度重なる絶望。そして、こんな大役まで任された重圧。それらを感じつつも、心の奥底では不思議なほど冷静だった。息を整え、集中力を極限まで高める。そして自分に言い聞かせる――技術でこの異形を上回ればいい。




 白刃流剣技――流水返し。




 異形の猛攻を、水のように滑らかに受け流していく。パワーで、スピードで負けているなら、技巧で上回るしかない。次々と繰り出される必死の攻撃を、俺は冷静に捌き続けた。




(なんでこんなにも落ち着いているんだろう。こんな状況で、俺だけじゃなくみんなの命まで預かっているというのに。どうして俺はこんなにも“楽しい”と感じてしまっているのだろう……)




 異形は受け流され続けることに苛立ちを募らせ、大振りの一撃を放ってきた。わずかに受けきれなかった俺は後ろへ吹き飛ばされる。異形はその隙を見逃さず、口を開き黒い魔力を凝縮し始めた。この一撃を放たれてしまえば、フェンも他のみんなも無事では済まない。何としてでも止めなければならない。




 ――今ならできるかもしれない。




 そう心の中で実感する。今まで成功した試しのない技。だが、今の俺ならできるかもしれない。




 黒閃を放とうとする異形に向けて剣を構える。そして、刹那、すべての時が留まったかのような静寂が訪れる。




 白刃流の技は、全てこの奥義に至るために存在する。




「白刃流奥義――白刃一閃」




 音を置き去りにして、刃が通った軌跡が空間を断ち切る。そして、ひと時の静寂の後――




「オオオオオオォォォォッ!!!!」




 腹の底に響くような咆哮が上がり、異形の腹が大きく裂ける。技が未完成だったためか、体を両断するには至らなかったが、それでも充分な時間を稼ぐことができた。




「ははっ……さいっこうにかっこよかったぜ、レイン!こっからは俺の番だ!」




 フェンの声に振り返ると、彼の手には暗闇の中で銀色に光る弓が握られていた。




「久しぶりだから作るのに時間がかかっちまったぜ。なぁ、『ヴェルティア』……」




 フェンが呼びかけると、ヴェルティアと呼ばれるその弓はまるで答えるように輝きを増した。そして、弓を引き、再生しようとしている異形へと狙いを定める。




「俺の全魔力を注ぎ込む……。天の彼方より降り注げ、銀光の煌めきよ。影を裂き、闇を穿ち、命の矢となれ――『エルクレア』!」




 銀のきらめきを放つ矢が無数に分かれ、そのすべてが異形を飲み込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る