第5話 異形1
暗い通路を進む一行は、漂う冷気と重苦しい沈黙の中で慎重に足を運んでいた。松明の灯りは狭い道をかすかに照らすが、その先は深い闇が覆っている。フェンが先頭に立ち、緊張した面持ちで周囲を警戒している。
「ここ、何かいる気配がするな。」
フェンが松明を高く掲げ、低い声で呟く。シャーリーが壁際に近づきながら、鋭い視線を闇に向けた。
「同感。空気が妙に重いわね。それに……生臭い。」
彼女の言葉に、一行はさらに警戒を強める。俺は剣を軽く抜き、いつでも戦える体勢を整えた。
「慎重に行こう。こんな場所で不意打ちはごめんだ。」
ガロンが斧を握りしめながら後方を固める。一行がさらに進むと、暗闇の中から何かが動く気配がした。
「何か来る!」
フェンが叫んだ瞬間、闇から姿を現したのは異形の生物だった。それは犬のような形をしているが、頭がなく、体のあちこちから内臓が飛び出している。
「なんだこいつ……!」
俺は剣を構えながら呟く。それは生物というよりも何かの歪んだ残骸のようだった。しかし、それはレインたちの存在をどうやって感知したのか、一瞬の間を置いて襲い掛かってきた。
「来るぞ!」
レインが叫び、剣を振り下ろす。鋭い刃が異形の生物に当たり、骨を砕くような音が響いた。その瞬間、それは体を溶かすようにして形を失い、消えてしまった。
「……消えた?」
ミーニャが首を傾げながら呟く。彼女は杖を構えたまま、じっと足元を見つめていた。溶けた跡には何も残らない。
「これ、何なんだ……ほんとに生き物か?」
フェンが眉をひそめ、松明を揺らしながら周囲を見回す。ガロンが冷静な口調で答えた。
「わからないが、奴らがここを守るために仕掛けられたものだとしたら、まだ終わりじゃないぞ。」
その言葉が現実となる。先へ進むたびに、同じような異形の生物が現れ、次々と襲い掛かってきた。犬型、狼型、さらには馬や兎を思わせるものまでいたが、そのどれもが形を歪め、明らかに普通の生物ではなかった。
「これ、終わりがないのかよ!」
フェンが不満を漏らしながら矢を放つ。矢は正確に異形の体を貫き、消滅させる。しかし、そのたびに新たな個体が現れる。
「ミーニャ、援護して!」
シャーリーが叫びながら、レイピアを手に跳び回る。ミーニャはその言葉に呼応するように杖を握り、魔力をその杖の先に込めていく。
「焼き尽くせっ……!『火炎球』!」
ミーニャの杖から放たれた火球が異形を直撃し、消滅させる。その一撃に、一瞬の静寂が訪れた。
「ふう……ひとまず片付いたか。」
俺は息を整えながら剣を収める。周囲を見渡すと、ようやく異形の生物たちが現れなくなった。
「けど、これだけ現れるってことは、まだ何かありそうね。」
シャーリーが冷静に言い、一行は再び歩みを進めた。
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一行が進んだ先に広がったのは、広大な空間だった。薄暗い光が天井から降り注ぎ、空間全体をかすかに照らしている。その光の下には、巨大なガラス張りのポッドがいくつも整然と並んでいた。
「なんだここ……?」
フェンが呆然と呟く。全員の足が自然と止まり、その異様な光景に目を奪われる。ガラスのポッドはほとんどが破壊され、中から何かが飛び出した痕跡がくっきりと残されていた。ポッドの破片が床に散乱し、不気味な空気を漂わせている。
「中にいたのは、さっきの異形のやつらなのか?」
フェンが割れたガラス片を軽く蹴りながら言う。その足元で、破片が鈍い音を立てて転がった。シャーリーが眉間にしわを寄せながら、周囲に視線を巡らせた。そして、1つのポッドに近づき、慎重に観察を始める。
「ここ……研究所みたいね。それも古代の技術を使ったもの。それに、見てこれ……何か文字が書かれてる。」
シャーリーがポッドの側面に目を留める。そこには鉄製のプレートが貼り付けられていた。文字がかすかに残るそのプレートを指差し、他のメンバーを呼ぶ。
「えーっと?なんだこれ。字がかすれてよく見えないけど……さっきの壁にあった文字と同じだな。全く読めねえけど、これって古代文明の言語か?」
フェンが顔を近づけ、懸命に読み取ろうとするが、やはり解読はできない。全員の視線が文字に集中するが、誰もそれを理解することはできなかった。
「ここを作った連中は、一体何をしてたんだ……?」
俺は静かに呟く。その言葉が空間に響き、不安を増幅させる。目の前に広がる謎に圧倒されながらも、一行はさらに奥へと視線を移した。そのとき、俺の目に飛び込んできたのは、部屋の奥にただ一つだけ残った無傷のポッドだった。
「待て……あそこ。割れてないポッドがあるぞ。」
ガロンが指差し、一行は警戒を強めながら慎重に近づく。そのポッドは液体で満たされており、中には先ほどの異形と酷似した生物が静かに横たわっていた。
「これ……動いてないよな?」
フェンが松明を掲げ、恐る恐るポッドの中を覗き込む。その行動にミーニャがすかさず警告を発する。
「触らないで。襲ってくるかも。」
ミーニャの言葉に、一同が無言で頷く。ポッドの下部には、例の鉄製のプレートが貼り付けられている。フェンがそれを覗き込んだ。
「やっぱ読めないな……ん?なんだこれ、文字の一部が塗りつぶされてる。」
フェンが怪訝な顔をしながら指を指す。その部分は黒く塗りつぶされており、明らかに人為的な加工が施されている。フェンは首を傾げながらポッド全体をもう一度見回した。
「なんか……こいつ、さっきのやつらより生物っぽく見える気がするんだが。妙に整ってるっていうか……。」
俺も視線をポッドに移し、目を細めて観察する。確かに、異形の生物たちとは異なる印象があった。その形状はより洗練され、生き物としての輪郭が明確だ。
「長居は無用だ。気味が悪い。さっさと進もう。」
ガロンが低い声で言い、一行はその言葉に従うように奥へと進む。ポッドとそのプレートが何を意味するのか、謎を残したまま彼らは歩みを再開した。背後に広がる広間が、重く圧迫感のある沈黙で見送るようだった。
「これ、明らかに進むほど多く、強くなってる……!」
シャーリーが息を切らしながら叫ぶ。ミーニャの魔法と、フェンの弓の援護を受けながら、なんとか異形を倒していく。だが、次から次へと現れる異形は進むほどに素早く、力強くなり、一行の疲労は増すばかりだった。
「奥に行くほど、嫌な予感がするな……。」
俺は剣を振りながら呟く。その言葉が暗闇の中で重く響いた。ここにきてからというもの、ずっと神経を張り巡らせていたため、全員の集中力も限界に近づいている。異形たちの攻撃をいなすたび、剣を振るうたびに腕に重さを感じ始めていた。
「ふぅー。さすがに、そろそろ疲れたな。休憩できる場所とかねえかな……」
フェンも同じことを考えていたようで、珍しく疲れた声を漏らす。普段は軽口を叩いている彼の口調にまで疲労がにじんでいるのを見て、俺は胸の内で軽く驚いた。みんなも同意しているようで、小さく頷く。だが、こんな場所で安全に休める場所があるとは思えない。
そのとき、視界の先に脇道が現れた。道を進むと、小さな部屋がぽつんと姿を現す。
「ちょうどいいところに部屋があるじゃないか。これで一息つけるな!」
フェンが安堵の声を上げ、真っ先に小部屋へ向かう。彼の背中を見ながら、俺は思わず眉間にしわを寄せた。
「あっ!ちょっと!罠とか警戒しなさいよ!もう!」
シャーリーが彼の軽率な行動に苛立ちの声を上げる。苛立ちの色が濃い彼女の表情を見て、俺は内心で苦笑する。仲間を心配してのことだとは分かっているが、その言葉はどこか棘がある。
「大丈夫だって!ほら、何も起こらないだろう?」
フェンは手を広げて部屋を見回しながら言う。その無防備な態度に、シャーリーは呆れた顔をするが、明らかに疲労の色が濃いためか深追いせず部屋に入る。俺もため息をつきながら後に続いた。
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部屋に入ると、フェンがバックパックから白い魔石を取り出し、魔力を込める。すると部屋の周囲に柔らかな光が広がり、結界が張られた。
「結界石か。用意周到だな。」
俺は革の水筒で水を飲みながら感心して言うと、フェンは鼻をこすりながら得意げに笑った。
「これ、隠匿の効果付きの結界石でな。敵に見つからなくなるから便利だぜ。レインも持っといたらどうだ?『魔晶万屋』で売ってるんだ。」
「グロムさんのとこか!?お前らもあそこ利用してんのか?」
「お?レインもおっちゃんの常連かい?1回も会ったことなかったから気づかなかったぜ。今度一緒にいこうぜ。おすすめの魔石教えてやっから。」
まさか、同じ魔石店を利用しているとは。街一番の冒険者パーティ御用達とは、グロムは意外にすごい人なのかもしれない。全然そんな風に見えないが。安いからという理由で常連になっただけなのだが。
「レイン、グロムのとこよく行くの?」
部屋に入ってからというもの、終始ボーっとしていたミーニャが横に来て話に食いついてくる。相変わらずこの子の距離感は近いが、今回はより近い気がする。
「そうだけど、それがどうしたんだ?」
「私、グロムのところにお手伝いでよく行く。魔石の製造のお手伝い。レインが使った魔石、もしかしたら私の魔力が込められたやつかも。」
「えぇ!?そうなのか?」
驚く俺に、ミーニャは自慢げに胸を張る。その無邪気な仕草に、俺は一瞬頬が緩むのを感じた。
「いつもありがとうございます。非常に助かっております。」
俺は真剣に礼を述べると、ミーニャは少し照れたように鼻を鳴らした。
「ふふん。いいよ。これからもいっぱい助けてあげる。」
ミーニャのその言葉に、俺は自然と笑みを浮かべながら、「助かるよ」と短く答えた。
「それにしても、なんでグロムさんの手伝いを?」
「それはだなー、初めて会ったとき、ミーニャの宿す魔力の異質さを気に入ったグロムさんがだなぁ……。」
「ミーニャが言う!フェンは黙ってて!出しゃばり!」
せっかくの自慢タイムを取られたことにご立腹のミーニャは、珍しく声を荒げてフェンを叱る。意気消沈のフェンをシャーリーが鼻で笑っているのを横目に、ミーニャの話を聞きいる。
「初めてグロムと会ったとき、私を見たグロムが『こんな魔力見たこともない!』って興味津々になっちゃって。で、仕方なくグロムの研究に協力することになっちゃったの。」
見たこともないほどに饒舌なミーニャに、少し驚きつつも相槌を打ちながら話を聞く。
「それで、協力するうちに私の魔力のおかげで、すごい魔石を作れるようになっていったの。それも町一番の品質の魔石。でも、あの外観だからお客は全然来なくて、知る人ぞ知る名店みたいになってるけど。」
「なるほどな。グロムさんもすごいが、ミーニャの協力があってこそか。」
俺が納得したように頷くと、ミーニャはさらに嬉しそうに微笑んだ。
「今もたまにお手伝いしに行ってるよ。魔法の研究にもなるし、お互いに得があるからね。今度一緒に行こ?レインの魔力で色々してみたいことある。」
「俺の魔力を?なんだか不安だな……まあ、いいけど。」
「やったー!言質取った。約束!」
ミーニャが子供のようにはしゃぐ姿に、俺は苦笑しながらも頷いた。その様子を見ていたシャーリーが微笑みながら呟いた。
「仲良さそうね。ま、こういう時間も悪くないわ。」
一行は笑いながら談笑を続け、緊張していた空気が次第に和らいでいく。しばしの間、疲労感から解放される安らぎの時間が流れていた。
ふと、俺は思い立ったように話題を切り出す。
「そういえば、みんなこういう古代遺跡は初めてなのか?」
フェンが弓を手に持ちながら肩をすくめた。
「いや、何回か調査依頼で遺跡には行ったことがある。ただ、こういう完全に未発見だった遺跡の調査は初めてだな。それに、あんな異形の生物なんて見たことねえ。」
その答えに俺は納得する。確かに、彼らは冒険者として多くの経験を積んでいる。それでも、あの異形の生物に関しては未知のものらしい。この遺跡自体が異質で、今までとは明らかに違うということなのだろう。胸中にわずかな不安が広がる。
「まあ、どの遺跡にも共通することがある。それは、奥に行けば奥に行くほど魔力濃度が高まるってことだ。」
フェンが周囲を指し示しながら続ける。
「ほら、感じねえか?息苦しいとか、体が重いとか。」
その言葉に、俺は自分の体に起こっている違和感を意識した。確かに、ここに来てから徐々に呼吸が浅くなり、体の節々にわずかな重さを感じていた。それが遺跡特有の魔力の影響だとは気づかなかった。
「言われてみれば……確かにそんな感じがする。」
俺が答えると、シャーリーが静かに頷いた。
「魔力濃度が濃くなると、強い魔獣が生息しやすくなるのよ。その代わり、魔法の効きが良くなるっていうメリットもあるけど……ここは濃度が異常すぎるわね。普通なら体に毒よ。」シャーリーが額の汗をぬぐいながら説明する。
「だから、こうして休憩をとる必要があるんだ。」
フェンが口元を緩めて笑う。
「リフレッシュしねえと、みんな動けなくなるだろ?それに、この部屋に何も考えずに飛び込んだわけじゃねえさ。」
フェンがそう言って、軽く肩をすくめる。その飄々とした態度に、俺は少し眉をひそめながら問いかけた。
「と言いますと?」
フェンは松明を床に突き刺し、片膝をつきながら部屋の壁に視線を送る。そして、自信満々に口を開いた。
「これまでの経験と、遺跡に関する知識を総動員した判断だよ。この手の古代遺跡には大体パターンがある。研究型、祭壇型、住居型な。この場所が祭壇型だってのは、入り口近辺の構造や装飾から推測できたんだ。」
「ほう……」俺は腕を組みながら、その説明に耳を傾けた。
「ただし、今回の遺跡は少し違っていた。これまで見てきたどのパターンとも微妙に異なる部分があるが、それでも全体の作りや意図は読み取れる。この部屋も、造りからして儀式や休憩用の部屋とかだろ。少なくとも罠を仕掛けるような目的じゃないはずだ。」
フェンの言葉に俺は目を細めながら部屋を見渡す。確かに、この部屋には危険な仕掛けの兆候は見当たらない。
「それに、それだけのリスクを冒すだけの価値はあったってこと。最悪リーダーである俺が先頭に立って、みんなを守ればいいわけだしな」
その言葉に俺は内心で感心した。いつもふざけている男だと思っていたが、こういう時は頼りになる。そんな考えを読み取ったかのように、ガロンが静かな声で口を開いた。
「フェンは、意外にみんなのことを引っ張ってくれる。頼れるリーダーだ。」
その褒め言葉にフェンは一瞬驚き、その後満面の笑みを浮かべた。
「よせやい、照れるぜ!……って、ちょっと待て。『意外』は余計じゃねえか?」
「ほんと、意外にね。」シャーリーが冷たい目でさらりと返す。
「意外性だけの男。」ミーニャが聞こえるかどうかの小声で言う。
「おいおい!素直に褒められねえのか!?」
フェンが肩をすくめながら抗議するが、他の三人はそれぞれ顔をそむけて笑いをこらえている様子だった。
そのやり取りに、俺は自然と頬を緩ませた。目の前の光景が、さっきまでの緊張感を忘れさせる。冗談を言い合い、和やかな空気が広がる中で、彼らの絆を強く感じた。
壁に寄りかかりながら、俺はふと頭を垂れた。休息のひとときだが、この先に待ち受けるものへの緊張感が消えるわけではない。それでも、このメンバーとなら何とかなりそうな気がする。そう思える瞬間だった。
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