第6話 異形2
休憩を終えた一行は、小部屋を後にし、再び薄暗い道を進み始めた奥へ進むごとに空気は重くなり、異形の気配が徐々に濃厚になっていく。そして、それに比例するように戦闘が激化していった。
先ほどの休息のおかげで体力は回復していたものの、異形の襲撃は激しさを増し、全員が再び疲労の色を見せ始める。それでも、一行は見事な連携で次々と襲いかかる異形を倒していく。
「しっかし、こいつらキリがねえな……もう、この不細工なツラ見るのも飽き飽きだぜ!」
フェンが弓を引き絞りながら、苛立ち混じりに悪態をつく。目の前の異形に向かって放った矢は正確に眉間を射抜き、醜悪な顔をしたそれが崩れ落ちる。
「非常に同感だ……一体いつまで続くんだ、これ。」
俺は剣を構え直し、目の前に迫る異形を斬り裂いた。内臓が飛び出し、目のない顔をした異形。何度見てもその姿は不気味で、嫌悪感が薄れるどころか増していくばかりだった。鋭い一閃で異形を両断し、素早く周囲を確認する。
「後ろ、来てる!」
シャーリーが鋭く叫ぶ。
振り返ると、後方から新たな異形の群れが迫ってきていた。中には明らかに大型の獣のようなものが混じっており、先ほどまでのものとは比べ物にならない威圧感を放っている。
「ガロン、前衛を頼む!ミーニャ、援護射撃を!」
俺の指示にガロンが応え、巨体を盾のように構えて異形の侵攻を食い止める。その背後では、ミーニャが蒼白い光を放ちながら強力な魔法を発動していた。
「了解!吹き飛ばす!」
ミーニャが杖を掲げ、魔力を込める。その瞬間、眩いばかりの光線が異形たちを焼き尽くす。
「おいおい、うちの破壊兵器が絶好調だな!俺も負けてられねえ!」
フェンは軽口を叩きながら、矢を連射して次々と敵を仕留めていく。
戦いがひとまず片付くと、シャーリーが俺に近づきながら、軽く肩を叩いた。
「レインも私たちとの戦闘にすっかり慣れたみたいね。もう、的確な指示まで飛ばせるなんて。判断も早いし。さすがね。」
ガロンも短く頷き、「頼りになる。」と一言だけ添える。その言葉に、レインは少し照れくさそうに微笑みを浮かべた。
それでも異形の数は減るどころか、むしろ増えているように感じられた。一行の歩みが止まることはなかったが、次第に疲労の色が濃くなっていく。
「この数……明らかにおかしい。何かがおかしい。」
レインは剣を構えながら眉をひそめ、低く呟く。
その時だった。奥の方から地響きのような低い唸り声が聞こえた。一瞬、全員が動きを止め、その音の正体を探るべく耳を澄ませる。
「……今の音、なんだ?」フェンが不安げに呟きながら弓を引き絞る。
「嫌な予感がするわ。」シャーリーは剣を握る手に力を込め、周囲を警戒する。
唸り声は徐々に大きくなり、地面がかすかに揺れ始めた。そして暗闇の奥から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。それは、先ほどの異形とは明らかに異質な存在だった。体長は数メートルを優に超え、全身が硬質な外骨格で覆われている。表面には光る紋様が刻まれており、その異様な存在感に一同が圧倒される。
「……こいつが主ってわけか。」俺は剣を構え直しながら、冷静に呟いた。
「おいおい、なんだかやばそうな奴が出てきたぞ……」フェンは乾いた笑いを浮かべながらも、しっかりと矢を番えている。
「ここを突破しないと先には進めないってことね。」
シャーリーは冷静に状況を分析し、戦う覚悟を決めたようにレイピアを握り直す。
「これ以上、時間をかけるわけにはいかない。全力で叩くぞ!」
俺が力強く叫ぶと、全員が一斉に戦闘態勢を整えた。そして、巨大な異形との決戦がついに幕を開ける。
異形はその巨大な口から腹の底に響くような咆哮を上げた。その声は空気を震わせ、地面を揺るがすほどの威圧感を放つ。全身を覆う黒い鱗が鈍く光り、長い腕には鋭い爪が生えている。その巨体からはおぞましいほどの殺意が滲み出ており、俺たちの全身に冷たい汗が伝った。
ガロンが一歩前へと踏み出す。その屈強な体は見る者に安心感を与え、彼が振り上げた巨大な戦斧には信頼が宿っていた。彼は深い息をつき、その後、巨体の異形に向かって突進していく。
「来い……俺が相手だ!」
異形が牙をむき出しにしながら突進してきた。その勢いに圧倒されそうになりながらも、ガロンは戦斧を力強く振り下ろし、異形の腕とぶつかり合う。瞬間、甲高い金属音が辺りに響き渡り、斧と爪が火花を散らした。ガロンはその強烈な衝撃に歯を食いしばり、地面を滑るように後退した。
「ぅぐぅっ……くっ!」
彼の顔には苦痛の色が浮かび、その額には汗が滲んでいた。しかし、彼は必死に踏みとどまり、巨体の異形を真正面から押し返していた。
「隙だらけよっ!」
シャーリーがその瞬間を逃さず、軽やかな足取りで異形の側面に迫る。彼女が手にする細身のレイピアは、鋭く光を反射し、まるで生き物のように敵の心臓を目指して突き刺さる。しかし、異形は予想以上の反応速度を見せ、巨体をぐるりとねじり、寸前で致命傷を避ける。
「なっ!?しまっ……」
シャーリーが一瞬だけ体勢を崩した。その刹那、異形の爪が音もなく振り上げられる。シャーリーに迫るその一撃に、俺たちは息を呑んだ。
「おっと、待った!」
一本の矢が空を裂いて飛来する。フェンが放った矢は正確無比に異形の腕を弾き、シャーリーへの攻撃を阻止した。
「ふーっ、あぶねえあぶねえ。」
フェンは肩の力を抜いたような口調で言ったが、その目は油断なく異形を見据えていた。彼の矢筒から次の矢がすでに取り出されており、狙いを定めるその手は微塵も震えていなかった。
「準備終わった。みんなどいて!――炎の聖霊よ、業火をもって罪人を裁き賜え!」
ミーニャが後方で詠唱を開始した。その声には揺るぎない信念が込められ、杖の先端には赤々とした炎が渦巻くように集まっていく。炎の熱気が辺りを包み、俺たちは自然と一歩退いた。
「『クリムゾンレイ』!」
呪文名を叫ぶとともに、杖の先端から放たれた紅い閃光が異形を直撃した。その光は目を焼きつくすほど強烈で、異形の巨体を覆い尽くすように炎が爆発する。その場の空気が歪み、轟音が鳴り響いた。俺たちは本能的に目を閉じ、耳を塞いだ。
炎の渦が静まり、視界が戻る。異形の体には深い焼け跡が残り、その動きが一瞬だけ止まっていた。だが、それでも完全には倒れていない。異形はその目を光らせながら低い唸り声を上げ、再び動き出す気配を見せた。
「さすが秘密兵器……。こんな威力出せちゃうなんて、肝が冷えちゃうねぇ。」
軽口を叩くフェンに、ミーニャがむっとした表情で振り返る。その頬には少しだけ赤みが差していた。
「こーら、からかわないの。でも、さっきは助かったわ。ありがと。」
「珍しく素直だな、シャーリー。皆の連携があってのなせる技だ。」
そんな和やかなやり取りも、次の瞬間には破られる。異形の体が再び動き出したのだ。俺たちの緊張感は再び高まり、全員がそれぞれの武器を構え直す。
フェンが異形に近づき、その状態を確認しようとするが、驚愕の声を上げた。
「おいおい……マジかよ。こいつまだ生きてやがんのかよ!」
右半身が完全に吹き飛ばされていたはずの異形の体が、異常な速度で再生し始めている。黒い瘴気が傷口から立ち昇り、それが新たな肉体を形作っていく。
「なっ!?傷が……!」
その場にいる全員が信じがたい光景に呆然とする。だが、戦いは終わっていない。シャーリーが剣を構え直し、再び気合を入れる。
「治ったのなら、また風穴開けてやればいいだけ!皆行くよ!」
シャーリーが動揺を振り払うように剣を構え直し、再び異形に立ち向かう。だがその瞬間、異形は裂けるように口を開き、内部に黒い魔力が渦巻き始めた。
「まずい!やべえのが来るぞ!」
フェンが声を上げ、全員の緊張が高まる。
「任せて――星々よ、闇を照らす光を授け賜え。『ステラヴェール』!」
ミーニャが杖を振りかざすと、柔らかな光が一行を包み込む。その光は盾となり、異形が放つ濁流のような魔力を受け止めた。
異形から放たれた黒い濁流は凄まじい勢いで周囲を飲み込み、瓦礫を押し流しながら広がっていく。その破壊的な力の前に光の幕が激しく揺れるが、辛うじて耐え抜く。視界が完全に遮られる中、俺たちは一歩も動けず、ただ祈るような気持ちで光に守られる。
しばらくすると濁流が静まり、光の幕が徐々に消えた。視界が開けると、周囲には瓦礫どころか土埃さえも残らない荒廃した光景が広がっていた。
「ははっ……まじかよ」
フェンが苦笑混じりに呟く。その先には、まるでこの破壊の中心であることを誇示するかのように異形が悠然と佇んでいた。そして、その口が再びゆっくりと開き、先程と同じ濁流を放とうとする兆候を見せた。
「そう何度もさせねーよ!おらっ!」
フェンの放った矢が異形の口内を正確に貫いた。矢は異形の体内で魔力を暴発させ、小さな爆発を引き起こす。その隙を逃さず、シャーリーと俺が同時に突撃した。
「せぇぇいっ!」
シャーリーの鋭い剣が異形の胸に深々と突き刺さり、俺も横から斬撃を加える。異形は苦悶の咆哮を上げ、巨体を震わせるが、体勢を崩されながらも反撃の爪を繰り出してきた。その動きを見て取ったガロンが斧を大きく振り下ろし、異形の腕ごと胴体を叩き斬る。
「やったか……?って流石にまだだよなぁ……」
フェンが矢を番えながら言う。彼の声には冗談めいた調子があるが、その目は決して油断していない。
異形の再生力は驚異的だった。傷口が黒い瘴気を纏いながらみるみる塞がっていく。その再生速度に全員が言葉を失った。
「今度は跡形もなく消し飛ばす。炎の聖霊よ、業火をもって罪人を裁き賜え――全力『クリムゾンレイ』!」
ミーニャが再び呪文を唱え、その手から紅蓮の光がほとばしる。前回以上の威力を持つ光が異形に向かって放たれる。しかし、異形はその巨体からは想像もつかない敏捷性を発揮し、光の直撃を寸前で躱した。
「なにっ!?」
ミーニャが驚きの声を上げる間もなく、異形は彼女に向かって跳躍し、鋭い爪を振り下ろした。その攻撃を防ぐ間もなく、ミーニャは杖を構えて衝撃を和らげようとするが、異形の圧倒的な力の前に吹き飛ばされる。
「くはっぁ……!」
彼女の体が壁に叩きつけられる音が響き渡り、そのまま崩れ落ちる。俺たち全員の心が凍りつくような感覚に襲われた。
「ミーニャっ!くっ……よくもっ!」
「待てっ!シャーリー!」
怒りに駆られたシャーリーが静止を無視して異形に突撃する。しかし、その動きは異形に完全に読まれており、速さを増した攻撃で受け流される。
「なっ!?こいつ速くなってる……!このっ!」
シャーリーの刺突もまた異形の攻撃により阻まれ、体勢を崩された瞬間に反撃を許してしまう。その攻撃を辛うじてガロンが受け止めたが、彼もまた異形の力に圧倒されている。
「お、重い……!こいつ……パワーまで……上がってるっ……!」
「でも、今だっ!はあぁぁぁぁあ!」
シャーリーはガロンが作った一瞬の隙を突き、渾身の刺突を放つ。その剣が異形の胸を深々と貫いた瞬間、異形が再び口を開き始めた。
「しまっ……!」
黒い光がシャーリーとガロンを飲み込み、二人はその場に倒れ伏す。
「おいおいおい……まじかよ……。」
「みんな……!くそっ!」
残されたのは俺とフェンの二人だけだった。圧倒的な力を前に、恐怖と絶望が襲いかかる。
「……やるしかねぇ。レイン、行くぞ!」
フェンが力強く言い放ち、弓を再び引き絞る。その言葉に俺は最後の力を振り絞り、剣を握り直した。
「こんなところで死んでたまるか!」
俺たちと異形との死闘が再び始まる。生きるため、そして仲間を救うため――。
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